- 広瀬 一郎
- スポーツマンシップを考える
来月から東大スポーツマネジメントスクールの3期生としてスポーツマネジメントについて学びに行く。
全16回を3ヶ月で集中して受講するスクール。
プロスポーツ団体のマネージャーなどスポーツビジネスに携わる人が、体系的にスポーツビジネスを学べる
スクールということで、多くの人材を輩出している機関。
日本のスポーツビジネスは、ビジネス経験のない人達の勘で運営されていたため、経営として成り立たず撤退して行った団体がとても多い。
実際、仕事でスポーツビジネスに携わっているが、フロントの経営感覚の欠如っぷりには愕然とする。
将来的に教育事業を行うが、「健全な精神は健全な肉体に宿る」という考えがあるので、その実践のためにも今回のスクールで学ぶことが役立つのではないかと期待している。
この本は、そのスクールの課題本。
松井選手、サッカーの中田選手、F1の佐藤琢磨選手など一流のスポーツ選手の多くは、スポーツで卓越した技術を持っているだけでなく、人間性も非常に高く、時に人格者と思える言動をすると思う。
これはスポーツが人間形成の場であり、結果を出す過程において精神的な成長も伴っていったからだと推測する。
本文の川淵チェアマンも、「Jリーグアカデミー」という英才教育の機関を作り、技術を教えるのと、人間教育を半々位で実施するという。そこで、スポーツマンシップをきちんと指導し、フェアプレーの何たるかを指導し、一般的な社会教育をそこで教えることによって、社会の中できちんと生きていける子供達を育てるのだそうだ。
子供の頃にこのような教育を受けた人間は、上記の一流選手のように、人間性も兼ね備えた素晴らしい人物になるのだろう。
自身の経験においてもスポーツを経験した人間と、しないで育っ人間では抽象的な言い方だが、人間力が違う。
生きる意欲のようなものも違うように思う。これは、「健全な精神は、健全な肉体に宿る」ということなのだろうか。
スポーツを通じて、健全な肉体と精神を得て、人間性の高い人間となることが出来るのだと思う。
その意味でもスポーツマンシップの理解が広がり、子供達の人間形成に役立つ社会を創る必要があると思う。