月刊ボディビルディングはジムに大量のバックナンバーが置いてあり、その記事が書いてあったのは、おそらく1980年頃の号だったと思う。紹介されているトレーニング法は他にも数ある中で、なぜヘビーデューティーに魅かれたのか、それはわからない。

ひとつ言えることは、経験則によるトレーニング法と違い、ヘビーデューティーは理論的かつ明快だった。大いに異端的ではあったが、試してみようと思わせるだけの十分な魅力を備えていたのだ。

ただしその記事には具体的なプログラムが書かれておらず、「一つのエクササイズを1セットだけ、完全に追い込んで行う」というだけの情報しか得られなかった。何レップス行うのか、頻度はどれくらいなのか、1部位に1エクササイズだけで良いのかなどについての疑問は解消されず、結局は中途半端なやり方になってしまっていた。

すなわち、胸で言えばベンチプレスをフォーストレップスを使いながら1セット、次にインクラインベンチとフライを1セット。合計3セット、という感じである。頻度は週に2回くらいやっていた。

1部位を週2回というのは、今の基準では多いほうだろう。しかし当時はシュワルツェネッガーなどの推奨する多種目多セット、高頻度トレーニング法が全盛で、それでもかなり抑えたつもりだったのだ。

そんな中途半端なヘビーデューティではあったものの、それなりの効果は得ることができた。大学の体育祭での記録は、確か165kgだったと記憶している。当時はまだ19歳だったから、悪くない記録だと思う。

ボディビルで東京ジュニア3位になり、ベンチプレスでも高重量を挙げられ、順調だった。しかしある日ジムに行くと、こう書いてある紙を渡された。

「家賃が値上げされるため、閉鎖します」

えええーー!

これには困った。別のジムを探さねばならぬ。

妙案が浮かんだ。実は当時、近くのスーパーでレジ打ちのバイトをしていた。時給は650円。バイトを探す時にフロムAを買っていろいろ調べたのだが、どうもピンと来るものがなかったので、いつも利用しているスーパーにバイト募集の張り紙があるのを見て、応募したのである。

フロムAには、スポーツクラブのバイトが数多く紹介されていた。バイトだったら、多分ジムも使わせてもらえるだろう。お金も稼げるし、トレーニングもできる。

そこでコンビニに行き、最新のフロムAを買ってスポーツクラブのバイトを探す。いろいろ書きたいことはあるのだが全て割愛し、結論だけ書くと、金町という場所にある「L-Hip」というクラブでバイトすることに決まった。

東に石を投げれば千葉に届き、北に石を投げれば埼玉に届くという金町。住んでいる世田谷代田からは小田急線で代々木上原乗換、そして千代田線直通で金町まで行けるのだが、とにかく遠い。なぜそこにしようと思ったのか、今でもまったく分からない。