泥棒猫の言い分

泥棒猫の言い分

愛した人を略奪しました。

NEW !
テーマ:

バックナンバーはこちらからどうぞ♪→泥棒猫の言い分 目次

 

 

 

 

 

 

プロのメンタルドクターでもプロのカウンセラーでもない、そちら方面に若干詳しいシロウトでしかない私は、料金制時間制で多くの人に関わるプロより、心を込めて丁寧に虎キチに対処することは出来ました。

 

しかし、

プロには専門知識やスキル以上のある大きな利点があり、私はそれを欠いていました。

 

 

無情さです。

 

 

 

 

 

どういう意味かというと。

 

専門家でもきちんと患者さんには愛情を注がれなければいけません。しかし、その愛は平等かつ、ある種の無情さが必要です。

降り注ぐ雨のような平等さと無慈悲さです。

(いつかこれを虎キチのセカンドブログで説明されます)

例えば、時間制限を超えてしまい、次の患者が待っているにもかかわらず、話が途中だからとか、この患者に肩入れしてしまったから時間超過で話したいとか、そういう人は有料診断していてもプロの仕事としては失格なのです。

 

そして、その無情さがある人ほど、正しい仕事をします。

 

患者と自分を切り離して考えもします。

 

患者の事情に心を痛めても、それが自分とは無関係だと枠引きしています。

つらい話を聞いても一緒に泣くことはありません。

これは自分の仕事であって、自分がすべきことはこの患者が訴えていることに対処すること、それにマネーが伴うこと、それをわかっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

私には、この無情さが、ありませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

これは、かなりの痛手でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

どうでもいい話として私は虎キチの話を聞くことはできませんでした。

私の世界一大切な男が痛めつけられている話です。

その男の子どもが傷つけられている話です。

これをプロのカウンセラーのように人ごととして聞くだけ。

 

無理です!

不可能です!

感情的になって当たり前です!

 

 

 

 

 

 

 

 

しかも、虎キチはモラ美の話を吐き出すだけ吐き出したら気が済むらしく、気が済んだら済んだで、今度はモラ美に対する加害者意識が働き始めてモラ美をかばい始める。

 

だから、虎キチの話を聞いて私が怒り、モラ美を悪く言い、それを聞いて虎キチがモラ美をかばう、そうした会話がパターン化してきました。

 

 

あなた、その人がどれだけひどいことをやってきたのか忘れたの!?

 

その言葉に対して、よく虎キチは言いました。

 

「俺、非情になり切れない男なんだよね……」

 

共依存のシステムはわかっていますから、私はそれ以上追及はしません。虎キチにはまだ説明するのは早すぎます。

 

頭ではわかります。

でも。

 

 

 

 

 

 

少しずつ、私のうちにも、私の気づかないくらいの微量な毒が、溜まり始めていました。

Ameba人気のブログ