日本をでて1年たちました (5日前に)
なんて早いんだろ…
最近バタバタしてたから改まってじっくり考える暇がなかったんだけど、
とりま今考えよーと決めました(*゚ー゚)ゞ
思い出す限りずら―――――と書き綴って行くから読みずらいかも、
あんま気にしないで(*´σー`)
~シドニー~
2011.7.19 パパに見送られて羽田空港をでてオーストラリアに到着しました。
日本で通ってた教会のアイリッシュの友人がオーストラリアの知人を紹介してくれました。
彼がいなかったら、オーストラリア生活をこんなふうにスタートできてなかったでしょう。
感謝しきれません。
7.20 シドニー空港に到着。
大雨の中ボブが迎えに来てくれたのを今でも鮮明に覚えてます。
私の最初のホストファミリーのボブとリンは素敵で優しいミニスター夫婦でした。
彼らからは大切なことをたくさん学びました。
最初の1カ月は語学学校に通いました。
そこでたくさんの大切な友人達に出会いました。
彼らとは今でもFACEBOOKでやりとりしています。
その後はボブとリンと一緒に過ごしながらジャパレスで働きました。
大変だったけど、ボスや仲間と楽しく働けたことはいい思い出です。
セカンドビザをとるために辞めたいって事を中々言い出せず
自分の心の中でかなり修羅場でした。
そして一番は辛かったのは英語でしょうか、
言葉の壁は想像以上に分厚く、いくら勉強しても先が全然みえなくてやるせなかったです。
言いたいことが言えない
お礼を言いたいときも、謝りたいときも、慰めたいときも、自分の思ったことを説明できず
こっちにきたら誰もが通る道、とは分かっていたけど。
楽しくて、嬉しくて、でも辛くて、とてもやるせなかったです。
でもリンが教えてくれた、人間関係は言葉じゃない、
たとえあなたが一言も英語をしゃべれなかったとしても、私たちはあなたを同じくらい愛すよ。
嬉しかったよ。
それからすっごい張り切って勉強するようになった。色々工夫もして、
とにかく二人ともっと話したい、この思いはかなりモチベーション保ってくれました。
あれから数か月後、二人の忍耐的な教えと励ましもあって、だいぶ楽になったきがする。(もちろんまだまだだけど)
お別れの日、人前で泣くのは大っ嫌いだけど、我慢できるはずもなく駅に送ってもらう車の中でオイオイ泣いてた ( p_q)
ここで知った、自分の未熟さ、自分の世界の狭さ、主の造られた世界の大きさ、自分の弱さ、主の強さ、言葉以上に大切なもの、主と共にあること。
~スタンソープに行くきっかけ~
シドニー生活5ヶ月目の終わりごろ、上記の言葉の壁にぶつかっている最中、さらなる悩みがもう一つありました。
ボブとリンの家族が来る間、部屋を空けるため教会の信徒のトニーと百合子さんの家にお世話になることになりました。
もう一年オーストラリアにいたいからセカンドビザ取得しよーと決めていたけど
まだ当てはなく、まだ仕事辞めることをボスに切り出せない中、
インターネットでファーム(ビザ取得区域の)の情報集めをしていました。
仕事もハードで夜遅くまでできつく、英語の勉強にも集中できず、
ジャパレスも辞められる状況じゃない中、辞めたいことを切り出せず、
情報収集に明け暮れる毎日。
その間日本の家族は引っ越すことになりーの、
日本にいる兄も勉強と仕事と教会奉仕の両立がかなりハードで(のため家族が引っ越すことに)、
おばあちゃんは子宮癌をわずらってたらしくママは日本にちょっと帰ってくる予定はないかと言いだし、
色々な心配事のストレスで、肌はボロボロになり、髪の毛もスゴイ量抜けて、お腹も壊して・・・・etc あの時は悲惨でした 苦笑(´_`。)
そんな中、トニーにとりまファームの事を相談してみました。
そしたらスタンソープに親友がいるから滞在できるように頼んでくれるってことになって、
{あーもうなんでみんなこんなに優しいんだ(iДi)
それが後に私の第4の家族となるキャシーとアランの夫婦です。
スタンソープに行く2日前かな・・・・ トニーにサーフィン教えてもらいました。
のれなかったけど超楽しかった~
主は本当にすばらしすぎる。
~スタンソープ~
セカンドビザ取得のためにやってきたスタンソープ、
トニーの親友のアランの家にお世話になることになりました。
ここで3ヶ月働けばビザが取得でき、あと1年オーストラリアにいられます。
詳しくは過去の日記”リスタート
http://ameblo.jp/dosanko0204/entry-11182184328.html 参照
この家族もほっんと素敵で、大好きです。
別れるときやっぱり超泣いた こっちきてから私相当泣き虫だなー
ママのキャシーも相当泣いてた。
今でもキャシーとは頻繁に電話します。
~Mt.タンブリン~
スタンソープ生活終盤、
無事にオリーブファームでの3ヶ月季節労働を終えて、ビザを申請し、
次行く場所を考えていた頃
スタンソープの長老派教会で出会った短期宣教師の老人夫婦とすごく仲良くなり
毎週日曜日お昼一緒にしたり、夜ご飯ご一緒したりしてました。
ブリスベンに行きたいことを話したら、
孫がブリスベンのチャペルヒルにいるからコンタクトとってくれることになり、
スペア―ルームあるから8月まで住めると言うことで・・・・
その孫娘のエスターが全部手配してくれることに
{あああー 神様ー 毎度毎度本当にありがとうございます( p_q)
ただ、その家インターネットがないらしく、
ビザをインターネットで申請した私はイミグレーションからのメールを待たなくちゃいけなく、
それならビザが来るまで私達の家に泊まってなさいと
宣教師の夫婦が言ってくれて、
一緒に彼らの住むMt.タンブリンに行くことになりました。
ここでの暮らしもすばらしかったです。
ミニスターのおじいさんの方は、車で私を色んなところに連れて行ってくれました。
おばあちゃんの方は優しく厳しく信仰深い、聡明なおばあちゃんでした。
一度行った彼らの教会で、私の事を孫のように皆に紹介してくれたのがものすごく嬉しかったです。
この方達も私は大好きです。
ここには10日ほど滞在しました。
ビザはまだ下りてなかったのですが、ブリッジングビザ(セカンド申請中だったらファーストビザが切れても滞在を許可するビザ)が下りたのでエスターのもとに引っ越すことにしました。
お別れする時、仕事見つかるまでといって少しばかりお金をくれました。
{・・・言葉もありません・・・・。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
主の憐れみは人間の私には計り知れません・・・
主がその時その時に私を導いて下さり、憐れんでくださり、
その場その場に私に必要な助けをあたえてくださり
大切な存在が次々と現れ、
宝物となり、
私の人生の一部となり、
人々の優しさにふれて、
私を日々成長させてくださっている
主のなさることは時にかなって美しい(聖書の箇所忘れました)ってあるけど、
まさにその通りです。
この1年は私にとって人生最大の成長期だったと言えるでしょう、
そして今始まった2年目、私のオーストラリア第3ステージ~ブリスベン編~
これもまた主にあって祝福されたものとなりますように。 Amen
ブリスベン編はもう少したったら書きます
ただご報告として、無事セカンドビザをゲットしました~ ヽ(゚◇゚ )ノ