自分、堅物人間だと思う
良くもわるくもなくて
良くもわるくもあって
表裏一体◡̈*
単なる特徴
認知症は、人格ではない
なにか奇声を発したり、
非現実的な発言をしても
それは人格ではなくて症状
本人は
「私はもうわけ分からない。
でもなんか塗り絵を出されたからとりあえず塗ります。でもよくわからない。」
「みっちゃんはいますか?みっちゃんは私の姉です」としきりに言う
「ここから帰らせてください。そうでないなら飛び降ります。」と訴える
少し考えれば
本人も自分自信に混乱して苦しんでいる
ことがわかる
認知症になってもよく話にでてくる
みっちゃんは、本当に大好きな人だって
わかる
死にたいほど苦しいのかな
自分がどこにいるかもわからない
自分がなぜ帰れないのかもわからない
なぜ拘束されているかもわからない
「もう警察よびます、あなたたちを恨みます」
となるとも理解できる
それを聞いた看護師は、
「あいつまた言ってやがる」
という
退院が決まると
「早くいなくなってくれ」という
そんな残酷なことがあることが疑問
もう少し人の痛みに寄り添う
想像力を!!
私はそういう看護師にはならない。
そういう態度は表には出さないが◡̈*
人の痛みがわかるNsに
辛い時辛いっていう
したいこと、夢を語る
当然のこと
入院中の患者さんも同じ
その環境を整えるのが1番身近にいるNsだと
思う
患者さんに優しくいられないほど
自分が余裕がないなら
NSをいったんおやすみすべき時?
Nsだろうが患者さんだほうが
ひとりひとりが自分らしく
楽しむための人生です!
最近、ぐっときた言葉
「幸せの感度」✧*。