7〜8月はJFA(日本サッカー協会)が熱中症対策として公式戦の自粛を呼び掛けていることもあり、9月以降になるといずれのカテゴリーでも一斉に公式戦の幕が切って落とされます。
少年サッカーのコーチをやっていた頃を振り返ると、この9〜12月は本当に怒涛の数ヶ月間でした。ほぼ毎週のように何らかの公式戦がスケジュールに組まれ、自分が直接指導している学年だけでなく、他学年の試合も含めて審判対応に追われていたことを今でも鮮明に思い出します。公式戦ともなると、4級以上の審判有資格者を複数名ピッチに出すことが義務付けられているケースが多いため、有資格者がいない、あるいは少ない学年の公式戦には、よくヘルプとして笛を吹きに行っていました。
そんな公式戦のシーズンだからこそ、決まってピッチの内外で持ち上がる事項として、審判の判定に不服を抱いた指導者が試合中や試合後に激しくクレームをつけたり、観客席の保護者から審判に対して心ない野次や罵声を浴びせたりする光景です。さらに今の時代、試合が終わった後にもインターネット上のBBS(掲示板)やSNSなどで、「今日の審判はレベルが低すぎる」「レベルの低い審判のせいで負けた」といった匿名での書き込みが急増する時期でもあります。
長年少年サッカーに関わってきた私の印象では、特に「全日本U-12サッカー選手権のブロック予選」と「3年生トーマス研修大会」の2つの大会において、こうしたクレームや野次が突出して多くなるように感じます。
全日本ブロック予選は、一発勝負のトーナメントであり、小学生年代の集大成ともいえる最も重みのある大会です。そのため、指導者も保護者も注ぎ込む熱量が凄まじく、感情が昂るあまり、判定への不満へと繋がりやすい土壌があります。
一方で3年生の大会は、子どもたちにとっても親御さんにとっても「初めての公式戦」です。特に保護者側に応援の耐性や実戦の慣れがないこともあり、試合の熱気に飲まれてついつい感情が爆発し、スタンドが不穏な空気で盛り上がってしまうケースが見受けられます。
しかし、ここでくれぐれも再認識していただきたいのは、「ジュニア年代の大会運営は、すべてボランティアの審判員がいて初めて成り立っている」ということです。公式戦で笛を吹いている有資格者とはいえ、彼らは決してお金をもらって生計を立てているプロのレフェリーではありません。週末の貴重な時間を削って子どもたちのためにピッチに立っている、各チームの指導者や、ボランティアで資格を取ってくれた保護者の方々なのです。
私自身、これまで数多くの試合で審判を務めてきた経験からはっきりと言えることがあります。それは、外から見て罵声やクレームの対象となっているジャッジの中で、客観的に見て本当におかしいと思えるものは、実際にはほとんど無いということです。
もちろん、サッカーは一瞬の連続ですから、見る角度や立場によって「判断が分かれる場面」というのはどうしても存在します。しかし、だからといってそのジャッジが「ルールを無視した明らかな誤審」であることなど、まずありません。自分とジャッジの意見が分かれたとしても、元指導者の視点から冷静に見ていれば、「なるほど、そういう判断(見え方)もあるよね」と納得できるものが大半です。
手の使い方や接触の強さなど、ファウルの基準が審判によって多少異なることはありますが、それは人間が裁く以上は当然のことであり、その判断基準がブレずに試合を通して一貫して運用されていれば、競技運営上は何ら問題はありません。
結局のところ、審判に罵声を浴びせたりクレームをつけたりする指導者や保護者は、そのジャッジが「正しいか正しくないか」ではなく、「自分たちのチームにとって有利か不利か」という極めて主観的な色眼鏡だけで見ているのだと思います。
試合中にたまたま自チームに不利な判定が下り、かつ試合結果や内容が自分たちの満足いかないものに終わったとき、その怒りや悔しさの矛先を「審判」という格好の対象に向けて、クレームを入れたりSNSに不満を書き散らしたりして発散しているだけのように思えてなりません。
どんなに声を荒らげてクレームをつけようが、いかにSNSで熱くなって不満を書き連ねようが、一度下された審判のジャッジが覆ることは絶対にありませんし、試合結果が変わることもありません。何より、大人がピッチ脇で罵声を挙げている姿を見るのは、必死にプレーしている子どもたちにとっても決して良い教育にはなりません。
それよりも、休日を返上して大会に協力し、子どもたちが安全に試合を楽しめる環境を支えてくれている審判員に対して、まずは一人の人間として、サッカーを愛する仲間として、心からの「リスペクトの思い」を持ってほしいと切に願います。
誰かがボランティアで笛を吹いてくれなければ、子どもたちは大好きなサッカーの公式戦を戦うことすらできないのです。お互いを尊重し合う「リスペクトの精神」をピッチの内外で全員が共有することこそが、ジュニアサッカーをより素晴らしい環境にしていくための第一歩と考えています。