昨日の記事の続きになりますが、

気になったことをいくつか、

記録に残しておきたいと思います。

 

P52

たとえば、私が社会的な行動をとることができるようになれば、

私の自閉症は治ったと解釈されるのだろうか。

療育を受けた結果行動は変わっても、

私自身のものの見方や考え方は何一つ変わっていない。

それなのに、行動が変われば良しとされるのであれば、

私に本来備わっているものの見方や考え方は否定されるのだろうか。

さらにいえば、行動を変えることができたとしても、

その人が抱えている内面のストレスはどうだろう。

・・・・・(略)・・・

単にがまんするすべがみについただけなのかもしれないではないか。

 

 

親や先生、支援者が気を付けなければならないのは、

こういうところですよね。

このことは常に頭に入れておきたいと思いました。

 

 

P89

診断や告知を受ける時期によって、当事者が自分の障害と向き合う気持ちはこんなにも変わるものなのか。だとしたら、どんなタイミングでどんなふうに告知をするのがベストなのか・・・・。

もっとも、自分がアスペルガーであることを成人した後に知った当事者のなかには、子どものころに気づいて適切な療育を受けさせてくれなかった親を恨んだり、彼が最初に感じたように「何をやってもダメなんだ」という絶望感から抜け出すことができず、さらに苦悩を深める人も少なくない。そのことがわかったいまでは、障害の受け止め方の個人差は、告知のタイミングもさることながら、生まれ持った性格によるところも大きいと感じている。

 

 

のちに彼(夫)は、

 

P102

「僕は由美のように育てられなくてよかった!だってそんなにいちいち事細かく言われていたら、きっといじけて縮こまっちゃうよ。それに、ぼくはアスペルガーだってことを自力で発見できてよかったと思っているんだ。」

 

と発言していきます。

 

告知のタイミング、気づき方、いろいろなパターンがあると思いますが、

どれが正解とは言えないなと感じました。

 

 

 

障害の程度や表れ方は千差万別。さらに家族構成や経済状態、住宅事情など、当事者を取り巻く環境は人それぞれ異なっている。だからこそ、「個別の視点」が必要だと著者はいっている。幸せの形はひとつではないのだ。