久しぶりにブログを再開。
1月14日、かなり寒かったが、榛原駅から高井を目指し、そこから仏隆寺、そして室生寺を目指して歩く。
国道369号を少し行ったところで水を汲んでいる人がいた。弘法大使は日本全国至るところに足跡を残していることになっているが、この清水もその一つのようだ。話に聞けば、この清水は非常に有名で関西各県からこの清水を求めて人が来るとのこと。
私が歩いていた道は関西から伊勢へ向かう伊勢街道でもあった。今日はその街道の一部を歩くということになる。
榛原市檜牧(ひのまき)にある御井神社。由緒ははっきりしないが、相当に古そうである。この神社には天然記念物のツルマンリョウという植物があり、見に行ったが、さすがに冬場で実はなかった。
右伊勢本街道という石碑があったが、今回のハイキングの目的は伊勢街道を歩くことではなかったので、左側の自動車道を歩く。この道をずっと行くと曽爾という高原が美しい村がある。距離にして20キロ程度なので、一度ハイキングで行ってみようかと思いつつ歩く。
だんだんと山の中へ入っていく。次の集落である高井というところに着くまでは人家はほとんどなく、このようなハイキングにはとても気持ちの良い景色が続く。
メインの道から外れ集落の中を途中の目的地である仏隆寺へ向かう。冬ということもあるのか、人にも車にも出会わない。写真では分からないが、この道ずっと坂道。下りはなくひたすら上る。
仏隆寺に到着。ずっと上ってきたが、さらにこの階段を登る。
この寺も弘法大師ゆかりの寺。弘法大使が持ち帰った茶の種を植えたということで、茶の発祥地となっているとのこと。また、この写真のように神社があり、ここも典型的な神仏混合の寺である。伊勢街道を人々が往来していたころには、先ほどの御井神社やこの仏隆寺のような神社仏閣も賑わいを見せていたことだろう。
仏隆寺から三井寺へ向かう。この峠超えの道。仏隆寺までずっと坂道だったが、ここからもかなりの登り道。この日はかなり寒く、水はけの悪いところは一部凍ったままのところもあり危うく滑って転びそうになった。ここからさらに6キロほど室生寺まではある。山道で人に動物にもまったく出会うことなく、ひたすら歩く。
やっと室生寺のある室生の里に着く。里の入り口に立っていた地蔵。真ん中で折れている。それで、腰折地蔵と言うそうだ。地蔵仲間のなかでも意地悪だったので倒されて腰が折れたとか、ほかにも逸話があるそうだが、なかなか面白い地蔵さんだ。
室生の里は本当に山間の集落だった。山の中の平地でもないところを棚田にしたり、畑にしたりして人々が暮らしている。この集落は室生寺の寺内町ならぬ寺内村と言ったところか。老人ばかりの山間部の集落とは少し違った感じで、さびれた感じはあまりなかった。
女人高野で有名な室生寺に到着。長谷寺は2~3回行ったが室生寺は初めて。かなり体が冷えていたので、左側に移っている橋本屋という山菜料理のお店に入ってぜんざいを食べて体を温める。
実に立派な仁王門。
金堂。屋根の線が細やかで実にきれいだった。室生寺の仏さんは国宝や重要文化財が多く、最近完成した宝物殿に安置してあった。釈迦如来像や金剛界、胎蔵界の両曼荼羅など素晴らしかったが、写真撮影禁止ということで写真が撮られなかったのはちょっと残念だった。
室生寺の五重塔。これは素晴らしかった。因みにアメリカから来ていたパキスタン人2人の女性に室生寺の印象を聞いてみたら、素朴で美しいと言っていた。確かに室生寺の金堂も講堂も素朴で、寺域内の建築物やそれを取り巻く光景も素朴な美しさがある。ちょっと感動した。
室生寺の「三宝の杉」。太いのは樹齢700年くらいだとのこと。室生寺だけでなく、この周辺は巨大杉が多い。
この巨大杉は龍穴神社の鳥居の前に仁王様のように屹立している。
神社の境内にはこのような「連理の杉」が神木として聳えている。根元には小さな鳥居まで立っている。
これが一級河川の室生川。谷川という感じ。川のせせらぎの音を聞きながら、いよいよ帰り道。出発地点とは異なる大野口室生という近鉄の駅に向かう。室生寺からは6キロほど。人家のない山の中の車道をひたすら歩く。
駅に到着。
本日のハイキングで歩いたのは約25キロくらい。私、現在73歳。70歳代は歩き続けたいものだと願っている。




















