小林秀雄は、「年をとるとともに、シューベルトが好きになってきた」と言ったそうだ。それが何歳のときの言葉なのかは知らないが、今の私にとって、年とともに好きになってきた作曲家といえば、ブラームスを措いて他にはない。


そう、彼の最高傑作である「クラリネット五重奏曲」については他でも書いたから繰り返さないけど、ピアノ協奏曲第一番の良さが分かってきたのは、30代も後半に入ってからだ。第二番については、もっと若い頃から感動できていたのだけれど。


しかしわからなかったのは、演奏のせいかもしれない。定評のあるブレンデルやポリーニで聴いていたのだが、ついにゲルバーの演奏に出会えたことによって、この曲の真髄がわかった。私のかけがえのない体験である。


ブルーノ・レオナルド・ゲルバー(Bruno Leonardo Gelber)はアルゼンチン出身のピアニストで、ベートーヴェンの演奏に定評がある。吉田秀和の「世界のピアニスト」では、ゲルバーのこの曲の演奏が大絶賛されていて、いつか聴こう聴こうと思いながら、果たせずにいた。


私の入手したCDはなぜか録音レベルが低く、スピーカーで聴いたときにはイマイチだった。しかしiPodに落として電車の中で聴いたとき、その真価は最初の一音で理解できた。

特に素晴らしいのは第一楽章のマエストーソ。夢見るような美しい音に、超絶的なテクニックが上乗せされて、コーダの盛り上がりのところでは、電車の中だというのに、思わず声を出しそうになってしまった。


絵画や彫刻は模写でもそれなりに感動できるし、小説は文庫本でも内容に相違ない。しかし音楽だけは、演奏という行為によって、曲そのものが全く変化する。どれが正解というものもなく、人によって感動する演奏に差が出てくる。


時間とともに推移するということも、音楽の一つの特徴だ。これについてはまた別の機会に書くとしよう。