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第8話「私だけの言葉」



昔々の、その昔。
とある一国は自動人形(オートマタ)の製造・売買によって繁栄したという。

「ふぅ…完成したぞ…」

国の一角、深い深い森の中の小さな民家。
少女の体についた汚れをタオルで念入りに拭き取りドライヤーで濡れた髪を乾かした老人は、一息ついてから椅子に腰掛けた。
目の前で瞳を閉じて動かない少女は人間にしか見えないが、精巧に造られた人形にすぎない。それでも老人は、孫娘の成長した姿を見たかのように満足そうな笑みを浮かべていた。

「さ、目覚めるんだ」

一声かけた途端、少女の身体はガチャガチャと機械音を立てて動き出す。
そして…、


~~~


「惨敗だ、俺たちの」

慶太から珍しく重苦しい一言が飛んだ。

白き概念神の強襲から約24時間が経過し、あの時違う場所でなにが起きたかを纏めれば、合流した狩也は傷だらけで慶太も怪我を負った、更に遊矢は意識が戻らない。
まさしく惨敗。リコードイミテーションを前に成す術はなく、結果的に判明したのは敵の頭目とも言えるヴァイスという仮面の男の素顔が托都だったという残酷すぎる事実だった。

「…俺たち…助けるはずのヒカルさんに、逆に助けられた」
「私たちがもっと強かったら…」
「気にするな、ヴァイスという男が規格外なだけ。お前たちにはなんの落ち度もない」

いまだに落ち込んでいる慶太とアミに励ましの言葉をかけるリンの表情は優しげな言葉とは違いどこか険しい。
それはヴァイスが使用したカードに理由があった。

未知の召喚法"ペンデュラム召喚"。

なお、問題があるのは召喚法ではない。
ヴァイスはそれを事象"ARC-V"から手にした、と言った。そんな事象は聞いたことがない。
つまりヴァイスはこの数多の平行世界が集束された一つの宇宙ではない、全く異なる宇宙に存在する平行世界に干渉することができることが予想される。
もしもそれが可能ならヴァイスは無限に未知の力を行使できるはず、そうなればどんな対抗策を用意しようが太刀打ちできない。

憶測ではあるが可能性は0でもなく、今までの経験上疑ってかかるべきだろう。
デュエルモンスターズが存在する平行世界にならば無限に干渉することもできるリンですら理解に辿り着けないほどだ、流石に手の施しようがない。

「そう、ヴァイスという奴に関しては、分かることはあるんだが…」
「えっ?それって托都さんとなにか関係が…?」
「なくはない、かな」

"平行世界に干渉する力"には分からないことが多いとしても、その能力を持つ人物なら特定は難しくない。
しかも名前や外面的特徴が判明している以上、あらゆる歴史を紐解けばいずれは結果にブチ当たる。

リンの言う"ヴァイス"の特徴は、確かに本人が語ったものやその僅かながら托都と不一致の部分を鑑みて間違いなかった。
"復讐"または"憎悪"といった感情によって魂に刻まれた概念そのものの冬眠状態(スリープ)が解除され、本来の人格を食い潰して成り代わる。その際、瞳は真っ白に染まる。

「数十年前に、クイーンエスペランザ号と呼ばれた大型客船が一夜に沈没する事件が起きた。原因は火災とされ、主犯と思われる男が逮捕され終身刑になる。その主犯は、最後に自らと違う名を名乗った」
「それがヴァイス…」
「あぁ。これがヴァイスに関する一番現代に近い事件だ。他にも遡ればいくらでもあるだろうよ」

"クイーンエスペランザ号沈没事件"
XXXX年冬に起きた事件だ。
資産家、社長、とにかく古くから金持ちの一族なら巻き込まれなかった者はいないとまで言われたこの事件の原因は、クイーンエスペランザ号を設計した男が引き起こした火災だった。
最終的な結末は男は終身刑となりこの世を去るというあまりに当然すぎるものだ。
しかし、この男にはある特徴があった。

それこそが、"白い瞳"。

古くから男を知る友人は男の瞳はターコイズブルーだったと後に語った。
そして、死ぬ間際名乗った名は「ヴァイス」。

ヴァイス自身が言った「転生の器」から連想するに、やはりヴァイスは何度も何度も概念として転生を繰り返し着実に此度のような計画を実行に移すべく動いていたのではないだろうか。

「奴は概念そのもの…、平行世界に干渉するのもそれが理由と見るべきか。対策の練りようがないのが苦しいところだ」
「…えっと、結局托都さんとの関係って…?」
「憶測は混じるが、覚醒のトリガーが全員同じなんだ。詳しく話せば長くなるからこの資料読め」
「あ、そ、そうッスか…」

長話にともないリンのご機嫌もだんだん斜めに低下して、テーブル上の資料がぐしゃりとしわくちゃにされてしまうほどにはイライラしているようだ。
だがいい加減に終わらせるわけにもいかない、話題を繋げようとアミが切り出した。

「托都さん自身は、どうなったんですか?」
「概念神の顕現は命を燃やし尽くしてしまうほど魂の消耗が激しい。まぁそれは常人に限る話、神の血を分ける奴なら大した影響はない」
「じゃあ無事なんですか!?」
「それとこれは別の話。前提として連中は魂食いだ、それに一つの個体に二つの魂は共存できない」

冬眠状態の場合、"無いもの"であるため概念神は感知できない。故に二つではなく一つだと肉体に認識されてしまう。

「それこそ遊城十代とユベルのように魂を融合したか、武藤遊戯と名も無きファラオのように別の場所に保管したならまた話が変わってくるけど」

九十九遊馬とアストラルの場合は元が一つの魂だからこそ共存し、実際二人が分かれていた間はゼアルの状態でなければ個体は二人分存在していた。
完全体のエクスゴッドアーマードとなった遊矢とヒカルも、遊矢の肉体にヒカルの精神が共存しただけで、魂や肉体を保管したのは装甲のコアの部分だ。
最近ならルクシアもそうだ。彼女は人工生命(ホムンクルス)故に魂は宿らないが、未完の聖杯を宿した本物のルクシアの魂が彼女の想いに呼応し融合した、ということであった。
結局のところ、そういった例外さえなければ托都は必然的に"死んだ扱い"になってしまう。

「未完の聖杯があったならな…」
「魂の器だから、無事ってことですか…」
「そ、まぁ無い物ねだりしても仕方がないか」

救いのなさに天を仰ぐ。
一体彼がなにをしたかと言うのか、どちらかと言えば不運の渦中を歩んできた側に神は味方しないのか。
よりにもよって彼自身も半神であることは皮肉としか言いようがない。

「さて、話は変わるが遊矢についてだ」
「まさかなにか分かったんですか!?」
「あぁ…」

もうひとつ問題がある。
それは遊矢のことだ。

ヴァイスの一撃を受け結界内に閉じ込められた遊矢は、衰弱し結界が破れた後に意識を失ってしまった。
一日が経とうとしているが全く目が覚める兆しがない。…それも問題だが無理矢理にでも起こす方法はある。
なによりも事態を狂わせたのは左腕に刻まれた刻印、托都が宿したものと同一と思われるものが遊矢に宿ってしまったということだ。

「まず、あれを引き剥がす手段がなかった」
「じゃあ托都さんみたいに左腕に触るだけで痛い思いをしなくちゃならないんですか…?」
「そうだ」

触れただけで全身に伴われる苦痛。常に托都が向き合ってきた己が"人ではない"という証。
だが遊矢は人間で、そもそもバリアンですらない。絶対にあり得ないことが起きてしまっている。

「例外によって引き起こされるロジックエラー…、もし現実に起きれば遊矢は…」
「遊矢は…?遊矢は、なんなんですか…!?」

詰め寄るアミに対し口を閉ざした。
これから伝えるべき事柄のあまりの絶望感に、リンすらも人目を憚らずに嘆いているのだ。

「リンさん…」
「…ヒカルのことは諦めろ」
「えっ?」

1分ほどの沈黙のあと、開かれた口が述べた言葉はそれが始まりだった。

「選択しなきゃならない」

「選択ってなんですか!なんで諦めろなんて!!」

「遊矢を殺すして世界を守るか、遊矢を守って世界を殺すか」

紅玉の眼が二人を見下ろす。
言葉の意味を理解できずに混乱した二人の頭を醒まさせるように。

「もし、遊矢がヴァイスと対峙することになれば遊矢は━━━、」

「…そんな…」

二人には、選択肢を選ぶことができなかった。


~~~


熱を帯びた風が頬を掠める。
炎天下の空の下、高台から街を見つめる姿は痛々しく苦しげだった。

「……」

また勝てなかった。
フリューゲルアーツを握り締め唇を噛む。

瞼を閉じればまた蘇る、突き刺す刀剣のごとき金色の瞳が仇なす者を射殺さんとこちらを睨む姿が。
"そんな目で見るな!"
大声で叫びそうになる衝動を抑えて鉄柵に拳を叩きつけた。

「なにが言いたいんだ、アイツは…!」

デュエルの際に垣間見たあの男個人の感情に、狩也はまず困惑した。
たかが敵。突然現れて親友の大切な仲間を誘拐した敵が、わざわざ終わったことに首を突っ込んできて、あれほどの剣幕で罵詈雑言を放つとは思っているはずもなく。
相手のペースに呑まれた、というのは逃げだろう。
着いたはずの決着がまだ着いていない、それだけのことだ。

「…なんだってんだよ」

先のデュエルで負った傷に大事はなかったが、フリューゲルアーツの情報処理の後遺症はしばらく残ると言われてしまった。
今すぐにでも昨日の男ともう一度戦おうにも手段がない以前にデュエリストとしてフィールドに立つことも儘ならない。
なんて無力なのだろう。力を手に入れ漸く掴んだ勝利への希望は一瞬にして灰となって、風に乗って飛んで行く。
まるでそれは、狩也と遊矢の関係にも思えた。

「狩也!」

「…?」

後ろから走ってきたのは数日前と同じ人物。
ただ違うのは、どこか心配そうにしているところか。
彼に心配される筋合いはなかったはずが何年か友人やっていたらそんな関係にもなっていた、なんて狩也は思い出してみる。

「大丈夫か?なんか左目めっちゃ痛そうだぜ、それ…」
「別に痛くねえけど…ま、不便だよ」
「そっか」

包帯に分厚く覆われた片目を、右から金の長い髪を避けてチラチラ覗き込んでくる。
いつもなら邪魔だと言って払い除ける手を退ける気分にもならない。狩也はとりあえず慶太の気がすむまで放置することにした。

━━いつだったか、遊矢も同じことをしていた。

「昔の遊矢ソックリだぜ、今のお前って」
「へ?」
「ずっと前の話」

まだ彼に出会ったばかりの頃。
ちょうど今くらいの夏が終わり秋が来る、そろそろ枯れ葉が落ち始める季節に二人は出会った。


━━十数年前━━


なんて大きな家なんだろう。
目の前に建っていた建物は、まるでテレビで見る観光名所のようなものだった。

小さな小さな自分がもっと小さい存在だと思い込んでしまうほどに存在感を発する住居らしき屋敷は、これから暮らす新居のすぐ近く、いわゆる"ご近所さん"だ。

「さ、ご挨拶に行きましょうね」

そう言ってはにかんだ母親は幼い狩也の手を引いて階段を一段、また一段と上り、最上段に辿り着いた時には重々しく閉じていたはずの門が開いていた。

待っていたのは狩也の両親よりも年嵩のいった夫婦だ。

「どうも、近所に越してきた者です。此方はつまらないものですが…」
「ありがとうございます、わざわざご用意を…」
「たしか、望月のお嬢様でしたか。お隣はご子息ですかな?」
「はい。ほらご挨拶よ狩也」

そっぽ向いている狩也の肩に両手をぽんと乗せ、リラックスさせようと母親はにこりと笑う。
実際、当の狩也は緊張しているわけではなく、ただ目の前の男性の背丈が高すぎて怯えていただけなのだが。

「わー!!」

突然響く声。幼い印象を受けるその声の主は、これまた唐突に吹いた風と共に現れた。

「遊矢!明日の準備はできたの?」
「うん!!」

狩也と同じく、幼き日の風雅遊矢。
屈んで目線の高さを合わせた遊矢の母は頭を撫でながら問いかける。
応えるように元気に頷く中、遊矢はちらりと狩也を見た。

「ねえねえ!きみはだれ?」
「えっ!?…えぇぇ…」

両手をがっちり掴まれ挙動不審な狩也に対し、初めて会った同い年の少年に興味津々の遊矢。
二人の邂逅において、印象と行動はまさに対極だった。

「おれ、遊矢!よろしく!」
「え、っと…」

「こら遊矢、困ってるでしょう」
「あぁいえ…うちの子、人見知りする子なのでお構いなく…」

現在なら初対面相手だろうが容赦のない狩也だが、昔は人見知りが激しく内向的であった。

ここから数日間、奇妙な関係が始まる。

実質的に10年以上の仲ではあるが、この出会いから数日、狩也は遊矢から逃げる日々を送っていた。

「かりやー!!デュエルしよー!!」

「むり!できない!」

あらゆる方面でライバル関係を築いた二人はこの頃から足の速さで競い合えるレベルだったらしい。
そんな二人が園内、または街中を駆け抜けるのだ。
周りの人は微笑ましいなと笑い合い狩也の心中など知る由もなかった。

ところが、そんな毎日は唐突に幕を下ろすこととなる。

ある日の午後。
託児施設の園外活動で市街に出向いた時のことだ。
こんな性格が災いし、中々友達のできない狩也は毎回一人ベンチでデッキを捲るだけの暇潰しをしていた。
……もちろん、毎回遊矢が邪魔していたが。

「……じー」
「っ!わぁぁ!?」

あまりの気配遮断能力に一瞬気付くのが遅れたが、行動がまるでホラー映画。垂れた金の髪を払い除け、遊矢がじーっと狩也のデッキを見つめているのだ。
驚いて辺りにカードをぶちまけて尻餅をついてしまった。

「な、なっなにするんだよ!」
「えっ!?…ご、ごめんなさい」

ついに怒り心頭。
さすがに頭に来た、と遊矢の謝罪には耳を貸さずにカードを拾い上げる。
一体なんのつもりでしつこく構うのか、いい加減に放っておいてくれないか、イライラモヤモヤする中で遊矢に対する怒りだけが溜まっていく。
「次に同じことをされたら無視しよう」
そう心に決めて最後の一枚に手をかけた、その時だった。

「あ…?」
「あのさ、デュエルすき?」
「…きらいじゃない」
「じゃあデュエルしよ!」
「やだ!」
「なんで?」
「…かってもまけても、みんないうんだ」

"おまえはたにんにあわせられないやつ"

"じぶんばっかり"

"まけたがわ、かったがわのきもちになれよ"

一喜一憂するはずの友達は、そんな理由で離れていった。

「どーせおまえも…」
「なんだよそいつら!ひでーやつらだな!」
「は…?」

遊矢の反応は意外なものだった。
こんなにも頭の悪そうなのに、また逆鱗に触れるようなことを言い出しそうなのに、真っ先に彼らを非難したのだ。

「よくわかんないけど、デュエルってたのしくやるもんだろ?なんかー…えーと、うん!なかまはずれはだめだ!」
「は、はぁ…」
「それに、つよいならデュエルしてみたい!」

裏になにかを孕んだ様子もない、純粋な笑顔だった。
幼くとも、その気持ちを知らなくとも、その時に狩也は惹かれたのかもしれない。

"風雅遊矢"の生き方に。

「ね、ねえ?」
「ん?」
「おれ、狩也…よろしく…」
「━━よろしくな!!」

むぎゅっと抱きついた遊矢を足蹴にはできなかった。


━━━━それが9月12日、狩也の誕生日の出来事だったそうだ。


「…懐かしいな」
「俺には一種の惚気話にしか聞こえなかったんだけど。つか、似てる?俺、遊矢似!?」
「うるっせえ」

あの頃の遊矢は、まだズカズカ他人の事情に首を突っ込まなかった。
なにがあっても最終的にはデュエルに結論付ける根っからの"デュエル頭"だったな、と付け加えた。…慶太はデュエル頭ではないが。

「やっぱ昔は仲良かったんだな、二人ともさ」
「昔はなー」
「いつからそんな険悪ムードになっちまったんだ、よ?」

思っていたことを言葉に出した途端、狩也の目付きが変わった。
どうやら地雷だったらしい。

「あれ?俺、地雷踏んだ?」

いつ爆発するかわからない地雷にわなわなと震える慶太の予想は意外にも外れ、狩也はそこから怒ることもなかった。
代わりに先程までやたら饒舌だったのが急に無口になってしまったが。

「わ、悪かった!さすがに今のは言っちゃマズかったよな…」
「気にしてねーし、大したことじゃ…?」

ふと高台から下の公園を見た時、駆けていくツインテールの姿が目に写った。

「アミ、か?」
「あちゃー…リンさんやっちまったなー」
「やっちまったってなんだよ」
「あー、それがさぁ…」


~~~


白亜の城の片隅にある小さな庭園。
ティーカップを片手に咲き誇る色とりどりの花を眺める少女の目は、花を見ているのか別のものを写しているのかはたまたなにも見えていないのか分からない。不思議な色と虚ろな輝きを放っている。

「あー、ヒマ。退屈も退屈だわ…」
「やることがないってだけなら、掃除でもすりゃいいだろ駄メイド」
「あぁん?あたしは今ティータイムなの、埃纏わせてお茶会なんて馬鹿げてる」
「ンだよハッキリしねーヤツ」

少女の正面に腰かけた少年は、甘いスイーツのようなロリータ風のメイド服に身を包む少女とは対照的に、かつての日本人を思わせる和装だ。

奇特な白い城に歪な二人。説明する必要もないが、彼等もイヴやアダムと同じくリコードイミテーションに属する者達だ。

「なんかいい暇潰し…ないかなぁ…」

「退屈を持て余しているのね、ルルン」

「んあ?」

突如現れたイヴに対して倦怠感丸出しの少女━━改めルルン。
彼女に対し、イヴは二つの水晶玉を差し出した。

「ナニコレ?」
「デュエルの弱い貴方に私からの贈り物よ」
「ふーん…」

一見なんの変哲もない水晶。その輝きは太陽によって更に眩しく反射する。

「搦め手で行け、ってコト?」
「そういうことよ」
「なぁるほど…」

両者の妖しい笑みが口許からこぼれ落ちる。
その間に挟まれた少年、コタロウは気分悪さにそそくさと退散しようと━━、

「コタロウ、貴方もよ」

「えっ!?」

「ヴァイス神は相手にしていないとはいえ、ジョーカーを手元に残させるのはハンデにもならない。虫は早めに潰してしまわないと」

「…わぁりましたぁ!いきゃいいんでしょ!」

二つの影が庭園内からスッと消えた。
一人で取り残された女は止まらない笑いを隠そうと顔を覆う。

ヴァイス神は顕れ、未完の聖杯は手に堕ちた。
最大の驚異とも一時は考えられた風雅遊矢すら最早敵ではない。

となれば不穏な分子はあと一つ。

「もう一つの未完の聖杯…次はアナタよ」


~~~


孤鈴アミは駆けた。
街(ハートランド)の、なるべく遊矢から遠く離れた場所に行くために。

━━あれは呪いだ。人の命を喰らう呪い。

━━托都のように生まれ持ったものじゃない。

━━外部からその影響を受ければ肉体は徐々に蝕まれる。

━━もっと単純に表すなら、

"デュエルをするだけで、遊矢には死の危険性がまとわりつく"

デュエルを愛し、一人のデュエリストとして実力を高める遊矢にとってこれほどの苦痛はないだろう。
非情な現実にアミは思わず目を背けた。

きっと遊矢は敵に襲われればデュエルをする。そうでなくともヒカルや托都のために敵陣に乗り込むことだってするはずだ。

となればどうなるか。
最悪の場合、彼らを救えたとしても遊矢は命を落とすだろう。
知り合いに呪いに詳しい者がいるリンの"諦めろ"とは、その結末を回避する唯一の方法だと言って差し支えない。

しかし問題はここからだ。
遅かれ早かれ遊矢は目を覚ます。ヴァイスの狙い通りなら目覚めないはずがないとリンは言っていた。
そうなったら遊矢にそれらを伝えなければならない。
一体彼はどんな反応をするだろうか。
考えるのが恐ろしくなり、アミは病室を出てしまったのだった。

きっと遊矢は絶望してしまう。そんな顔は見たくない。
いつだってヒーロー的存在の遊矢が誰かを守るためであったとしても、自身の破滅に向かう姿を見たくはない。

「嫌だよ…遊矢…」

泣きそうになって足を止めた。
空はそんなこと知ったこっちゃないと言いたげなほどの晴天に恵まれている。

「大丈夫ですか?」

「…レッカ、ちゃん…?」

たまたまそこにいたのか、レッカがハンカチを持ってベンチに座っていた。
とても不安げな表情でアミを見ている。
アミもハッとして溢れそうになった涙を無理矢理拭い、隣に腰かけた。

「大丈夫ですか?」
「なにが…?」
「今のアミには元気がありません!あの性悪女になにかされたなら、私から文句を言いに行きます!なのでなにがあったか教えてもらえませんか?」

捲し立てるレッカに押され気味になり苦笑いを浮かべたがそれも一瞬。すぐにまた落ち込んだ様子に戻ってしまい、目の前の彼女はオロオロし出した。

「あのね…遊矢が…」

アミはレッカにこれまでの話を順番にした。
最初こそ笑顔で耳を傾けていたレッカも、次第に険しい表情へ変化し、話が終わる頃にはリンに対し明確に敵意と殺意をむき出しにしていた。
真っ昼間の公園でここまで嫌な顔をされたら喧嘩でもしているのかと思われそうだが。

「やはりあの人は嫌いです。今すぐカチコミに行きましょう」
「物騒なことしたらダメだよ!?」
「そうかもしれませんが!現実を突きつけるのは覚悟のある者に限りますッ!アミは一般人、わざわざすべてを伝える必要はありません!」

思っていた以上の剣幕で話すレッカは止められそうにもない。
……正直止める気にもなれない。

「遊矢さんが危険な状態なのは私もわかっていました。でも、貴方は…」
「うん…遊矢のことが、好きだよ」
「そう、貴方が遊矢さんに対し好意を抱いてることは明確です。だから伝えませんでした。…なんで、聞いてしまったんですか…」

元はと言えばアミがリンを問い詰めたのが理由だった。
レッカの言い分としては、
「あんな人に聞いたら全部話すに決まっている。辛いことも聞かなきゃならない。分かっていたはずなのに」
ということらしい。
今のアミを見る限り尤もな意見だ。

「遊矢が心配で、どうしても知りたくて、おかしいね…絶対こうなるって自分でも分かってたのにね…」
「アミ…」
「いつでもみんなのヒーローだもの、遊矢はきっとなにを言われてもヴァイスって人を倒しに行っちゃう。…でも」

地面に水滴がぽつりぽつりと滲んで消える。
レッカはなにも言わない、静かな公園で隠していた弱音を邪魔をするものはなかった。

「怖いの…っ!遊矢がどこか遠くに行っちゃうのが嫌なのに、応援することしかできなくて…!頑張れしか言えない自分が嫌いになりそうで…私どうすればいいかわからないの…っ!」

あらゆる敵と対峙した遊矢はいつもアミに対しては笑顔か、本心を隠した悩み事を語り出すかの二択で、まるで思春期の少年そのものの彼が、本当に命懸けのデュエルに身を投じているとはとても思えなかった。
今リアルに感じている死の境界は、生々しく現実に突き刺さったナイフのように冷たかった。

「アミ、貴方は…彼にどうしてほしいのですか?」
「…遊矢に…?」
「死は恐ろしい、それは私も分かります。━━かつて兄を亡くしましたから」

レッカが語る兄は、とても大らかで純粋な人だったことが推察された。
しかし彼は人の手によって殺された、らしい。

「私にはどうしようもありませんでした。ですが、貴方には今ここで選ぶことができる。彼を止めることもできれば見送ることもできます」
「━━遊矢は、きっと行くよ。あの人と戦いに」
「では…貴方には信じることしかできません」
「…うん」
「でも、本心。貴方自身は彼にどうしてほしいのです?」
「もちろん、行ってほしくない」

どう止めても遊矢は無理をこじ開けて立ち向かう。
分かる、でもやめてほしい。
それは伝えられない想いが入り交じった"アミの本心"だ。

「…伝えてください、貴方自身の言葉を」
「私の…?」
「"頑張れ、待っている"ではなく、貴方が想う風雅遊矢への言葉を」

立ち止まるかもしれない。それを励みに奇跡を起こすかもしれない。
風雅遊矢はどんなミラクルも起こしてしまう人だから、アミの言葉はガツンと胸に残るはず、とレッカはそう言った。

「今の涙を、彼にぶつけてみてください」
「…いいの?」
「きっとなんとかします!だから、戻りましょう!」
「レッカちゃん…」

立ち上がって手を伸ばす彼女はなんだか眩しくて、まだ使命感なんてない"あの頃"を思い出した。

レッカの言う通りかもしれない。
遊矢に想いをぶつけるまでは、まだまだ弱音は吐いていられないとアミはレッカが伸ばした手を取った。


「じれったい。ダルい。なんなのあんたら」


公園を包み込むような、甘い少女の香りが鼻腔をくすぐる。

「誰だ!!」

レッカの声色が変わる。
和やかな空気は一変、異質な甘い匂いと不穏が漂う異質な空間へ様変わりした。

「あらやだ、裏切ったアンタにそれ言われちゃたまったもんじゃないわ」

「!貴方は!」
「知ってるの?」
「ええ…。リコードイミテーション内最弱のデュエリスト…ルルン!!」

「イラッ…」

思わぬ方向から飛んだ罵倒に不快感を隠さないルルンは水晶玉をカチカチ鳴らしながら二人と距離を詰めていく。
逆にレッカはアミを背に隠して後方にゆっくり下がる。

敵と遭遇したというのにデュエルがなければ進展すらない、どういうことか。

「流石は最弱です。一向に仕掛けてこないとは、なにを企んでいるのですか?」

「さぁ?自分に聞いてみたらぁ?」

「自分に…?」

どことなく違和感のする空気だなとレッカは感じていたが、ここにきて異変が起きたのはアミの方だ。
咳き込みながら地べたに座り込んでしまったのだ。

「アミ!?」
「っ…なんだか…気分が…」

「イヴが用意したの毒はよく効くでしょ。あたしは"こういう"テの方が得意なの」

「まさか、ヒュドラの毒ですか…!?」

ヒュドラとは、ギリシャ神話においてテュポーンとエキドナの間に産まれた怪物。体内に強力な猛毒を持ち、更には再生能力や不死性まで持ち合わせる大蛇だ。
これが神話だけの話だなんて言えない、何故ならイヴは「レーヴァテイン」を所有していた。

つまり、最弱デュエリストが敵を嵌めるための罠として用意されていないわけがない。

「くっ…!その水晶、結界ですね…」

「よく分かってんじゃない。で、どうするの?」

「もちろん、デュエルですッ!!貴方は最弱、負ける要素はありません!」

自信に満ちた宣言を聞いたルルンは首をかしげて悩むポーズをし始め、数秒後に再び目線を合わせた。

「たしかにそーだけどぉ?お断りぃッ!!」

「なッ!?」

ルルンが投げつけた水晶玉はレッカの足元で砕け、そこから展開したのは鳥籠のような結界。
気付いた時にはもう遅い。完全に閉じ込められ、どこにも出入り口になるような場所はない。
逃げ場はなく、後ろには毒を吸ってしまったアミがいる。塞がれた退路を睨むことしかできないレッカの余裕は失せていく。

「これだけすれば、風雅遊矢は誘き出せるんじゃあないの?ま、誰でも良いけどね」

「あなたの、狙い…は…遊矢、なの…?」

「さぁ?教えてあーげなーい!」

状況は絶体絶命。まさに命懸けの展開。
レッカが"その気になれば"こんなものはブチ壊せる。だが、それをしてしまえば"次がない"。

「(私が、助けを待たなければならない…!?)」

自身の無力さが染みる。
レッカに毒は効かない、だが後ろのアミには凶悪ぶりを発揮している。
檻なんて結界も壊せる、しかしその後に繋がるものが残せない。

どうする、どうする、どうする━━!!

焦りが思考を乗っ取り、本来考えなければならないこと以外を浮かべてしまう。

「誰、か…ッ!!」

━━アミだけでも助けてほしいッ!!

震えた声からその言葉が世界に響くことはなかった。

何故ならば、

「ッいったぁい!!」

「えっ!?」

声を上げる間もなかった。

ルルンは視界外から飛んできたカードに指を切り裂かれ、もう1つの水晶玉を落としてしまった。
砕けた水晶は浄化作用でももたらすかのように毒素の混じったの空気をかき消し、蝕む害は一瞬にして消え失せる。

助かった?ではあのカードは一体?

振り返ると"彼ら"はそこにいた。

「こういう時に出てきちゃうって、俺たち正義のヒーローかな?」
「バカ。そういうこと言う奴はヒーローなんて呼ばねえんだよ」

軽口に容赦なく叩き込まれる突っ込みは、二人の関係を表すような会話の形。

緑と紫の力強い助っ人はまさにヒーローのごときタイミングで現れた。

「さて、やりますかッ!!」
「あぁ、行くぞッ!!」

岸岬狩也━━━━イヴが言ったジョーカー。
彼が相棒に据えたのは彼らの親友、高山慶太。


風と星が散ろうとも、もうひとつ、手と手を重ねた絆が此処にある。








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【あとがき】

今回の一言「主人公なんていなかった」。
遊矢の出番が少なすぎてそろそろ慶太辺りが主人公なんじゃないか疑い始めてきたそこの君はLS本編の鏡編を見るんだ!アッやっぱり見ないで!(黒歴史)

遊矢をメインにしながらも遊矢本人が出てこないという高度なプレイングに絶句。い、一応回想シーンに出てきたから…(必死)
更にはヴァイスすら登場しない始末。貴様本当にラスボスか!!ヴェリタスもトラヴィスも登場しようとする自己主張の激しさ凄かったのに!!さすが元が托都なだけあってホント自己顕示欲が見当たらねえ!!
狩也さんデュエル止められてますよ!!なにデュエルしようとしてるんですか!!!やっぱり遊矢と似た者同士だよねーって痛感させられました、ホントバカしかいないぞぉ…。
回想では遊矢がちゃらんぽらん破天荒ボーイだったことが明かされながらどうでもいい新情報が明かされたり忙しい。狩也は昔からかわいい、きっとかわいいはず。
なんの落ち度もないけどリンは無能である。いつになったらアドルインに頼んだ調査が終わるんですかねぇ…?
レッカちゃんにまで睨まれてるとかやはりリンは無能というか余計なことしかしないというか、厄介なひとなのは間違いないけどね!!

次回!!コタロウの霊圧は別に消えてないよ!!タッグデュエル開幕ッ!!
アミとレッカを襲ったリコードイミテーションの最弱デュエリスト・ルルンとアイツの弟子・コタロウが狩也と慶太に立ち塞がる!
ところで、ヴァイスはなにをしに行ったんだい?

【予告】
太陽が黒く滲む。赤は白に染まる。
始まる終焉を知る者はたった一人━━結末を追い求めるもたったの一人。
重なる手に無限の力、共に駆けるは互いの魂(きずな)。二つを合わせ、今見せようその可能性。
花舞い星煌めく空の下で、風吹かぬ世界に立った時、反撃の狼煙は上がる。
第9話「絆、熱く束ねて重ね合い」


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最近はデュエルが中断するか閉じ込められるか寝てるかの三択…。

いい加減動かねえと体が重くて仕方ないぜ…。

ハッ!!もしかして、体が重い理由ってそれだけじゃなくて、アイスの食べ過ぎか!?

なんか肉も付いてきたし…あー!!どうしよう!??