子供の頃から歯が悪かった。私の歯に対するコンプレックスは入試から続いていた。私の前ばは周りの友達と比べてサイズが小さかった。この小さい歯が抜けて早く生え変わってくれることを今か今かと待ちわびていた。

 

 その入試が抜けてやっと生えてきたと思ったら、今後は歯並びが悪くなった。それは下の’はが上の歯より前に出ている。つまり受け口で噛み合わせが悪いからだった。見るからに顎が発達しているわけでもないが受け口は受け口だ。下顎曲線が上顎曲線よりなだらかなのだ。

 

 自分で稼げるようになるまでずっとそのコンプレックスは続いた。当時は大人の歯の矯正はなかった。健康な歯まで削って前歯6本が差し歯になった。それで終わらない。歯は一度削ったが最後、時間をおいてどんどん削られることになる。歯科医の技術で歯を削ることを遅らせることはできても結局は限界がある。科学技術が発達してクローンを生み出すまでになっている。IPS細胞も発見された。

 「先生、私は歯がもう一度生え変わるなら

  出揃うまでマスクして我慢するので生え変わってほしいです」

 「うーん、それはできるんだろうけど、

  実際に臨床できるまでまだまだ時間がかかるでしょうね」

 

 先生は患者のどんな些細な問いかけにもきちんと答えてくれる。この先生が私の歯を治療し始めてもうかれこれ4年近くになる。虫歯を治そうとしていったのではなく、綺麗な口元にしたかったからだ。

 

 それまで通っていた有名大学付属の歯学部病院の治療で前歯が割れ、治療した奥歯を結局2本抜くハメに陥った。これって治療とは言えないよなぁとその先生の無責任さに見切りをつけた。

 

 見栄えも噛み合わせもバラバラになってしまったはで何年も過ごした。治療が治療となるかどうかは歯科医の技術次第だと悟ったので下手にしかに行けなくなった。

 そうこうしているうちに、人に歯を見せないようにできるだけ口を開けない不自然な習慣がついてしまったのだ。

 

 相手が私の口元をじーっと見ているのを見て、自分の口元がいかに不自然な動きを見せているのかを知った。これはなんとかしなければと思い腰を上げたのだ。

 

 持てる感と運と縁を総動員してインターネットで、自宅から3駅ほど離れたところにある今の歯科医院を見つけた。

 

 この歯科医院は患者の歯全てに責任を持つことをポリシーにしている。だから他の歯科医が施した治療の結果についても責任を取ろうとするので患者の口の中の歯、全ての治療をやり直すところから始まる。

 

 初診では治療を始めてもらえない。まず、80歳で20本の歯を残そうという歯科医の活動がある。それは虫歯にならないための教育を普及させようとする予防歯科の理念を行く運動だ。その運動のリーダー的存在がこの歯科医院の院長で、副院長が私の主治医、30代のイケメン先生だ。

 院長が自分の歯科医院で弟子を一人しか取らないと歯科衛生士が言っていた。イケメン先生は数ある弟子候補の中で唯一選ばれた弟子ということになる。

 

 勉強が良くできるのだろう。そして歯科衛生士からの情報ではイケメン先生のお父さんもおじいさんも歯科医らしいのだ。代々続く歯科医サラブレッドの家系という訳だ。なるほど。30代にしては老賢者のような落ち着きを放ち、滅多なことでは不注意に話さないサラブレッドの品が漂っている。

 

 私の治療が始まったのは4回目の受診からだ。初診ではレントゲンや口の中のあらゆる検査だけで先生ともお目にかかれなかった。2回目は2時間くらいかかったと思うが、どこまでも話が続く。私のレントゲン写真や検査のデータを基に私の歯について先生の説明と歯について患者としての教育が始まる。つまり、患者がふるいにかけられるのだ。

 ありとあらゆる質問に全て答えてくれる。その辺の歯医者が30分経ったので早く帰って、次の患者が待ってるという態度は微塵もない。こちらが次の患者大丈夫かなと心配するくらい長過ぎる診療だ。今、考えると治療に入る前の患者へのこの教育が後の治療を成功させるかどうかの鍵を握っている。そのことを先生は最初から知っているので先生の持てる知識と情熱を最大に発揮させる場面だったのだ。

 いくらなんでも今度は治療だと思って3回目の診察に行った。さあ今だ今だ、と思っても一向に治療は始まらずそのまま終わるような雰囲気になって来た。私はしびれを切らし、ついに先生に宣言した。

 「先生、私は先生に治療をしてもらいたいです。治療を始めて下さい」

 

 そしてその次から治療が始まったのだ。4回目の受診でやっと始まった。一つ一つ丁寧に治療が進められた。詰め物やかぶせ物を外し、根管治療を施し、新たに詰めたり被せたり。当初はいつ終わるのかまるで先が見えなかった。そのうち私はもう、いつ完成するのか考えるのは辞めて、一生この歯科医院に通うんだと思うことにした。それからは月に2回程度通った。そして4年近くが過ぎた。今年の春頃、全ての歯の治療が終わり、セラミックをかぶせる段階に来た。今、奥歯が終わり、最終的な私の要望である前歯の審美に入るところだ。

 

 当初、こんなに時間がかかるとは思っていなかった。でも3年目くらいから歯の治療と連動して自分の生活がシンプルに整理されて来ていることに気がついた。介護、恋愛、友情、姉弟に関する問題がほぼ整理された。

 

 私のコンプレックスである歯、弱点を晒し出すことが最初のハードルだった。誰にも見られたくない私の秘密だったのだ。そして歯を見せることに慣れて来てから、今度は歯の根っこの治療で私の歯の奥の奥まで針が突き進んでいく。それはなんとも言い知れない感情が浮き上がって来た。何か私自身の存在としての問題の奥に隠された原因を突き止めようしているような。そして問題の原因を暴いて対峙しているような気分だった。

 

 今、私は当初ほど歯の審美にこだわっていない。もし先生が私の望むような歯に完成することができなくても気にしないだろう。私は先生とのこの4年で信頼することを学んだのだ。歯の治療は自分で努力してどうなるものでもなく、先生を信頼して全面的に任せるしかないのだから。

 でもそれは先生の私に対する言動や行為が適切で感心させられることが多々あったからだ。そうして尊敬を持って信頼が完成されたのだ。ここまで来ると少々のことではその信頼は損なわれない。信頼関係の育て方、そんなことを私は学んだ。

 歯の治療の時間は私の潜在意識へ深く降り立つ時間だった。そしてコンプレックスは消えた。