江崎書店で見かけた「月刊ボディビルディング」誌に掲載されていたのが、テッド・アーシディという当時最強のベンチプレッサーのトレーニング法だった。ちなみに彼はその後、プロレスラーにもなっている。
表紙が表紙だけにレジに持っていくのは大いに気が引けた。しかしベンチプレスのためとあらば、買わないわけにはいかぬ。表紙を下に向けてレジに持って行った。
帰宅し、早速読みはじめる。記事ではベンチプレスシャツなど使わず、320kgを挙げると書いてあった。今でも世界最強クラスではないだろうか。
記事の後半ではベンチプレスの強化サイクルが紹介されていて、確かマックス180kgの人が10週間後に192.5kgを挙げられるようになるというもの。早速それを実行することにした。
具体的なサイクルについては「かっこいいカラダ Next Stage Vol. 15」に紹介してあるので、そちらを参照して欲しい。
自分でも驚いたことに、それでグングン伸びた。高校を卒業する頃には、体重は70kgそこそこだったのに、140kgが挙がるようになっていたのだ。
95kgの壁はなんなく突破し、次の壁は120kgだった。しかしサイクルを繰り返すうちに、いつの間にか突破できていたから、壁というほどでもなかったに違いない。
この頃にはプロテインも飲むようになっていた。初めてプロテインを飲んだのは中学生のときで、私は陸上部だったのだが、顧問の先生がザバスのダブルエックスというプロテインを部員全員に勧めており、特に気が進まないまま飲んでいた。
当時はプロテインを飲むことで脚が早くなるのだと思っていたのだが、ある日母が、「最近、風邪をひかなくなったねぇ」と言う。
今では風邪知らずの私だけど、子供のころは身体が弱くて、一年の半分以上は風邪をひいていた記憶がある。食べたものをすぐに吐いてしまったり、鼻血も出やすかったし、血尿が出て入院したこともある。
自分では気づかなかったが、中学生のときには既にプロテインを飲むことで、ある程度体調が改善されていたのだ。
さて月刊ボディビルディングには、野沢秀雄先生の記事も載っていた。ボディビルダーの食事内容が最初に出ていて、それに対する改善策をアドバイスするというものである。そこには「筋肉を増やすためには、タンパク質を多く摂取する必要がある」と書いてあった。
タンパク質を多く摂取するためには、どうすれば良いのか。書店でいろいろ物色しているうちに、「食品成分表」なるものを見つけた。こっ、これは役に立つぞ!!
家に帰ってさっそくタンパク質の多い食材を調べる。そして「きなこ」と「油揚げ」がタンパク質を大量に含んでいることを発見。母親にこの二つを買ってきてくれと頼んだ記憶がある。
しかしすぐに、それは100gあたりの含有量なので、実際に食べられる量で考えると特に良い食材ではないことに気付いた。そこでもう一度月刊ボディビルディングを読み直す。
広告欄に「プロテイン」が掲載されていた。中学を卒業して陸上部を辞めて以来、プロテインは飲んでいなかったのだが、そのときはじめて「プロテインとはタンパク質のことなのだ」と悟った。
そして一番安かった「タニヨウプロテイン」を現金書留で購入することにした。しかし小遣いが続かず、購入したのは1~2回だけだったと思う。
ベンチプレスに話を戻す。140kgが挙がるようになったものの、その後山下先生と会うこともなく、パワーリフティング競技のことも忘れていた。
そして高校を卒業。浪人が決まり、東京の予備校に通うことになった。
世田谷に叔父の経営する寿司屋があったため、小田急線の世田谷代田に住むことになった。予備校は東北沢の河合塾。
浪人なのだから勉強しなければいけないのは当然だけど、私の中には「しめしめ、これで東京のトレーニングジムに通えるぞ」という野望があった。仕送りを上手くやり繰りすれば、ジムの会費は捻出できるはずだ。
月刊ボディビルディングにはジムの広告も出ており、東北沢から通いやすいのは代々木にある「トレーニングプラザ代々木」か、渋谷にある「ユニコーン渋谷」か、ちょっと遠いけど中野にある「中野ヘルスクラブ」。
会費はどこも大差なかったので、いろいろ検討した末、トレーニングプラザ代々木にすることにした。ここは月刊ボディビルディングに寄稿されている野沢秀雄先生が経営されているジムだし、小田急線の南新宿からも歩いてすぐなので通いやすかったのだ。
河合塾の最初の授業を終え、夕方になってドキドキしながらトレーニングプラザ代々木に向かった。
表紙が表紙だけにレジに持っていくのは大いに気が引けた。しかしベンチプレスのためとあらば、買わないわけにはいかぬ。表紙を下に向けてレジに持って行った。
帰宅し、早速読みはじめる。記事ではベンチプレスシャツなど使わず、320kgを挙げると書いてあった。今でも世界最強クラスではないだろうか。
記事の後半ではベンチプレスの強化サイクルが紹介されていて、確かマックス180kgの人が10週間後に192.5kgを挙げられるようになるというもの。早速それを実行することにした。
具体的なサイクルについては「かっこいいカラダ Next Stage Vol. 15」に紹介してあるので、そちらを参照して欲しい。
自分でも驚いたことに、それでグングン伸びた。高校を卒業する頃には、体重は70kgそこそこだったのに、140kgが挙がるようになっていたのだ。
95kgの壁はなんなく突破し、次の壁は120kgだった。しかしサイクルを繰り返すうちに、いつの間にか突破できていたから、壁というほどでもなかったに違いない。
この頃にはプロテインも飲むようになっていた。初めてプロテインを飲んだのは中学生のときで、私は陸上部だったのだが、顧問の先生がザバスのダブルエックスというプロテインを部員全員に勧めており、特に気が進まないまま飲んでいた。
当時はプロテインを飲むことで脚が早くなるのだと思っていたのだが、ある日母が、「最近、風邪をひかなくなったねぇ」と言う。
今では風邪知らずの私だけど、子供のころは身体が弱くて、一年の半分以上は風邪をひいていた記憶がある。食べたものをすぐに吐いてしまったり、鼻血も出やすかったし、血尿が出て入院したこともある。
自分では気づかなかったが、中学生のときには既にプロテインを飲むことで、ある程度体調が改善されていたのだ。
さて月刊ボディビルディングには、野沢秀雄先生の記事も載っていた。ボディビルダーの食事内容が最初に出ていて、それに対する改善策をアドバイスするというものである。そこには「筋肉を増やすためには、タンパク質を多く摂取する必要がある」と書いてあった。
タンパク質を多く摂取するためには、どうすれば良いのか。書店でいろいろ物色しているうちに、「食品成分表」なるものを見つけた。こっ、これは役に立つぞ!!
家に帰ってさっそくタンパク質の多い食材を調べる。そして「きなこ」と「油揚げ」がタンパク質を大量に含んでいることを発見。母親にこの二つを買ってきてくれと頼んだ記憶がある。
しかしすぐに、それは100gあたりの含有量なので、実際に食べられる量で考えると特に良い食材ではないことに気付いた。そこでもう一度月刊ボディビルディングを読み直す。
広告欄に「プロテイン」が掲載されていた。中学を卒業して陸上部を辞めて以来、プロテインは飲んでいなかったのだが、そのときはじめて「プロテインとはタンパク質のことなのだ」と悟った。
そして一番安かった「タニヨウプロテイン」を現金書留で購入することにした。しかし小遣いが続かず、購入したのは1~2回だけだったと思う。
ベンチプレスに話を戻す。140kgが挙がるようになったものの、その後山下先生と会うこともなく、パワーリフティング競技のことも忘れていた。
そして高校を卒業。浪人が決まり、東京の予備校に通うことになった。
世田谷に叔父の経営する寿司屋があったため、小田急線の世田谷代田に住むことになった。予備校は東北沢の河合塾。
浪人なのだから勉強しなければいけないのは当然だけど、私の中には「しめしめ、これで東京のトレーニングジムに通えるぞ」という野望があった。仕送りを上手くやり繰りすれば、ジムの会費は捻出できるはずだ。
月刊ボディビルディングにはジムの広告も出ており、東北沢から通いやすいのは代々木にある「トレーニングプラザ代々木」か、渋谷にある「ユニコーン渋谷」か、ちょっと遠いけど中野にある「中野ヘルスクラブ」。
会費はどこも大差なかったので、いろいろ検討した末、トレーニングプラザ代々木にすることにした。ここは月刊ボディビルディングに寄稿されている野沢秀雄先生が経営されているジムだし、小田急線の南新宿からも歩いてすぐなので通いやすかったのだ。
河合塾の最初の授業を終え、夕方になってドキドキしながらトレーニングプラザ代々木に向かった。