1月の話だが、渋谷Bunkamuraで行われた「ピカソとクレーの生きた時代」に行ってきた。
行ったのは平日だったため、意外に混雑もせず、ゆっくり観ることができた。以下、簡単にレポを。
クレーはいわゆる「退廃芸術家」だ。つまりナチスによって「退廃芸術」の烙印を押され、絵を描くことを禁止された。結局はスイスへと亡命することになる。
実は現代日本でも同じようなことがあった。「ひょっこりひょうたん島」というNHKの人形劇があったのを知っている人も多いだろう。これは突然打ち切られた。
しかし実は田中角栄がその前衛性に危機感を持ち、打ち切らせたのだ。これについてはまた別の機会に書こう。
話がそれた。ではクレー展について。
最初に目に入ってくるのはマティスやマルクの表現主義。特にフランツ・マルクの「3匹の猫」などは欲深い人間とは違う、「無垢ないきもの」の形姿を表出していて、まことに興味深い。この画は新しい発見だった。
そしてグロスなどの新即物主義的な画が幾つか続き、おもむろに目を側面に向けると、あたり一面に色彩がきらめく!
シャガールだ。特にその「バイオリン弾き」は名作の部類に入るだろう。他に「祝祭日」もあり、これまでの画家とは一線を画した表現が感じ取れる。
そしてキュビスム傾向の画に移る。これまでのフォービスムが生命力を表出しているとしたら、キュビスムは「ものそのもの」の存在する力を表出している。しかしキュビスムは次第に抽象化し、当然ながら存在力は失われていく…
ここではピカソがメインだと言えよう。しかし私にとってピカソはあまり近しい存在ではない。むしろジョルジュ・ブラックの「果物皿と瓶、マンドリンのある静物」が私に訴えかけてきた。
そしてシュルレアリスムへ。マグリットやエルンストが代表的だが、私にとってはカッラの「西から来た少女」が印象的だった。機械的であり、中性的であり、奥深い恐ろしさを感じる。
またエルツェの「日々の苦悩」も良かった。
そして今回の目玉、クレーである。しかし…
クレーの前に、カンディンスキーがあった。私にとってカンディンスキーはそれほど重要な画家ではなかったのだが、ここで認識を大きく改めざるを得なくなる。
なんという迫力、なんというエネルギー、そして、なんという精神的な高さ!
そこには色彩と形象の豊かな明るさ、澄み切った自在さが幾何学的な、それでいてのびのびとした呼吸のなかに埋め込まれている。
虐げられた人々を救おうとする神々の闘士、エリヤ。
この展覧会に行こうという方がもしいらしたら、ぜひこのカンディンスキーの3点の画を観て欲しいと思う。
そしてクレー。全部で18点ほどあるが、特に私が魅せられたのは「ある庭の思い出」。音楽にたとえるなら、長調と短調のあいだの「転調」が見られる。転調というのはクレーの画を語る上で外せないキーワードであるが。
次に「再構成」や「人相の結晶化」。これらにはクレー独特の浮遊感や悠久の時間の流れを感じ取ることができる。
面白かったのが、「宝物」。これは本当に可愛いらしい画だ。可愛いらしさがこの一幅の絵に凝縮され、閉じこめられている。こういう画が女性の部屋に飾ってあったりしたら、もう最高かも。
そして「危険なこと」や「助けを呼ぶ声」。クレーの激情がここに見られる。
本当に良い展覧会だった。美術に興味のある方は、ぜひ行かれることをお勧めしたい。 今月22日までである。