Dear 皆様
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オレゴンからサンフランシスコへのドライブ のお話 はすこし休憩して、本日は私の大学院へいく資金源となるスカラシップのお話をさせていただきたいと思います。
順序として簡単に説明しますと
書類審査(TOEFL100点以上、エッセイ日本語と英語、大学時代の成績)
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面接試験(日本語)
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指定校決定(過去に6か月以上いたとこは対象外)
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指定校に願書提出
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指定校から合格通知(スカラシップ財団はヘルプしてくれません。あたりまえかしら?)
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ビザなどの申請開始
といった感じでしょうか。
私の受かったスカラシップの特徴としては
①目的は国際親善大使として、派遣先の国・地域と自国の親交に勤める。
②過去6か月以上滞在していた国には派遣できない。
③希望する大学を5つあげ、指定校は財団側が決定する。
④年間$24000を支給する。
⑤指定校の合格は自分の責任でがんばって。
といったかんじでしょうか。
私がこのスカラシップを見つけたのは私の先輩がこのスカラシップでイギリスやオーストラリアの大学院に進学していた方たちがいたのを知っていたからでした。
私はこのスカラシップの根底となっている目的感が大好きです。「世界平和のために」「国家間の親交のために」。私がアメリカの小学校でやってきたプレゼンの話を第一次審査の書類のエッセイには書きました。
私が日本の文化紹介としてこの活動をアメリカでやってきたのは
「将来、この子たちが大人になって、ビジネスで日本人と交渉した/近所に日本人が引っ越してきた/子供が日本人のガールフレンドをつれてきたなんてことが起きるかもしれない。その時に、私のことは覚えてなくても、「そういえば、昔、変な日本人の女が和菓子をたべさせてくれたなー」なんてのが記憶としてちょっとでも残ってると、大人になって頭が固くなってもice breakになるだろう。少しでも異文化を近く感じてくれるだろう」という単純な理由からでした。
だから、それはこれからも続けていきたいことだったので、それを行うことがスカラシップをもらえる条件だとしたら「私にぴったりだわ!!!
」と思い始めたら止まらないB型の妄想劇が始まったのでした。
こんな素晴らしいスカラシップに受かるはずがないと、書類を揃え応募。
オレゴンから5通くらい他大学に応募する分も合わせて成績証明書なんかも取り寄せ始めたのが帰国して2か月くらいたった4月のことでした。
続く
本日もお読みいただきましてありがとうございます。
dosankoregonより
(めんどくさーーいって方は読み飛ばしてくださって結構ですからね
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