長くなってしまいましたが、最後の部分を書きますね。
ようやく、夕紀の疑念が晴れ、希望の光が見えます。
後編のあらすじ(ネタバレ)02からの続きです。
病院に出勤して来た望に迫る七尾だったが、「彼は私の恋人でも何でもありません」と望は七尾を拒否し、「患者さんを救うためにみんな必死なんです。私も手伝わないと」と言うが、「だからこそお願いしています」という七尾。
「やめてくださいっ、もう。彼は犯罪のために、私に近づいただけ。亡くなった彼女のことを忘れられずに、今でも愛しているんです」
「でも、あなたは彼を愛しているんでしょう。だったら、彼を助けてください。あなたにしかできないんです」
「嫌です。彼のことなんて愛していませんっ」
悲鳴にも近い望の叫びが響いた。
そのころ、ホテルを逃げ出した直井はカフェにいた。
店内も帝都大学病院の爆発騒ぎでざわついている。携帯電話を握りしめ、留守番電話のメッセージを再生すると、望の声が流れ出た。
---譲治くん、望です。警察の人から聞きました。そんなこと、信じたくないけど、もし、本当なら…---
最後まで聞かず、切ってしまう直井。
島原のオペは暗闇の中で続けられ、人工心肺から再び、島原の心臓に血を送り動かすときがやって来ていた。
島原のオペを心配そうに見守り続けていたのは、夕紀の母、百合恵(高島礼子)だった。
ちょうど、通りかかった七尾と会釈する百合恵。「七尾さん、犯人は?」「…。オペは?」「何とか続けています。どんなことをしてもやり遂げるはずです。大事なオペなんです。早く犯人を…」
直井から、望の携帯がコールされる。
出たのは七尾だ。
「望さんの携帯を預かっている警視庁の七尾だ。今、周りにはこの電話のことをだれも聞いてはいない。うそはついていないから信用してくれ」と、直井を説得しながら、広い病院内を駆け出す七尾。停電でエレベーターが使えず、階段を必死で駆け上る。
「手術はどうなった?」と聞く直井。
「真っ暗な中で続いている」という七尾の返事に腹立たしさを見せる直井。
人の命を奪う凶器にもなる車の欠陥を「売り上げだけのために放置した」責任のある島原の命を奪うことを口にする直井を走りながら説得する七尾。
「君の目的は十分に達せられたはず。命を預かっているというのは、医師も会社も同じ。今回、自分の命がねらわれた意味、そのことに気付くんじゃないかな」と、穏やかに説得しながら、やっとのことで、望のいる病棟までたどり着き、「真瀬さんっ」と叫んで、携帯を手渡す、七尾。
望もおだやかに電話に出た。
「譲治くん、あたし…」やさしく呼びかける望の声に譲治の声もやさしい。
「望、ごめんな」
「いいよ。私なんかに謝らなくていい。…みんなを助けてあげて。だって、私はあなたといて幸せだったもん。夢みたいに幸せだったもん。だから、お願い…。こんな恐ろしいことは止めて。私はあなたのことを信じてる。譲治くんはやさしい人だから。こんなことしちゃダメだよ。…ねえ、譲治くん、返事して…」
電話は切れ、全速力で走り続けて電話を見守っていた七尾はへたり込み、望も力なく座り込んだ。
島原の心臓は全く動く気配を見せなかった。
機械が作動していないので、血液がうまく温められず、体温が低すぎるのだ。
必死で心臓を自分の手で温めようとする西園に、「あきらめましょう」という助手だったが、「あきらめるなっ。何も終わっちゃいない」と叫ぶ。
ひとりの人間の心の叫びだった。
夕紀ははじめて西園の心の声を聞いた気がして、西園の手をこすり、自分の手で西園の手を温めようとする。
「心臓を停めたのは私だ。だから、私が動かす」強く宣言する西園の顔にあきらめなど微塵もなかった。
---なぜ、あんなことを思ったんだろう? この人が父を殺したなんて。
医師は無力な存在だ。神にはなれない。
人の命をコントロールすることなどできない。
能力のすべてをぶつけることだけだ。
それが…ひとりの人間の使命。
奇跡のように、ぴくりともしなかった心臓が再び動き始める。
「先生っ」「先生」
スタッフの声が興奮で満ちた。
ゆっくりと頷く西園。「氷室くん、止血剤…」
と、そのとき、灯りがついた。
「ついたーっ」湧き上がる声。
コンセントを戻し、機器をチェックするスタッフたち。
「先生、体温31.9度です」「電気、戻りました」
オペを見守り続けた百合恵も涙が止まらない。
ほかの患者たちも電源が復旧して、スタッフたちの安堵の色が広がる。
望の肩をやさしく叩き励ます菅沼の姿があった。
そのとき、直井はひとり夕日を見つめていた。
「春菜、ごめんな。ここまでしかできなかった、ここまでしか」
望の説得は直井に届いていたのだ。
「お疲れさまでした」と、にこやかに笠木事務長に送られながら、「ああ~あ。犯人、取り逃がしちゃったなあ」とぼやく七尾。
望ともあいさつを交わしていると、望の笑顔の先に、譲治の姿があった。
ちょうど警備がやって来たのを止めて、「ちょっとだけならいいですよ」と、望に譲治のもとに向かわせる七尾。
望は譲治の胸に飛び込み、泣きながら軽くぶつが、譲治はゆっくりと抱きしめた。
オペが終わり、夕紀が西園に話しかけようとすると、胸を押さえて椅子に座り込む西園。心臓病の患者を担当しながら、西園自身も心臓に病気を持っているのだ。
「これくらいでへばるとはな、年かな」苦笑いする西園。
「そんなことないです。すばらしいオペでした。感動しました」
「君にとって重要な意味を持つ心臓病の患者さんだ。だからこそ、君に見せたかった。そして、やるからには二度と失敗したくなかった。君が僕を疑っていたことはわかっていたけれど、言葉では僕のことを許してくれないと思ったんだ。君のお父さんが診察室に見えたときは、本当に驚いた。これだけは信じて欲しい。お父さんを恨んでいるつもりはなかった。しかし、私は手術を降りようと思ったんだ」
それを聞いた望の父、健介(永島敏行)は「あなたの手で手術して欲しい。私も曲がりなりにも警察官として人を見る目はあるつもり。あなたは正直な人だ。医師として使命を全うする人と確信しました。お願いしていいね?」と傍らの百合恵に言うと、「はい」と笑顔で答える百合恵の姿があった。
「うれしかった。ただ任せると言ってくれたことが。…しかし、手術はうまくいかなかった。全力を尽くしたが、力及ばなかった」
---いい先生に手術してもらえるから安心しているんだ
そう言った健介はすべてを知っていて、西園に託したことをはじめて知る夕紀は泣きながら、西園に頭を下げた。
「先生…すみませんでした。あたし、えらそうなことばかり言って。本当のことも…医者がどういうものかも、父のことも…それから、あなたと母の気持ちも何もわかってなくて…」
「お母さん、いつも言っていた。夕紀が一人前になるまでは私は夕紀の母であり、夫の妻だって。随分、長く待たされたんだよ」
「母がですか?」と驚く夕紀のもとに、百合恵がやって来る。
「驚いたな。まさか君がオペを見に来るなんて」と苦笑する西園。
「一緒にいたかったの。あなたと夕紀の大切なオペだから」
再び、胸を押さえ、苦痛に顔をゆがめる西園。
「動かないでください」と毅然として言う夕紀は、走り出す。
---私が救うから。2人目の父親は絶対に死なせない。
自分の使命をしっかりと感じ取った夕紀の顔にはもう迷いがなかった。
(fin)