パニック障害 22年目突入❕ -149ページ目

パニック障害 22年目突入❕

パニック障害と闘って21年

産まれた時からいろんな病気で手術、他にもいろんな病気と格闘中
パニック障害で結婚・妊娠・出産・子育て…
落ち込む時もあるけれど、挑戦・前進あるのみ
時には休息・後退もしながら日々過ごしています




施設にお世話になって8年

家から施設まで車で約40分車


1人で運転して行くには少し遠い
しかも途中、田舎道を運転しなきゃならないから
不安なので、1人で行くのは無理

コロナ禍で面会が出来ない期間もあったりして
なかなか会いに行けず

妹が定期的に面会に行って
時にはテレビ電話で繋いでもらって母の顔を見ていた



まだ、ガラス越しの面会

しかも、予約が必要で1回15分

直接会えないなんて辛いから
今まで面会に行くのを避けていた自分がいる



施設にお世話になるにはまだまだ若い母

私が10代の時に難病になり
徐々に進行

20代で母の介護をし
子どもが産まれてからは
ダブルケア

我が子の小さな紙オムツを替え
母の大きな紙オムツを替える

ベビーカーと車椅子を同時に押すこともあった
(危険なので真似はしないで下さい)

コロナ前は
2週間に1度は面会に行き
母と買い物や外食をしていた


妹から
『4月1日に面会の予約をした』
と連絡があったので
意を決して一緒に行く事にした


コロナ禍で余計に認知症が進んでしまった母

笑顔は見れたけど
娘と認識してくれたかは分からない

コロナで何が1番嫌だったかというと
母に会えない事だった

コロナ前の姿とは変わってしまった母



桜の大好きな母と
何度も花見に行った

施設の近くの桜
車椅子を押して歩いたあの時が懐かしい

コロナさえなければ
認知症の進行も身体の状態悪化も
少しは防げたはず


母はよく笑う人だった
強くて優しい人

自分の事より人の事を優先する人

父の事が大好きだった母

娘2人の事より父の事が優先だった

1人で家の事を背負っていた

頑張り屋さんで弱音を吐かず
舅姑に尽くした母

私には到底真似が出来ない

母の事になると
まだまだ話し足りない

早く直接会える日がくるといいな


これからは出来るだけ会いに行こう