レベル1鉄オタの旅行記(仮) -26ページ目

レベル1鉄オタの旅行記(仮)

フィギュアで遊ぶブログから、鉄道旅行中心の投稿に方針転換中。鉄道の知識はまだまだ勉強中です。お手柔らかに。


おはこんばんちは。気がつけばもう12月、ついこの間1年が始まったかと思えばもう終わりが近づいて来ましたね。


さて、先週の末に父方の祖父の様子を見に車で石川に行ってきたのですが、家が小松市にあったので、前からどうしても行きたかった土居原ボンネット広場に寄ることにしました。

土居原ボンネット広場とは小松駅のすぐ近くにある489系特急形車両の実物が展示されている場所です。



489系はかつて全国各地で活躍していた交直両用車両である485系の流れを汲む車両で、旧信越本線の碓氷峠(横川~軽井沢)にあった66.7‰の勾配を登るために必要とされたEF63型電気機関車との協調運転を12両編成で行うことが出来ます。

この車両は在来線特急「あさま」・「白山」などに充当されて、1997年の北陸(長野)新幹線開業まで東京と北陸や長野を結んでいました。言わば、E2系やE7系の先輩に当たる車両という訳です。




客室の見学は無料。運転席への立ち入りは寄付金として300円を払う必要があります。また、寄付金を多めに支払うと見学に加えて管理人の方に幕回しをやっていただいたり、車内を貸切で使用することも可能です。





今回は私は1000円を払って幕回しをやってもらいました。40コマほどの幕を一通り表示してもらったあとに、好きな幕、今回は白鳥 青森行 で止めて写真撮影をしていただきました。

かつては以前、ブログにも書きましたが、白鳥は大阪と青森を結び、昼行特急としては最長の1052km(新幹線でいうと東京から新山口と厚狭の間)を走った列車。昔の特急は走行距離が長いことはよくある話ですが それを踏まえても1000km越えは私にとってはインパクト絶大な数値でした。タイムマシンがあるならぜひ乗ってみたかった列車。乗車することは最早叶いませんが、かつて大阪で見ることができた青森行きの幕を生で見ることが出来たのは嬉しかったです。


回している途中で幕が破れるアクシデントも...汗






荷棚部分には北陸本線の駅で掲げられていた特急・急行の停車位置がズラリ。この中で現存しているのは「サンダーバード」と「しらさぎ」だけとなってしまいました。

その「サンダーバード」の停車位置も随分古いもので、まだおそらくはデビューしたての681系が充当された「スーパー雷鳥」の副名称として用いられていた頃のものと思われます。ちょうど私が生まれた頃か...。実は私、「サンダーバード」と同い年でなんです笑



運転席へ潜入。近鉄民なので、国鉄orJRの特急型車両は運転台の位置がかなり高く感じます。

マスコンやブレーキ、交直切り替えスイッチを操作できます。



右側の乗降扉はまだ生きており、開閉操作を実際に行うことが出来ます。運転室から開閉操作をしているので画角的に扉を写すことはできませんが、閉めると開閉音とともに側灯が消灯していることを確認しました。



車内チャイムのオルゴールも自由に操作できます。

7つのボタンには

鉄道唱歌『鉄道唱歌(低音)』
A『百万石音頭』
B『信濃の国(長野県歌)』
C『東京音頭』
D『鉄道唱歌(489系ver.)』
E『佐渡おけさ』
F『美しき青きドナウ』

となっています。Fのボタンは元々ドナウが収録されていた訳ではないという書き込みもみかけましたが、A~Eは現役の時に流れていたもので、実際に乗車した人にとっては懐かしいメロディではないかと思われます。せっかくなのでE7系でも流れて欲しいですね。特にTR-12を流してるF編成くん!!

なお、『信濃の国』は流石に県歌だけあってか長野駅の新幹線発車メロディに抜擢されています。試しに聴いてみると長野の自然の豊かさが伝わるいい歌でした。



幕回しと運転席を軽く見学して、永平寺に行く予定でしたが、車で待ってた父もあとから見学に来て管理人さんと「白鳥」の話題で盛り上がったのでかなり長居をすることになりました。

修学旅行で乗り通したあと、青森から連絡線で函館を目指した思い出を話すと、管理人さんからは食料の積み出し・積み込みを行っていた駅や、食堂車勤務の職員と乗務員との関係性、「白鳥」によって加賀地域が関西人と東北人の交流の地になっていた昔話など、鉄博でも聞けそうにない貴重な話を沢山聞かせていただきました。