仏性とは、「仏になれる素養」のこと。釈迦の教えによれば、「悉有仏性(しつうぶっしょう)」と言って、生きとし生けるものはすべて仏になれる素養を持っているということになる。
こんな禅問答がある。「犬に仏性があるならば、ミミズにも、とうぜん仏性はある。さて、ミミズをまっぷたつに切った。仏性は頭とシッポ、どちらのほうに在るか?」
悉有仏性ならば、仏性は頭にもシッポにもあるはずだ。ではミミズの頭は仏になり、またシッポも仏になるのだろうか。三分割したら仏は3つ、四分割したら仏は4つ、どんどん増えていく。これではヘンだ。
道元は云う。仏性が悉くに有るのではなく、悉くに有るもの、それを仏性と呼ぶのである。
しかし、ゲーデルだったら、こう云うだろう。「仏性があるかないか。それについて語ることにより、己が仏性を失う」。
こんな禅問答がある。「犬に仏性があるならば、ミミズにも、とうぜん仏性はある。さて、ミミズをまっぷたつに切った。仏性は頭とシッポ、どちらのほうに在るか?」
悉有仏性ならば、仏性は頭にもシッポにもあるはずだ。ではミミズの頭は仏になり、またシッポも仏になるのだろうか。三分割したら仏は3つ、四分割したら仏は4つ、どんどん増えていく。これではヘンだ。
道元は云う。仏性が悉くに有るのではなく、悉くに有るもの、それを仏性と呼ぶのである。
しかし、ゲーデルだったら、こう云うだろう。「仏性があるかないか。それについて語ることにより、己が仏性を失う」。