草津温泉~志賀高原の池巡り~小布施の街歩き

 

 

7月22日~7月24日、草津温泉と志賀高原に行ってきました。初めての旅です。

 

 

 草津温泉

 

草津温泉、湯畑です。

 

 

眺庭庵益成屋のざるそば。美味しかったです。

 

西の河原公園

 

 

西の河原露天風呂に入りました。

緑に囲まれ、広く、温度もちょうどよく気持ちよいです。

 

熱乃湯の湯もみショー。700円で入場券を買って入ります。

 

煮川乃湯(無料)19の共同浴場のひとつ。私だけでした。熱かったです。

 

今日の宿。ひのき亭牧水。バス停の近く。

部屋も食事もお風呂も良かったです。3つの貸切風呂が最高です。

 

夜の湯畑。

 

 

 2日目、横手山~志賀高原

 

横手山スカイレーターの近くで撮影。曇っていますが笠ヶ岳が見えています。ニッコウキスゲが待っていてくれました。

 

横手山スカイレーター。一度乗ってみたかったのです。スムーズに運んでくれます。

 

リフトに乗り継いで、横手山山頂に到着。

曇っていますが、この景色でも十分満足。

 

 

乗り場でもらった100円券を使い、クランペットカフェでクランペットを注文。美味しいです。

 

のぞきバス停前のカフェで、13:58発のバスを待ちます。

渋峠から志賀高原方面へ向かう長電白根火山線バスは本数が少ないです。

YDS01.pdf (nagadenbus.co.jp)

 

 

蓮池ひろばバス停に向かう途中、窓から木戸池が見えました。

14:22蓮池ひろばバス停に着きました。

蓮池。昼過ぎても蓮がいっぱい咲いている。

 

今日の宿。ホテル白樺荘志賀高原。

受付の方に、ゴンドラリフトや散策コースについて情報をいただきました。

 

散策に出ます。蓮池。コオニユリのお出迎え

 

 

白い馬がいました。

 

丸池

 

琵琶池

 

宿に戻り夕食。どの品も美味でした。牛しゃぶもついています。

 



3日目、志賀高原~小布施

 

朝の蓮池

 

 

昨日と同じコースを歩きます。道路沿いに歩き丸池まで行きました。

 

ノアザミが色鮮やかです。

 

静かな琵琶池

 

志賀高原では色々な花が見られました。

ホタルノフクロ                  

キバナノヤマオダマキ

コバギボウシ

ハクサンフウロ

 

宿に戻り、朝食

 

東館山ゴンドラリフト。3本乗り継いで山頂に向かいます。

 

山頂、晴れました!雲の上に後立山連峰が見えています。

 

横手山。きのうリフトで登った山です。

 

ニッコウキスゲ、終盤に入りましたが、いっぱい咲いている。

 

 

ヒオウギアヤメ

 

ヤナギランの群生

 

雲が出てきました。向こうに見えるのは岩菅山

 

終点、湯田中温泉バス停で長野電鉄に乗り換え小布施駅に向かいます。

湯田中駅発12:31

100円プラスで特急に乗れます。特急湯けむり号は座席が立派です。

かつて小田急ロマンスカーとして活躍した10000形「HiSE」を長野電鉄が無償で譲り受け「特急ゆけむり」として運用しているそうです。

 

小布施着、12:53

 

栗の木テラスでモンブランを注文。桜井甘精堂のカフェです。味はもちろん内装も素晴らしい。

 

桜井甘精堂。ここで栗和菓子を買いました。

 

高井鴻山記念館の庭。葛飾北斎を支援した江戸時代の豪商高井家11代目当主で画家です。

ネットで調べたところ、幕末から明治にかけて生きた人で画才はあるが商才はなく高井家を破産させてしまったそうです。

妖怪画ばかり描いていて水木しげるさんみたいです。素晴らしく面白い絵で見あきないです。

 

栗の小径

高井鴻山記念館、北斎館のパンフレット

 

町営のレンタサイクルを400円で借り、松岩院に向かいました。

松岩院は曹洞宗の寺で、北斎の最晩年の肉筆画が見られます。

ご住職の8分間のお話が面白かったです。

私は30分歩くのが嫌でレンタサイクルを使ったというのに、

なんと、北斎は86歳の時に江戸から小布施まで歩いてきたそうです。凄い!

そして、この地で絢爛豪華な天井画を描いたのです。下で書いて上に貼り付けたそうです。

現在まで上塗りされることなく当時の極彩色を失わないのは、使われた顔料が長崎から取り寄せた大変高価なものだったからだそうです。そのお金を出したのが高井鴻山です。北斎80代、鴻山30代の幸せな出会いと交流です。

 

 

写真は撮れないので、パンフレットです。極彩色の見事な天井画。

一度も上塗りしていないとの説明にびっくりしました。

「八方睨み大鳳凰図」。完成は嘉永元年(1848)、北斎は89歳の時の作品。

 

 

福島正則のお墓もありました。ここにあることにびっくり。広島県に亀居城を築城した殿様です。

私は小学生のときは広島県にいたので福島正則にはなじみがあります。

小学校の校歌に、亀居城が入っていたのです。(♪歴史はふるし~亀居城~♪)

なので、なぜ、ここに正則公のお墓があるのかと疑問がわきました。

ご住職のお話で謎がとけました。

福島正則は関ケ原で東軍につき、褒賞として安芸の国をもらえたのですが、元は豊臣秀吉の重臣であり外様大名だったため、間もなく減転封されて長野県(信濃国高井藩)に移されたそうです。知らなかったです。

ネットで調べたら亀居城は転封後は壊されたそうです。(すぐに壊された城が校歌に入っていたなんて・・・覚えにくい歌詞だったな~)

その後、正則公がどうなったかWikiを引用すると・・・

「転封後は新田開発を奨励した。新田開発を許された久保田家の子孫である6代目久保田重右衛門は、小林一茶の門人の一人で一茶の経済的支援者となった。」時代を経て、話は小林一茶へとつながっています。

北斎も一茶も、晩年は、この地で支援者に恵まれたのですね。

 

ということで、お寺には小林一茶の句碑もありました。

蛙合戦の池「やせ蛙 負けるな一茶ここにあり」

一茶が54歳の時に産まれた病弱な初児、仙太郎を思って、ここで作った俳句。

息子は生まれて1歳に満たずに亡くってしまったそうです。悲しいです。

 

 

小布施は4時間の滞在で、駆け足での美術館、御屋敷、寺巡りでしたが、感慨深い滞在となりました。

駅から飯綱山が見えます。小布施駅発17:10

 

17:34、長野電手鉄「特急スノーモンキー」長野着。

17:56発、新幹線「かがやき」に乗り帰路につきました。

群馬と長野の旅、楽しかった~。