受験後、長男についてはサッカーと小学校の友人との遊びを満喫しています。

放課後、学校の宿題が終わったら、すぐに公園に遊びに行き、暗くなるまで友人と遊んでいるようです。高学年以降は平日がチームの平日練習と日能研で過密スケジュールでしたので、中々遊ぶことができなかったのですが、今はとにかくあまり気にすることな遊べています。

 

私自身は中学受験経験は無いですし、小学生時代は毎日のように今の長男と同じような生活をしていました。仲の良い4~5人と、放課後は公園に集まったり、自転車で遠出したり、外を走り回っていましたね。ファミコンやスーパーファミコンの時代でしたが、それでも外で遊んでいることが多かったと思います。

 

長男の小学校では地域柄8割以上が中学受験し、遅くとも3~4年生くらいからは塾に通う子も多いですし、様々な習い事に通っている子も多いので、低学年であっても平日に皆で公園で集まって遊ぶという習慣が無いですね。振り返ると、長男が保育園時代では、土日の午後は保育園の仲良い子の親同士で連絡取り合って公園に集まっていましたが、小学校に入ってからは中々そのような機会が無く、長男が公園で集まって暗くなるまで遊ぶということ自体が少なかった印象です。

 

私の時代の「小学生らしさ」は、今の時代には当て嵌らないのだと思いますが、今の長男は昔の私のような小学生らしい生活をしているので、何だか安心しますし、ひとまず受験が無事に終わってよかったなとシミジミと感じます。

中学入るとまた生活が一変しますが、長男には(私にとっての)小学生らしい生活をもう少し満喫して欲しいです。

シリーズで書いてきた両立の件は一旦一段落として、これからは受験から解放された後の長男がどんな生活しているのかなど、日々思いついたことを書いていきます。

 

受験から解放された長男は、週2回の平日練習の他、土日のチーム活動にも参加し、思う存分サッカーをしています。サッカーのチーム活動が無い日は小学校の友人と公園で遊んだり、サッカーチームの仲間と遊んだり、とにかく楽しんでいます。受験から解放されましたので、2月一杯はサッカーや遊びを満喫し、3月くらいからは少しずつ中学入学に向けて勉強を取り入れていこうと考えています。

 

チーム活動は3月下旬までで、卒団式まであと1ヵ月程になります。区主催の卒業記念の公式戦もある一方、空いた日程にはできる限り練習試合や他チーム主催のカップ戦などを入れるようにしています。このタイミングですので、練習よりも試合優先で、楽しい思い出を作ってもらいたいなと思っています。今、チームで確保できるグラウンドが少ないこともあり、これまで培ってきたネットワークを活用し個別に声かけてもらったり、募集されている練習試合やカップ戦に応募するなどして、確保に動いています。

 

早いもので、あと1ヵ月程度なのだなとしみじみと感じます。週末でいうとあと5回程度。私のコーチとしての活動もこれで一旦一区切りとなりますし、もう数える程しかありません。保護者コーチとして過ごし、チーム運営に深く関わってきて、チームの軌跡と選手達の成長を目の当たりにしてきました。低学年からずっと見てきていますので、試合動画や写真などみると、本当に皆成長して大きくなったなと感じます。

 

長男のチームはクラブチームと少年団の中間のようなチームで、専業の指導者は存在しながらも、全学年手が回らないので、保護者のコーチの存在や協力が不可欠です。私はこの学年の運営等を任されてきましたので、チーム運営の良さや大変さ、光と影のようなものを見てきました。同じような立場で、保護者コーチ・パパコーチとしてお子様が所属するチームの運営に関わっている方、又はこれから関われようとされる方もいらっしゃると思いますので、長男のチームでの振り返りをしながら、少しでも参考になるようなことを発信できればなと思います。このあたりは卒団前後に纏めて書こうと思います。

 

オンとオフでいうと、今はオフの期間。ずっと張りつめても仕方ないので、オフを満喫させようと思います。

 

 

シリーズで書いてきた、サッカーと中学受験の両立を実現できた要因について、今回で一旦最後とします。また思いついたら追加で書くかもしれませんが。

全体の纏めのようなことを書こうとも思っていたのですが、初回が全体像を示していて、同じ内容になってしまうので、違う観点から書いてみようと思います。

 

このシリーズで書きながら改めて感じたことは、サッカー始めた頃、日能研に入った頃の最初から、綿密に計画して両立を実現できた訳では決して無いという点です。サッカーを始めて上手くなっていく過程でサッカーを続けたい・辞めたくないという思いが強くなる中で、両立を実現するにはどうしたら良いか、走りながら考えていったというのが実態です。

 

少なくとも、2月1日直前の1月中旬の最後のリーグ戦に出るまでサッカー続けるなんて全然想像もしてなかったですし(少なくとも新6年生カリキュラム始まる頃は)、いつ区切りにするか考えながら続けてきました。サッカー面でもきちんと成果を出し、また、日能研の成績も維持し続け、きちんと両立の歯車が回っていたので、最後のリーグ戦まで走り抜ける形になりました。

 

これが実現できたのも様々な偶然の重なりでもありました。面倒見がよくテスト振替などの融通が利き易い日能研であったことは結果的に両立にはプラスでしたが、両立のために日能研を選んだ訳ではなく、たまたま入った塾が日能研だったということです。

そして、所属したサッカーチームが良いメンバー揃っていてチームとしてそこそこの強度であり、そして長男が不動のスタメンで公式戦フル出場を続けていた主力だったことも、サッカーを続けたいという動機にもなりましたし、チームとして長男のような個別事情のある選手を受け入れてサポートする風土があったことも良かったです。ただ、これも、たまたま選んだチームがそうだったということで、両立の為にこのチームを選んだ訳でもありません。

そんな形で、最初から両立に向けキッチリと綿密に計画立てて実現した訳ではなく、環境面が味方した、言い換えると、環境面を上手く利用しながら両立のための作戦を練って実行したというのが正しいかなと思います。志望校を背伸びし過ぎないこと(R4偏差値で十分合格ラインに入る先)、本人の納得感と徹底的な時間管理などがその表れですね。

 

とはいえ、両立を進めたことによって失うものもあったと思います。サッカーについてはトレセン活動には中々参加できなかったですし、チームメンバーの多くがチーム活動終わって時間があったら残って遊んだり、夏場はプールに遊びに行く、皆でJリーグの試合を見に行くなど別の楽しみがありましたが、長男はそうしたことには参加できず日能研に行くのようなことの繰り返しでした。小学生らしい楽しみを味わせることができなかったですね。

そして、2月1日午前の第1志望校で結果が出なかったことは、サッカーをここまで引っ張ったことが仇になってしまったのかもしれません。R4偏差値で余裕があり過去問等で抜群の手応えながらのこの結果でしたが、最後の最後での勉強量の差が表れてしまったのかもしれないですし、余裕に構えていたことの戒めなのかもしれません。ただ、その後は立て直し、結果としては第1志望校以外は全勝、改めて本人が行きたい学校を話し合った結果、納得の学校を選ぶことができましたので、この結果には十分満足しています。

 

繰り返しになりますが、両立できたのは偶然の重なりでしたし、ここまで両立したいという思いになったのも、サッカーでの位置付けを考慮したもので、最初から計画的に取り組んだ訳では決してありません。置かれた環境の中で、アレコレと試行錯誤しながらここまで持ってきましたし、環境に恵まれた面も多々ありました。

 

何より、本人の強い意志と納得感が最大の要因だったと思います。本人が、目先のサッカーをやりきりたいという思いがあり、地元の公立中+ジュニアユースではなく、設備環境が整いサッカーに力入れている私立中高で思う存分サッカーやりたいという明確な思いがあり、その為に日能研でも成績を残し続ける必要があり、その為に何するか考えて納得して進められたのが大きかったと思います。私がいくら言っても、本人にモチベーションや納得感がなければこの結果にならなかったと思います。

 

両立できるかどうか個人差はありますし、環境に左右され、やり方は人それぞれです。ここまで書いてきたことがそのまま当て嵌まる方はいないと思いますし、共通の処方箋のようなものはないですが、少しでも参考になる方がいれば幸いです。

シリーズで書いている両立を実現できた理由について、大分考えていたことは書けたかな・・と思いますので、個別テーマは今回が最後として、次回に纏めができればと思います。今回は、家族の理解と協力です。

 

私は妻と長男・長女の4人家族です。長女は本日現在小4で、4年生カリキュラムから日能研に通っています。そんな形で長女もまだまだ手がかかる状況ですが、土日について長男は私が、長女は妻が基本的に担当するような形で棲み分けてやってきました。

 

長男については、両立をしていますので、土日はサッカーのチーム活動や日能研のスケジュールが複雑に絡み合います。私はコーチもやっていますので、チーム活動に参加していくことが原則で、土日も朝から不在で遠征したり練習していることも多い。長男も一緒にチーム活動に参加することが多いですが、長男はチームで飛び級していたので、長男と別行動になる時も多かったです。そして、チーム活動が終わり自宅に戻ってから日能研に行ったり、週末テストについて土日のどこで受けるか、月曜日に振替するかなど、チーム活動をしながら日能研のスケジュールをどうこなすか・・というようなスケジュール管理を行ってきました。加えて、平日・土日の勉強のタスク管理などを行っていました。

幸い、日能研は自宅から徒歩5~6分で、送迎のようなことは必要無かったので(勝手に行って帰って来る)、この点の負担感は無かったですが。

 

というような形で、土日は長男がチーム活動と日能研でバタバタして不在にすることが多いので、私は家に不在になることが多く、長女の対応はできません。これを妻が不満に感じることなく快く受け入れてくれたことは大きかったです。もちろん、私がいる時は長女の送迎などは対応していましたが、大部分は妻が一手に引き受けてくれたことは有難かったです。

 

妻は、私がコーチとしてチーム活動に参加することについても結局は長男については私が面倒みることと同義と捉えてくれていましたし、私がコーチとしてチームに貢献していることの意義(広い意味での地域貢献・社会貢献ですし、実際に感謝している保護者やチーム関係者の方も多い)についても理解してくれていました。なので、ある意味、長女を放ったらかしにして妻に任せることも理解してくれていました。

 

あと、妻はある高度な専門職として仕事を続けてきましたが、仕事を辞めて、現在は専業主婦として家庭を支えてくれています。仕事を辞めた理由は複合的なのですが、長男・長女の中学受験が近いことも要因の1つです。日能研の弁当作り、平日の対応(長女はまだ小4なので近くの日能研でも送迎しています)なども引き受けて対応してくれています。妻がここまで対応してくれていなかったら、長男の両立はできなかったと思います。

 

妻も、長男と私が、真剣かつ必死に両立を続けていたことを理解してくれて、応援してくれたのかなと思います。適当にズルズルとサッカーを続けていたのではなく、サッカーでもきちんと成果を出し、日能研も疎かにせず、そしてきちんと成績を残していたことなどから、応援しようという思いを持ってくれたのだと思います。長女もそれに何か不満を抱えることもありませんでした。

 

家族の理解無くして両立は成り立たなかったと思います。本当に感謝です。

シリーズで書いている両立を実現できた要因について、今回は時間管理と本人の納得感について管理していきます。

 

私はとにかく長男の納得感を重視してきました。サッカーにしても中学受験勉強にしても、無理矢理やらせても続かない、どこかで無理が出て来て結果が出ないだろうと思ってきました。なので、本人と時折会話しながら、特に中学受験を何故やるべきなのかという点を会話してきました。

 

サッカーについては、平日練習や土日のチーム活動、自主練なども含め、それなりに体力面含め負担感ありますが、チームの中心人物で、不動のスタメンとして公式戦でフル出場を続けてきたこともあり、本人はそれがサッカー続けるモチベーションになっていたようです。サッカーを頑張って続けることについては、特に本人が疑問を持つことは無かったと思います。

 

中学受験に関しては、ここは良く会話をしてきました。長男の学年について、スタメンのメンバーは長男以外は受験予定は無いです。そして他の中学受験組は6年生になると軒並み休会して専念していく中で、長男1人だけが1月中旬まで両立を続けてきました。おそらく他のチーム見渡しても1月中旬までサッカー続けていた選手はかなり少ないと思っています。ある意味、誰も選ばない「茨の道」ですが、中学受験を何故やるのかという動機付けには拘ってきました。

 

本人は今のところサッカーが好きで、サッカーをできるだけやりたいという考えがあります。ただ、このまま学区の公立中に進学しても校庭は狭く、そもそも部活でチーム作れる程の人数は集まらないので、公立中進学ならジュニアユースに行くことが前提となります。ただ、ジュニアユースについては、平日に数回、学校終わり一度帰宅して活動場所まで通い練習に参加して、帰って来るのが21~22時くらいになります。週末も試合などの活動もあります。このあたりの負担感は大きいです。そして、中3になると高校受験がありますし、ユースに上がれるか、高校の推薦がもらえるかといった競争もありますし、思う存分サッカーという訳にもいきません。チーム内競争もシビアです。

 

それよりは、正規サイズの人工芝グラウンド含め施設が充実し、サッカーに力入れている中高一貫の私立中学の部活でサッカー頑張るのがよいのでは、という考えです。学校終わってそのまま敷地内のグラウンドでサッカーできますし、中3の高校受験の壁のようなものも無い。私立中によっては、TリーグのようなJFAのリーグ登録しているチームもあり、それであればジュニアユースと遜色無い活動ができます。先を見据えると、この方が中学3年間で比較しても思う存分サッカーできるのではと思います。

 

本人とも会話して、どちらを選びたいか話してきましたが、断然、サッカーに力入れている中高一貫でサッカーやりたいということでした。なので、中学受験頑張ろうということになりした。

 

そうなってくると、好きなサッカー続けながら中学受験勉強を続けるためにどうするかがテーマになります。その為には、時間を有効活用することが求められます。6年生カリキュラムになると、平日は週3回夕方から21時近くまで日能研授業がありますし、土日も授業・日特があります。これにサッカーの活動を当て嵌めながら、空いた時間を如何に自宅学習に充てるかを考えました。6年生の6月くらいからは、朝早く起きて1時間勉強していましたし、授業の無い平日に宿題や課題を上手く寄せたり、4・5時間授業の時も日能研が始まるまでの隙間時間を勉強に充てました。土日についても、チーム活動と日能研の合間の時間の1・2時間を勉強に充てるなど工夫を続けました。サッカー続けながら中学受験勉強していくには、こうした隙間時間のフル活用が必要である旨を長男と会話し、納得させながら進めてきました。

 

また、タスク管理としては、朝起こす際に、この日にやるべきタスクをホワイトボードに書いて、1つ1つ確認しながらやらせていきました。私は朝早く出社し夜も早くは無いので、ずっと長男の傍にいて見守る訳にもいきません。朝にタスクを確認し、帰宅したらタスクをやったかどうか確認するというのをずっと続けてきました。これは有効だったと思います。

 

兎にも角にも納得感が重要で、親のエゴではなく、本人に何故中学受験勉強をするのか、それで何を実現したいのか、サッカー続けながら中学受験勉強も両立するにはどうすべきか、その為に今日何をすべきか、それを明確にし、本人に納得させながらやってきました。これが両立が実現できた大きな要因の1つだったと思います。

 

本人としては、チーム活動が終わった後、居残って自主練したり遊んでいるメンバーがいるのに何故自分はすぐに帰らねばならないのか、公式戦後の練習試合は残らずに自分は何故早退しなければならないのか、など葛藤もあったと思います。ただ、それは本人の望む環境を勝ち取るために必要なことであると、納得しながら何とかやれたと思います。

シリーズで書いている、サッカーと中学受験の両立を実現できる理由です。今回は日能研であったことを掘り下げてみます。

 

筆者は長男も長女(小4)も日能研ですので、他の中学受験の詳細を存じておりませんので、知り合いなどから聞いている程度です。他塾でも両立はできるよ、という話もありますが、他塾との比較は控えめにしつつ、日能研で良かったと思える理由を書いていきます。

 

まず、テストの振替の融通が利いたということです。日能研は他の中学受験塾対比、テストが多いようです。4・5年カリキュラムで最低2週間に1回(育成テスト・全国公開模試等)、6年カリキュラムだと原則毎週テストがあります。このテストは原則として土日ですのでチーム活動と被ることもありましたが、4・5年生の時は、土日の中で3コマくらい受ける機会があると共に、月曜日・火曜日も受けられるので、どこかでテストは受けられる状況でした。土日がサッカーの活動で埋まってしまっても月火で振替ができるのは大きかったですね。6年生になるとテストは原則として日特の日曜日になりますが、日曜日受けられなくても月火に振替できることは変わらなかったです。この融通の利き易さは有難かったです。

 

そして、1回のテストだけでクラス替は決まらないという点も大きかったです。一定期間のテスト成績の平均値などでクラス替が決まっていましたので、週末の予定がタイトで勉強に時間取れなくてテストの結果が悪くても、他の回で挽回可能というのは精神的にも大きかったと思います。加えて、体調不良や学級閉鎖なども重なり振替も含めてテストを受けられなかった場合は、他の回のテスト結果踏まえてクラス替も決まっていたと思いますので、休んでも何とかなるという事情もありました。現実的に、MクラスかAクラスかで使うテキストも授業範囲も授業料も曜日の科目も変わってきてしまうので、Mクラスを維持していくことが重要だと思っていましたが、1回だけでは決まらない点は大きいですね。

 

他の中学塾では、こうした振替の仕組が無い又は手厚くなかったり、1回のテストの成績で機械的にクラス替えが決まってしまうので、どうしてもこの日はテストを休めないとしてチーム活動を休む子も何人かいました。

 

あとは、これは他の塾も同じかもしれませんが、体調不良等で授業を休んだ場合のフォローも手厚かったと思います。期間講習も含め、各回、動画でのフォローもありましたし、欠席した回についての授業範囲や宿題なども連絡が来ましたので、サッカーの活動が重なっていた場合も、予め動画で自習して対応するなどができましたね。

 

そして、おそらく他塾に比べて、「振り落とし」度合がカルチャーとしてそこまで無かったと思います。個々のことは考えず、一定のレベルについて行ける子だけが残っていく仕組では無かったと思いますので、テスト成績が振るわない科目については個別にフォローが来たりもしました。Mクラスだけではなく、Aクラスもきちんとフォローしていく姿勢があり、最難関校・難関校の合格実績だけを競うような風土は確かにあまり無かったと思います。面倒見が良いと思いました。

 

反面、一度だけ揉めた話があり、6年の夏期講習が始まる前に、日能研のクラス担当の先生が長男に勝手に個別面談し「サッカー早く辞めるように」と促したことがありました。この個別面談後、長男は戸惑って帰宅してきたことを覚えています。6年6月頃はチーム活動の公式戦が重なり日特が休みがちだったことを憂慮して、先生としては、これからより家庭学習が大事になるので、サッカーのように時間かかる習い事にリソースを割くべきでないと考えてアドバイスされたようですが、これだけ両立に向けて工夫してきて、覚悟を決めてきたのに、日能研での活動以外についてアレコレ言って欲しくなかったです。

長男の帰宅後、先生にはこちらから電話して、ご心配頂くのは有難いが、本人と私で話し合いながら何とか両立続けていて、両立続けるために朝早くおきて勉強するなど本人のモチベーションにもなっているので、そっとしておいて欲しい、成績下がるなど両立が難しくなってきたらきちんと判断するので、と伝えました。この点も、面倒見の良さが日能研の良さが表れていると思います。

 

いずれにせよ日能研であったことは、両立にあたっては本当に良かったと感じています。

シリーズで書いている、サッカーと中学受験の両立ができた要因です。今回は受験校の目標設定についてです。

端的にいうと、無理に背伸びしないで合格圏内に入る学校を志望校として設定していた、という点です。

長男の標準的な偏差値からみて、R4偏差値で同値からマイナス2くらいの学校をターゲットとしてやってきました。

 

長男は、5年生から6年生最後までの平均偏差値は62~63くらいでした。ここは2年間通して見事にこのくらいの水準で、テストによっては多少上下があるという形です。4年生の時はもう少し上下にバラつきがありました。

長男の第1志望だった学校のR4偏差値は概ねこの水準であり、持ち偏差値からすると無理なく合格できる水準です。第2志望以降の学校も概ね同水準でした。

 

もっと成績・偏差値を伸ばさないと合格圏内に入らないような学校をターゲットにしていたわけではなかったので、学習方針としては如何に現状を維持するかという点に重きを置きました。成績が思うように伸びないことへの焦りのようなものは無く、毎回のテスト結果に一喜一憂する度合も小さいので、この点は精神的にも良かったと思いますし、勉強量も両立を前提とした水準でコントロールしていました。

 

ここは日能研側からすると、長男はサッカー辞めてもっと勉強に時間を振り向ければもっと偏差値が上がるのに、と思われていたようで、何度か先生との面接ですすめられました。また、R4偏差値で同等の学校よりももう少し上目指した方がよいのでは、実力からして偏差値65超を平均水準まで引き上げられるし、そうなると最難関校も視野に入る、とも言われたこともあります。4年生の時に、公開模試でかなりの偏差値を出したことがありTMに誘われたこともありますが、校舎と曜日が変わりますし、サッカー平日練習に出られなくなりますので、断ったこともあります。

 

ただ、サッカーでもチーム内で地位を確立し、チームも結果を残し続ける中で、本人は両立してサッカー続けることへの思いがどんどん強くなってきました。私の眼でみても、サッカー続けるために成績落とさないように勉強頑張るというモチベーションに繋がっていたと思いますし、他の子に比べて時間が限られる中でそれを如何に有効に使うかという意識が高まっていて、良い循環ができているので、この流れを止めるべきではないと思いました。加えて、サッカー辞めたとしても、そのリソースを全て勉強に充てられるかはわからず、寧ろ勉強一辺倒になることによる行き詰まりや逃げ場の無さに怖さを感じました。

 

これが、目標設定をもっと高く置いてしまうと、自分の現在地である偏差値と目標校の偏差値のギャップに悩まされ、それが焦りや悩みに繋がってしまっていたと思います。高みを目指すこと自体は悪くないのですが、高過ぎるのは問題であり、また、両立を目指そうとすると高過ぎる目標設定してもその間を埋めることが難しくなります。時間が少ないのでギャップを埋めることへのハードルが高くなります。

 

なので、受験校の目標設定は、第1志望もそれ以外もR4偏差値水準に見合う学校に拘ってきました。偏差値を上げることではなく維持することが目標になるので、ここは精神的にも全然違っていたと思います。

 

前回の続きになります。両立を実現できた理由として、端的に「サッカーを辞めるのには惜しい環境であり、本人もモチベーションになっていたから」と記載しました。今回は少し補足します。

 

整理すると、長男の所属チームについて、①それなりの強度であったこと、➁主要活動拠点が近所で通い易かったこと、③少年団とクラブチームの境目のようなチームであり長男のような存在について理解と協力が得られ易かったこと、④私がコーチとして運営を見ていたのでスケジュール含め予見可能性があったこと、が挙げられます。ただ、これらは全て結果論であり、サッカー始めた頃や日能研に通い始めた頃から企図してた訳ではありません。このうち①の強度面は前回に書きましたので割愛します。

 

➁については、主要活動拠点である公立の小中学校や公園は、全て徒歩圏内、自転車使うと自宅から10~20分で行ける場所でしたので、公式戦・練習試合での遠征以外は移動時間に悩まされることは無かったです。日能研のテストや授業が終わって練習に顔出したり、その逆のようなことは何度もありましたが、自宅と日能研校舎が近いこと(徒歩5~6分圏内)であることも相俟って、近いことは何よりも大きかったと思います。状況に応じて私含め家族のサポートも要らず、自分で行って帰れる距離感だったのは大きかったですね。

 

③については、良くも悪くも専業の指導者だけでは運営が成り立たないチームだったということですね。

チーム専業の指導者はいるもののその方達だけではチームは回せず、各学年とも選手保護者の協力無くして成り立たないチームだったということです。私のようにコーチとして指導者に入ったり審判対応するメンバーもいますし、車が必須な遠征時には車を出せる保護者に引率をお願いするなど、保護者の協力を頂きながら運営してきました。このような保護者含めて皆が協力しながら運営することが求められるチームであったが故に、長男のような両立を抱える選手に対して理解して協力するような風土があったと思います。中学受験に限らず、選手やそのご家庭の個別の事情を踏まえつつ、皆で協力して乗り越えようという風土が間違いなくこのチームには存在していましたし、チーム活動以外の個別の事情を許容する考えが根付いていたと思います。例えば、保護者が土日出勤の仕事をしている方のお子様については、皆で助け合いながら引率などもしていました。

これが、それなりの強度のクラブチームであると、こうした個別事情はあまり考慮されないことも多かったと思います。クラブチームの活動への参加状況が、試合での起用に影響するようなチームも多々あると聞いています。

そうではなく、中学受験含めた個別事情を理解・許容しながら協力していく土壌のあるチームだったことが大きいですね。

 

④については、私が指導者陣に入っていたので、今後のチームスケジュールなどが予見し易かったということです。公式戦スケジュール・調整中の練習試合スケジュールなどについて大まかに提示されて、あとは各チームの活動予定を踏まえて最終的に決まっていくことが多いです。このあたりの情報を踏まえ、今後の活動見通しについて比較的早い段階からある程度見通すことができ、例えば、この日に公式戦・練習試合などが入りそうだからこの週の日能研のテストは振替にしようのような備えができたということですね。私や長男の都合でチーム活動のスケジュールを変えたことは一切なく、長男はテストで休みだが私はベンチ入りや審判対応のため参加ということも多々ありました。いずれにせよ、相対的にみてスケジュールの予見可能性が立ったことは、公式戦のために急に日能研側のスケジュール調整を求められることが無かったという点で精神的にも良かったと思います。

 

①から④について色々と書きましたが、いずれも結果論であり、両立の為に今のチームを選んだ訳ではなかったという点は強調したいです。1年生終わりの春休みに入ったチームが、結果として①~④の要素があり、それが結果として両立にはポジティブに働いたということです。これを意識してこのチームを選んだ訳ではありません。振り返ってみると①~④が両立には良かったということになります。あくまで結果論です。

 

両立したいという考えがある場合に、①~④を基準にチーム選びするというのも中々簡単では無いと思います。これらを満たす条件のチームが多いとも思えないです。ただ、ここまで両立をしてきた立場として、①~④の要素は重要だったと思いますので、多少なりとも参考になれば幸いです。

前回予告した通り、両立を実現できた要因を、それなりの回数に分けて書いていきます。その日に書きたいことを書いていきますので、何回になるか現時点ではわからないです。

 

以前も書きましたが、いつまで両立を続けるかというラインを設定しそれぞれの時点で成績面や本人の意向などを現状確認した上で両立を続け、長男は結局は最遅の以下①リーグ戦含め全公式戦終了までサッカーを続けました。リーグ戦が延びて1月中旬までですね。

 

①6年12月のリハウスリーグ後期終了

②6年10月の全日本ブロック大会

③6年7月の夏合宿(毎年参加しているU12大会)

④6年6月のリハウスリーグ前期終了

➄6年4月のリハウスリーグ開始

⑥6年3月の春休み開始(春合宿に毎年参加しているU12大会)

⑦6年2月の新6年生カリキュラム開始

 

そこまで続けられた要因は、サッカーを辞めるのには惜しい環境であり、本人もモチベーションになっていたから、という点です。

 

東京都の6年生(U12)の場合、前年度までのチーム成績などに応じて広域のTリーグやブロックリーグに所属し、1年間戦うことになりますが、長男のチームはかなり上位のリーグを勝ち取りました。前年度からの積み重ねで、中々得難い機会であり、本人も、このレベルで自分やチームがどこまでやれるかチャレンジしてみたいという思いが強かったです。それなりに高いレベルのメンバーに恵まれ、全日本では東京都の中央大会に出場していますので、そのくらいのレベルにはあるチームだったということです。

 

そしてチーム内では3年生くらいから最主力の1人という位置付けであり、不動のスタメンとしてフル出場を続けてきましたし、5年生時には飛び級メンバーとして1つ上の学年でも出場していました。チーム内でも最主力メンバーとして位置づけられ、トレセンにも選ばれ、公式戦などには出場機会が恵まれていた点も、両立を続けた要因でもあります。一定の実力があり、チーム内でも評価されていたということですね。

 

率直なところ、チームが下位の方のリーグに所属している程度であれば、その環境でサッカーを続けたいとも思わなかったでしょうし、同様に、チーム活動に参加しても試合に出られるかどうかわからないくらいの位置付けであれば、塾を休んだりスケジュールを詰め込んだりやりくりして、無理して両立を続けるという判断にはならなかったとも思いますし、本人も望まなかったと思います。

 

チームのレベルや、チーム内での立ち位置から、それなりに高いレベルのチームにおいて主力として評価されていたので、この環境・ポジショニングを手放すことが惜しかったということになります。なので、ここまでサッカー続けながら中学受験するというのは、大多数の子が歩もうとしない茨の道ではあるが、この環境で、できる限り両立を続けようと、本人も私としても覚悟を決めたということになります。

 

勿論、何があっても続けると決めていた訳ではありません。上記①~⑦のそれぞれのタイミングで、長男の日能研での成績(偏差値・順位)を踏まえ、本人と会話して続けるかどうかを判断していきました。振り返ってみると、公式戦が重なっていた上記④のリハウスリーグ前期終了の6月頃が若干成績が落ち最も心配しましたが、本人の危機感を煽り朝に勉強時間を作った結果、夏期講習入る頃には戻っていました。偏差値の水準でいうと、6年生期間を通じて65に行かない60台前半でほぼ推移していましたので、伸びもしなかったが下がりもせず、サッカー続けながらも相対的な位置付けはずっと維持していた、ということになります。

 

サッカー辞めて勉強に専念していたらもっと成績が上がったかどうかはわからないです。ただ、夏休み期間中は、夏期講習には出席し、チーム活動は夏期講習が無い日だけに限定し、夏休みの間はおそらく他の日能研Mクラスの子と同じくらいの勉強量は確保できていましたが、それで成績は横ばい(気持ち上がったくらい)でした。時間をやりくりした結果、勉強量はそこまで劣るという訳でもなかったですし、勉強専念したことで成績が目に見える程上がったとも思えません。寧ろ、サッカー続けたいという思いがあり、その為には成績を維持しなければならず、それが朝早く起きて勉強するなどのモチベーションにもなっていたと思います。サッカー辞めていればそこまでする動機が無くなるので、勉強時間が伸びることが成績に繋がったとは思えなかったですね。

 

とりあえず両立できた要因として、サッカーの環境面の前編です。また続きを書きます。

 

2026中学受験を終え、このブログのテーマであるサッカーと中学受験の両立について書いて行こうと思います。今後、それなりの回数になるかなと思いますので、まずは初回として全体像を書いていきます。

 

長男については、受験直前の1月中旬の公式戦まで出場を続けていましたので、ここまで両立を続けた方はそうそういないと思います。ギリギリまで続けられたと考えられる要素を以下に書いて行き、それぞれ次回以降で掘り下げていきます。まずは思いつく要素としては以下ですね。書いていてこれ以外にも沢山出て来そうですが。

 

①サッカーの環境面(チーム内で地位確立、チームの強度、指導者の理解と協力)

➁受験校の目標設定(程よい目標であること)

③日能研であったこと(融通の利き易さ・ポジショニング)

④時間管理・目標管理(本人の理解)

⑤家族の理解

⑥工夫・その他

 

それぞれ「さわり」のようなことを書いていきます。

 

①まず、サッカーの環境面(チーム内で地位確立、チームの強度、指導者の理解と協力)については、他とは違い、両立したいと思えるような環境に身を置いているかという点です。端的に、自分が所属しているチームでは不動の主力メンバーで、個人としてトレセンなどには選ばれるレベルで、また、それなりに高いレベルのチームだったという点です。本人は主力として6年生の公式戦はフル出場を続けてきましたし、5年生よりも前の時も同様でした。また、ただのお山の大将ではなく、参加している大会・リーグのレベルも高く、ここで頑張りたい・成果を出したいという思いが強かったと思います。加えて、指導者間(私も含まれます)では長男が中学受験を予定している旨は共有していましたので、6年生年代になってからは、公式戦後の練習試合は早退するなど理解と協力を得られ易かったという事情もあります。

 

➁受験校の目標設定は、自身のレベルに対し、背伸びし過ぎず、かといって余裕があり過ぎずという中学を目標として設定しているかという点ですね。

 

③日能研であったという点は、他塾のことはそこまで詳しく知らないですが、日能研は低学年から6年生まで融通が利きました。大事な公式戦などで試験を所定の日に受けられなくても後日に振替受験できました。これによって、Mクラスを最初から最後まで維持できましたし、それが本人の動機にもなっていました。

 

④時間管理・目標管理は、その日に何やるか明確にし、前期・後期のような期間や夏休み・冬休みのような長期休暇期間のルールを明確にした点ですね。

 

⑤家族の理解は、私が休日は長男のサポート最優先になることについて、妻や長女含めた家族の理解という点です。

 

⑥は上記で触れられないポイントを拾おうと思います。

 

このカテゴリーで対応できるかは悩ましいですが、一旦、上記をベースに整理していきます。最後に総括はします。