空に旅立った娘にまた会える日まで

空に旅立った娘にまた会える日まで

2022年7月に娘が21歳で自死しました。空に旅立った娘に会える日まで、残された家族とともに過ごす日々についてのブログです。

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金曜日、
毎週楽しみにしていたフリーレンの
2ndシーズンが、
終わってしまいました。

1月からもう3ヶ月経っていたことにも
驚きました。
怒涛の3ヶ月。
家でも職場でも
本当に色んな事があった3ヶ月でした。

注意ネタバレになりますが、
フリーレンの最後の曲が
いつもと違うmilletの曲
「Trace」

私はリアルタイムでは見れなかったので、
見る前に、主人が教えてくれました🙄


金曜日の夜、
疲れてまた長女のベッドで
爆睡してしまった夜中、
「ママ!」と呼ぶ声が聞こえて
目が覚めて返事をしたけれど、
次女は隣の部屋で寝ていて…

疲れて眠ってしまったのを
起こしてくれたのか、、
それとも、何か伝えたいことがあったのか。

どちらにせよ、
milletの曲の冒頭の歌詞が
タイムリーすぎて。

葬送のフリーレン
エンディング
Trace

夜の隙間にあなたがいた
名前を呼んだ声がした
思い出せる何度だって
You were right here
Right here with me

そう心臓から指先まで
あなたに触れたい
守りたい隣にいたい

また会う日までって行くあてもないけど
その足跡をまた、たどっていた

桜桜桜


Trace = 「足跡、痕跡」

娘はたくさんこの世にいた跡を
残してくれた。
たくさんの本、
大学で学んだ文学の論文
ツイステの可愛いキャラクター
たくさんの写真
そして、私に話してくれた自分の考え
一緒に見た景色
そして、家族の1人ゆきちゃん。

とても優しかった娘なので、
先週手術をしたゆきちゃんが
心配で見に来てくれたのかもな…。

ピンク薔薇ピンク薔薇ピンク薔薇

ここ数ヶ月、私は股関節が痛くて、
月一回かろうじて行っていたヨガも
しばらくお休みしてる間に
なぜか足が開かなくなって
ストレッチやってなかったから
硬くなったのなと思って
放ってたらどんどん酷くなり…

職場の人が心配してくれて
病院行ったほうがいいと言ってくれたので、
ようやく土曜日、整形外科に行ってきました。
先天性で骨の形成が悪いらしく
無理に動かしたせいで、損傷していると。

リハビリが必要らしく…
またあのときのリハビリの先生へ
通うことになりました。

動かし方を覚えるまで
数回行くだけなので
そんな大層なことはないですが、、
受付の方も覚えてくれていて、
直後に娘のことを話したことで、
広まっていないか
心配もありますが、優しい方ばかりなので
大丈夫と思いたいです。

桜桜桜

そして、日曜日の朝
「夜明けのすべて」を観ました。

もうずっと前に、
オススメして頂いていたのですが、

娘がいなくなった日、
私は呑気にアマプラで邦画を観ていたので
そのときのことがフラッシュバックするのか、
なかなか観ることができずにいました。

色々落ち着いて
いっぱい寝られた休みの日の朝。
まだみんな起きてくる前に。

これも注意ネタバレになるけれど、、、

PMSの症状で日常生活や仕事に
苦しむ女の子と、
パニック障害を発症してしまった男の子。

この2人が恋愛とはまた違う関係で助け合い
居場所を見つけていく。
2人を見守る周りの人たちにも
観ていて救われた気持ちになりました。

会社の上司、先輩が、
兄弟を亡くした自死遺族で
繋がっているところも、
今の私にはすっと心に入って来てくれました。 

亡くなった家族が遺していったものについても、丁寧に描かれていました。


私も色々職場のことで悩んでいて、
このタイミングでこの映画を観られたのも、
娘の采配かなって思っています。

日頃、娘と同じ年頃の子たちには、
言葉を選んで接するようにしていますが、
私もこんなふうに、誰かの力になれたら…


どこでもあなたに見えるように
優しい火 ずっと絶やさずに守るよ
(Trace 歌詞より)



私には難しいけれど、娘の優しさを
守りながら生きていきたい

久しぶりに、思ったこと長々と書きました。
お読み頂いてありがとうございました。














昨日は、私の祖母の命日でした。

伯父さんとも疎遠になってるから
分からないけど
たぶん13回忌。

前日までは覚えていたのに、
娘にお花を買うときに忘れてしまっていて、
お供えのお花を半分こ。
母は忘れてしまっていました。

娘は、旅立つ前に
ひいば(私の祖母)とチェリーのところへ
行きたいと言ったことがありました。

娘が幼い頃、遊び相手はおばあちゃんでした。
母がまだ若く50代だったので
孫と遊ぶ人でもないし、
おばあちゃんがいつも相手してくれてました。

母が自分の母のことがゆるせなくて、
どうしても面倒見るのが無理になった
時期があって
私がキーパーソンになって約10年くらい
子育てと並行して老人ホームや病院を
行き来していました。
仕事をしていなかったので、
子供が幼稚園や学校行っている間に
おばあちゃんに会いに行くことは
今思えば…大変だったけれど、
そこまで嫌じゃなかったのかも。

デイサービスでは、
長女の写真を見せたり、
名前入りの置物や
うちわを作ってきてくれたり、
長女は自慢のひ孫で、アイドルみたいに
してくれていました指差し飛び出すハート

痴呆が入りケアハウスから、
ホームの空きがなく、隣の隣の市へ
移ることになったとき
こんな遠くに連れてきてごめんねと言うと、
あんたの連れて行ってくれるところならどこでも大丈夫と思ってるよ
と言われ、運転しながら涙をこらえたこと、
今でも忘れられません。

大切な子育ての期間、
同時に介護をしなければならなかった。

伯父さんも居たのに、
私がほぼメインで、
ケアマネさんやヘルパーさんたちと
やり取りしていました。
おかげで、ケアマネさんとは
友達のようになり、娘のことがあった後、
母のことで連絡を取ることができて、
家にも来てもらいました。

ずっと、そのことを家族や親戚たちに
恨みのように思っていましたが、
3年過ぎて、
だんだんあの時期があったから
今の私、
子どもたちの成長があるんじゃないか、
私の背中を見て、子どもたちきっと
悪いようには思っていなかったはず。

そして、長女がこうなったのは、
それは関係なくて、

向こうにはおばあちゃんもいるから、、と
思えるようになりました。


私は、2人は一緒にいてくれてると
思っています。

おばあちゃん、
〇〇ちゃんを守ってね。
ワンちゃん、猫ちゃんたちも一緒かな。
私がいつかそっちに行くまで、
どうかどうか、
みんなのこと、よろしくお願いします。

複雑な生い立ちで、
幼い頃に両親が渡米していまい、
最後まで寂しい気持ちを抱えていた
私のおばあちゃん。
色々めちゃくちゃなこともあったけど、
最後まで頑張って生きていた。
車椅子に乗っていても、
私の服を直してくれるような人だった。
今は寂しくないといいな。

フリーレンのエンディング。
millet The Story of Us


この曲を聴くと、
娘からのエールのように聴こえます。

フリーレンのように
一緒の旅を続けよう。

春、気持ちが落ち込み気味だけれど、
今日も頑張ってきます。









去年の年末から、うちの家では
非常事態が続いていました。
その色々な出来事が起こる前の12月の初め

行けるのか?と思いながらも

私の完全な思いつきで、
半ばヤケクソで申し込んで、
運よく当たったMISIAのライブに
行ってきました。

新幹線や飛行機はまだ怖くて乗れないし
地元での公演だけど、、

人生初の1人ライブ参戦です。



私が元気を貰えるのはやっぱり音楽や絵画。


MISIAの星空のライブでは
年末に行った藤城清治さんの影絵が、
ロゴビジュアルになっていて、
それも楽しみの1つでした。


キャンドルがモチーフになったペンライトも、
可愛かったです♡

あなたが笑ってくれるまで、私は何年だって歌い続ける。
来年も再来年も、100年だって…


このブログでちゃんと出逢った、
「アイノカタチ」
聴けて本当に嬉しかった…


久しぶりに涙もポロリ。


行った日は、たまたまですが
CDデビュー記念日花束
私が20歳くらいのときに、
包み込むように…が入った
アルバムが発売されて、
当初働いてた職場の先輩に
CD借りたりなんかして、わちゃわちゃしてた
楽しかったこととか思い出したら、
長女も、コロナ禍で反対せず
バイトなりして働いて
人との交流できていれば、
今も居てくれたんじゃないか…なんて
思ったり…
そんな単純なことではないのに、
すぐ都合よくタラレバに結びつけてしまう。



あんなすごい声量で、
ボリュームのある豪華な衣装を着ているのに、
最後の、MISIAの深々としてくれた
片膝をついた丁寧なお辞儀。
小さく小さく丸くなって
まるで妖精みたいだなと思いました。

たくさん愛を貰えた気がします。



買ってきたポーチは娘コーナーへ。

家族みんな不安定だし
自分も不安定で、
誰が足を引っ張ってるのかも分からないけど
なんとか今年も
頑張れそうな気がしてきました。

来年も聴きに行けたらいいな。