もし無人島に一枚だけCDを持って行けるとしたら…という設定は、音楽好きの間だったらよく交わされる話題ではないだろうか。
一枚だけ、というのがポイントで、一枚に入りきらないようなオペラなどはNGである。でもセットものをOKにしてしまったら、ワグナーの「指輪」あたりが、長くて退屈しなさそうという理由で選ぶ人が多いかもしれない。CDだと15枚くらいになるし。
さて、私が「無人島の一枚」を選ぶとしたら。
ベートーヴェンはダメだ。人恋しくなる。
では、モーツァルトはどうか。もっとダメな気がする。ある意味、ベートーヴェンよりも人間との関わりが深い音楽だというのが、モーツァルトに対する個人的な評価だ。
やはり、バッハだろう。音楽であって、音楽以上のなにかを含み、それを聴きながら次第に音楽のなかに入り込んでいくだけでなく、いつの間にか自分との対話が始まっていて、外部からの干渉に妨げられることなく、精神がおのずと集中されていく。
眠りに誘われているようでいて、実はますます覚醒し、今まで気づかなかった自己を見つめはじめ、そして「神」との対話が開始される。
そう、バッハは人間たちの間の音楽ではなく、人間が神に向かう音楽なのだ。
その意味では、「無伴奏ヴァイオリンパルティータ ニ短調」のシャコンヌなどが格好の例として挙げることができる。しかしシャコンヌについては、既に書いた。
私が持って行きたいのは、バッハの最後の作品でもある、「音楽の捧げもの」だ。それもカール・リヒターの演奏でなくてはならない。
特にあのトリオ・ソナタ! ただ美しいだけでなく、厳しい精神性と高い知性とが融合され、余計なものの一切が無く、完全なものにつきものの、「破壊してみたい」という衝動すら起こらなくなるような、そんな音楽だ。
この一枚があれば、無人島でも過ごして行けそうな気がする。