https://youtu.be/9RS3-VjgyZM?si=gjIkbvNstfB5ew2z


観終えた後、まず込み上げてきたのは、この企画を実現させてくれたHIKARI監督とブレンダン・フレイザーへの深い感謝。


『ザ・ホエール』でアカデミー賞主演男優賞を受賞し、まさに俳優としての第二の黄金期を迎えているブレンダン。彼がインタビューで語った「日本での撮影を25年待ち望んでいた」という言葉には、単なるリップサービスではない実感がこもっている。

『ハムナプトラ』のスターとして一世を風靡した彼が、日本の路地裏や狭いアパート、畳の上、電車の中、哀愁とユーモアを漂わせながら佇む姿。その圧倒的な存在感と、周囲との絶妙な距離感が、本作を唯一無二のヒューマンドラマへと昇華させていく。


物語は、かつてCMスターとして輝いたものの、今は東京でひっそりと暮らす落ちぶれたアメリカ人俳優フィリップ。彼は偶然出会った家族を貸し出す会社「レンタル・ファミリー」から他人の家族役を演じる仕事を引き受ける。

当初は戸惑いを感じていたものの、偽りの家族を演じ、様々な依頼人と触れ合っていく中で、次第に自分自身の内面や孤独と向き合い、心に変化が芽生え始めていく。


設定が秀逸。


対岸のマンションで幸せそうに食卓を囲む家族を、独り身の質素なアパートから眺めるフィリップの視線。あの数秒のカットだけで、彼の孤独と、日本という国で余所者として生きる切なさが痛いほど伝わってくる。


しかし、物語は決して重苦しいだけではない。HIKARI監督らしいテンポの良い編集と、コミカルな掛け合いが、観客をスムーズに代行家族という不思議な世界へ誘う。


映画の魅力は、その緻密なディテールに宿っていた。満員電車での所在の無さ、日本食を囲む際の作法、そしてお参りのシーン。何も言わなくてもそっと差し出される二つのグラス。

言葉を超えた日本の文化や気遣いが、外国人俳優であるブレンダンの瞳を通して描かれることで、私たち日本人が忘れかけていた心の機微が鮮やかに浮かび上がる。


中盤、フィリップが父親を知らない少女ミアの父を務めるエピソードは、本作の核心。依頼以上の深入りは禁物という契約がありながら、フィリップはミアの寂しさに寄り添い、彼女が作った工作を大切に飾る。それは単なる仕事の演技ではなく、彼自身の過去、父を知らずに生きて来た人生を重ねる。


特に印象的だったのは、フィリップが契約を破ってまで少女ミアの心に深入りしていく過程。父親と信じて真っ直ぐ向き合ってくれるミアの純粋さは、本来偽りの延長線上にあるはずの彼の心に、予期せぬ温もりを宿していく。

この子に自分ができることは何なのか。その自問自答が、単なるレンタル・ファミリーとしての壁を崩していく。


その結実とも言えるのが、編入試験の面接シーンで見せた圧倒的な気迫。そこには報酬のために父親を演じる男などおらず、一人の少女の未来を心から願う本物の父親の姿。たとえ始まりが偽りであっても、あの瞬間に絞り出された言葉と熱い感情に嘘はない。


明るい未来を見せたい、素敵な人になってほしいという純粋な願いは、もはや契約書を超えた人としての真実。

時に嘘が人を傷つける残酷さを描きつつも、絶望の淵にいる誰かを救い上げる優しい嘘の存在を静かに肯定してくれている。


多くのシングルマザーが抱える葛藤や、孤独のなかにいる子供たちの姿。救いたい、何とかしてあげたいという想いは、偽善やレンタルといった安っぽい言葉を簡単に飛び越え、魂の交流へと昇華されていく。


だからこそ、真実が明かされたときの衝撃は痛ましく響く。それがたとえミアを守るためだったとしても、本当の父親ではなかったという失望感、裏切られたような哀しみは容易には消えない。

母へ怒りをぶつけるミア。しかし、彼女はやがて気づいていく。なぜ母が嘘に加担したのか。父親がいないこと、不憫な想いをさせているのではないかという母の痛切な想い。娘により良い未来を見せてあげたいという献身。その想いに全力で応え、時に本気でぶつかってくれたフィリップの真心。


哀しみと喪失を覚え、母の膝枕で眠りにつくミアの姿は、彼女が一つ大人の階段を上った証でもあった。嘘と偽りが多い世の中で、真実の愛の形を知り、逞しく成長していく少女の後ろ姿。その光景は、観る者の心に深い余韻を残す。


平岳大が演じる多田の家族に見える微かな違和感の回収、そしてLGBTQ+を含めた多様な家族の形の描写。これらは、アメリカで研鑽を積んできたHIKARI監督だからこそできる、極めてフラットで現代的な視点。

風俗で働く女性との割り切った関係も、単なるエピソードで終わらせず、互いの孤独を埋め合う一時の役割として丁寧に描かれ、ある意味でフィリップもレンタルに救われている側面を描いている。


そして柄本明演じる老優・喜久雄とのエピソードは圧巻。血の繋がった父親と和解できなかったフィリップが、喜久雄に対して「何でも叶えてあげたい、一緒に旅をしたい」と願う。それは償いを超えた、孤独な魂同士が友になり家族になる瞬間。


映画は、廃墟となった家で雑魚寝するような奇妙な状況や、タイムカプセルを巡る少し突飛な展開を交えながらも、最終的には誰かのために生きるという普遍的なテーマに着地する。


ブレンダン・フレイザーが見せた、あの何とも言えない寂しげな笑顔と、徐々に光を宿していく瞳。彼は25年待ったこの作品で、アクションスターでも、アカデミー俳優でもない、ただ一人の人間としての温かさを日本に置いていってくれた。


HIKARI監督が紡いだ、日米共作ならではのダイナミズムと、繊細な叙情詩。


この作品は、孤独を感じているすべての人に「今あなたは孤独だけど、誰かのための自分を見つけた時、世界は変わり始める」と優しく語りかけてくれている。この物語が、国境を越えて多くの人の心に届くことを願う。