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===
━━━少年の話をしよう。
彼は不思議な力を持っている。
それは人を惹き付ける力であり、人を護る力でもある。
そんな彼に、一人の少女が恋をした。
少女は13歳。
まぁ年頃の娘らしく、告白もできなければ明白に彼が好きだと言うわけでもない。
とても、不器用な恋だね。
結果的に、少女が少年の物語で、想いを伝えることはなかった。
いや、できなかったんだ。
人を惹き付ける力を持つ彼の生き方を見守ることを選んだ。
胸が苦しくなったろうね。
…じゃあ、この世界線ではどうだろう?
この世界には鏡写しの邪神も、憎しみに憑かれた錬金術師も、時を支配する化身もいない。
ただ、空を暗い雲に覆い、絶望を運ばんとする悪がいる。
さぁ、どうなるんだろうか。
君たちも一緒に、彼女の物語を鑑賞しよう。
______理想郷より、魔術師の言葉
~~~
その日、国は黒い雲で覆われた。
黒い雲は絶望を運び、染め、侵食していく。
「ソラルン…お聞きなさい…」
黒く染まった美しい人は、泣きそうな顔をする小さなウサギ…ソラルンに優しく言葉をかける。
「シャイニングクリスタルを、探すのです…プリキュアを、探すのです」
美しい人は足元から根へと変化していき、今にも体は樹へと成り果てる。それでもなお、優しく語りかけた。
「人間界に、お行きなさい…未来の、為に……━━━━━━」
『王女様…!』
王女と呼ばれたその人は大樹と化した。
~~~
PPPPPPP……
バンッ!
「…………」
新しい朝だ。
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━━━少年の話をしよう。
彼は不思議な力を持っている。
それは人を惹き付ける力であり、人を護る力でもある。
そんな彼に、一人の少女が恋をした。
少女は13歳。
まぁ年頃の娘らしく、告白もできなければ明白に彼が好きだと言うわけでもない。
とても、不器用な恋だね。
結果的に、少女が少年の物語で、想いを伝えることはなかった。
いや、できなかったんだ。
人を惹き付ける力を持つ彼の生き方を見守ることを選んだ。
胸が苦しくなったろうね。
…じゃあ、この世界線ではどうだろう?
この世界には鏡写しの邪神も、憎しみに憑かれた錬金術師も、時を支配する化身もいない。
ただ、空を暗い雲に覆い、絶望を運ばんとする悪がいる。
さぁ、どうなるんだろうか。
君たちも一緒に、彼女の物語を鑑賞しよう。
______理想郷より、魔術師の言葉
~~~
その日、国は黒い雲で覆われた。
黒い雲は絶望を運び、染め、侵食していく。
「ソラルン…お聞きなさい…」
黒く染まった美しい人は、泣きそうな顔をする小さなウサギ…ソラルンに優しく言葉をかける。
「シャイニングクリスタルを、探すのです…プリキュアを、探すのです」
美しい人は足元から根へと変化していき、今にも体は樹へと成り果てる。それでもなお、優しく語りかけた。
「人間界に、お行きなさい…未来の、為に……━━━━━━」
『王女様…!』
王女と呼ばれたその人は大樹と化した。
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PPPPPPP……
バンッ!
「…………」
新しい朝だ。
春の訪れに相応しい花の香りと、温かな陽射しが部屋に射し込み少女の眠そうな顔を照らし出す。
冴えない顔した少女は目覚まし時計に一発食らわせると柔らかな枕へ顔を埋める。
━━正直夢見が悪い。
女の人が樹になっていくのを見させられたのだ。いくら夢でも、13歳の少女からすればゾッとするようなイメージではあった。
しかしそれとこれとは別。朝は平等に訪れ、時間も平等に流れる。
なにが言いたいかと言うと、
「…学校、行かなくちゃ……」
金髪の長い髪を手櫛でぐしゃぐしゃにしつつベッドから降りる。
鏡を見れば、近年稀に見るほど酷い顔をしていた。少女から見れば自分は凡の顔つきだと思っているが、他人から見れば美少女そのもの、それが目を半分閉じながら眉間に皺を寄せている。お世辞でも自己評価でも酷いものだ。
クローゼットからハンガーにかけられた制服を手に取り、買ったばかりの寝間着を脱いで着替える。ピンク色のリボンがよく映える、とても可愛らしいセーラー服はどこの学校の制服よりも愛らしい。
ボサボサになった髪を丁寧にブラシで整え、器用に両側三つの束をお団子と三つ編みにして間から毛束を外に出す。難しくはあるが慣れてしまえば可愛いツインテールだ。
前髪は制服のリボンのようなピンク色。変わった髪色ではあるが、周りはもっとすごいので少女は気にしていない。
「━━よし!」
まだ眠たげな目をパチリと開いて全身を写す鏡に力強くガッツポーズした。
━━━彼女の名前は、孤鈴アミ。
なりたてホヤホヤの新中学1年生だ。
明るい性格と真面目な授業態度は、周りのクラスメートから見たら優秀な人物に見える。自身はそんな自覚はないのだが。
何よりも重要なのは、現在進行形の恋する乙女であることだ。
「もうこんな時間…早く行かなきゃ」
時計は朝の8時を示している。
学校までの距離はさほど遠くないため、30分のチャイムには間に合う。
だが、5分の待ち合わせの時間にはギリギリになってしまいそうだ。
部屋から出て階段を降り、右手側すぐの扉を開くと、4人家族にはちょうどよい広々としたリビングルームが目に飛び込んでくる。
姉はトーストを食べながら紙に書かれた文字をまじまじと見つめ、父は端末でニュースを読み、母はカウンターテーブルからすぐのキッチンで新しいトーストを焼いている。
どこにでもいる普通の家族だ。
「おはよ!」
「おぉアミ、おはよう。今朝は遅いな」
「遊矢くんたち、待ってるんじゃない?」
「ちょっと寝坊しちゃった…。あとお姉ちゃん、それはないない、遊矢が私より早く起きられるわけないし」
「確かに!」
トーストをかじりながら笑うアミの姉の職業は小説家であり、先程から老眼かと思われるほど原稿用紙を見つめているのは、誤字脱字のチェックだ。
端末への打ち込みが主流となったこの近未来都市で、いまだに紙に直接文字を書き込むのは彼女くらいだろう。曰く「機械よりも扱いやすい」とのことらしい。
アミは自分の席に置かれた皿の上からバターとはちみつの香りが漂うトーストと隣に置かれた弁当だけを手に取り、ラックにかけられた鞄を持って部屋を出る。
「じゃあ行ってきます!」
「いってらっしゃい!」
「いってら~」
「いってらっしゃーい」
家族がかける言葉は皆違い、皆同じだ。
やはり毎日と変わらないいつも通りの朝がやってきた。
夢のことは、また別で考えれば良い。
未来都市━━━ハートランドシティ。
世界のあらゆる都市、街、国よりも発展しデュエルモンスターズと呼ばれるカードゲームが盛んなこの都市は娯楽施設も他が比較にならないほどのものであり、壁に覆われた街の中心のほとんどは遊園地として機能する。
逆に、中心を囲う街は普通の都市のように、人が住み暮らしている。
駆け足で住宅街を抜け、待ち合わせの駅前広場に出る頃には甘い香りのトーストが半分以上胃袋に収まっていた。
朝の通勤ラッシュの人混みの中で友人を的確に見つけ出すのは難しい。しかし普段はなんやかんやと探しているとアミ自身を彼が見つけてくれる。
それを期待してちょっと早めに家を出るのがアミの日課だ。
だが今日は若干寝坊してしまった、姉の言葉を信じるわけではないがもしかしたら彼は先に来ているかもしれない。
「…まぁ、ないよね」
遅刻魔が、先に来ているなんて期待は端からしていないつもりだ。少なくともここ3年間待ち合わせにアミより先に来た記憶はない。
ガヤガヤと忙しい朝の広場の様子もいつもと変わらない、とりあえず建前上友人を探し始める。
青い髪と青い制服の彼。目立たないわけがない。
「おいどうしたアレ」
「ちょっと…誰か止めた方が」
「…?」
━━━なんだか改札口の辺りが騒がしい。
寄ってみると人だかりが円を作るように広がっており、少年の大きな声と、ドスの効いた声がする。…前者には聞き覚えがあった。
「……もー…なにやってんのよあのバカ!」
喧嘩騒ぎを起こすような人間ではないが、正義感は人一倍強い人間ではある。つまりは、
「謝れよお前ら!」
「アァン!?うるせえなあ!」
「ババアがグズなのがワリィんだよ!若者に道を譲るのが礼儀だろ!」
「なーにがグズだ!優先通路使ってたクセに!いい歳したオッサンかよ!」
「誰がジジイだゴルァ!!」
「シバキ倒したろか!クソガキィ!!」
背の低い少年が青い髪を不良に鷲掴みにされながらも食って掛かっている。その後ろでは尻餅をついたお婆さんの姿も見えた。
「…なにが…」
「…あぁ、あれはね」
すぐ傍で見ていた野次馬のお兄さんが語り出す。
どうやら優先通路で杖をついて歩くお婆さんの後ろで並んでいた不良二人組がお婆さんを引っ張って倒し、笑いながら去ろうとしたらしい。
周りの人間は怖がり火の粉がかからぬように見て見ぬふりをしたものの、近くで座っていた彼がそれを見かけて不良たちへ向かっていき、こんな言い合いになったとか。
少年のやったことは正しい。…が、体格で劣る彼がいつ不良に殴り飛ばされるか分からずに周りはヒヤヒヤした目で見つめている。
「ちっくしょー!埒が明かねえ!こうなったらデュエルで決着つけてやる!」
「ええ!?」
アミは内心どころか周りが勘づくほど動揺した。
「オォン!?デュエルだぁ!?この大門寺様に勝てると思ってんのかよ!」
「うるせえ!やってみなきゃわかんねえよ!」
少年と不良がデュエルディスクを構え、臨戦態勢…の時、
「君たち、やめなさい」
両者の頭をかっちりとした制服のお兄さんが叩いた。
互いに気が抜けたのか、それともマズいと感じたのか制服のお兄さん━━もといセキュリティの方を向いた。
「そこの二人、話は中で聞く。君は早く学校に行きなさい」
「あ、はぁい…」
暴れる二人組の不良はセキュリティに連れていかれ、青い髪の少年は頭を掻いてニコニコ笑いながらお婆さんの元へ行き、お辞儀をして騒ぎの円から出ようとする。
「なにやってんの、バカ」
「あ、ようアミ!」
「ようじゃない!心配したんだからね!遊矢のバカバカバカ!」
「そんなにバカバカ言うなよ~カバになるぜ?」
「もぅ!!」
たまたま隣を抜けようとした彼の肩を掴んで引き留めれば、何事もなかったかのように笑っている。先程までトラブルの中心にいたとは思えない。
彼の名前は風雅遊矢。アミとは小学校低学年の頃からの付き合いで、幼馴染といったところだ。
先程もそうだが、正義感が強くて仲間思いな彼の性格に惹かれる人は少なくない。それこそ、遊矢は主人公属性を持っている。
だが彼が主人公の物語は、ここではない。いくつもある世界線のどこかどれかに存在するであろう可能性の一種。いつか語られた二つの絆の物語すら、この世界では全く誰も知らない物語だ。
駅前広場を抜けて階段を降り、十字路を差し掛かったところで見慣れた緑髪の少年が駆け寄ってきた。
「おっはよーう!!」
「おはよう慶太くん」
「よう!」
高山慶太、彼もまた遊矢やアミの幼馴染にあたる。アミ的には、付き合いは遊矢よりも長い。
口調からも分かるが楽天的で不真面目なイメージが常に寄り添っているような性格をしているが、その実誰よりも現実的な考え方を持っている。
「広場の騒ぎ、また遊矢だな?」
「おっアタリ!さすが慶太!」
「いや~さっき降りてきた人が遊矢っぽい見た目の話してたから!なんとなく!」
「俺、有名人?」
「悪目立ちって言うのよ、それ」
「ええー!人助けしたのに!?」
「それはそれ、別の話よ」
朝の通勤ラッシュの只中、まさに先を急ぐ人で溢れる改札前で喧嘩を始めれば、いくら不良が10割悪いとしても遊矢も悪人扱いは受けるだろう。
人から見れば勇敢なヒーロー、人から見れば通勤を邪魔する余計な奴、それぞれだ。
「ほら、早く行くよ!」
「おう!」
「なんっか腑に落ちねえ…」
先の騒ぎで時間を大幅に割いてしまった、急がねば学校に遅れてしまう。
信号が変わった十字路を抜け、三人は街の中へと走って行く。
~~~
走る、走る、走る。
小さな獣は巨大な未来都市を走る。
何者かから逃げるように、ひたすらに、無我夢中に、恐怖に支配されながら。
両手で抱えた美しい宝石を大事そうに守りながら走る。
「逃がさないぞぉ~」
少年の声は近くに迫っている。
逃げる、逃げる、逃げる。
少年から逃げろと本能が叫んでいる。
~~~
昼間の校舎は活気に溢れていた。
食事に向かう女子生徒、運動のため運動場へ走る男子生徒、それを眺める教師。
それぞれ平和な青空の下、日常を謳歌している。
「今朝は災難だったね、アミちゃん」
「ホント!遊矢の人の良さも考えものというか…」
「遅刻して怒られてたしね…」
「もー!あとでとっちめてやるんだから!」
賑わう廊下を歩くアミともう一人の少女。
彼女は刹那川雪那、遊矢と古くから繋がりのある幼馴染だ。しかし遊矢とは幼馴染だがアミと知り合ったのはつい最近、中学生活が始まってからのこと。
元々遊矢が昔住んでいた天之御崎という地域で遊矢と知り合った雪那。ハートランドに遊矢が転入し、しばらく会っていなかったが、雪那もこちらに移住したため二人は再会し、アミとも繋がったというわけだ。
清楚で淑やか、優しい性格は活発な遊矢やアミとは全く異なるお嬢様気質。水色の長い髪も中性のお姫様を彷彿とさせ、男子生徒から高い人気を得ている。
で、アミが先程から怒りの表情を隠せない原因は遊矢だ。
結局今朝は遅刻してしまい、巻き込まれでアミの無遅刻無欠席は早々に途絶えてしまった。
昼になり、遊矢にお説教しようとしたのだが、陸上部自慢の逃げ足で逃げられてしまい、結局どこに行ったか分からないままなのだ。
「もうっ…早くお弁当食べよう」
「そ、そうね。じゃあ私、購買部に行ってくるから場所取りお願いしていいかな」
「えっお弁当は?」
「今日忘れちゃった…」
「そっか、じゃあ仕方ないか。いつもの庭園でいい?」
「うん!」
反対方向、雪那は一階の東館にある食堂へと駆け出していき、人混みに紛れていく。
一方アミは校舎を出て、運動場と逆方向、校門がある橋の下を通って花が咲く花壇の広場にやって来た。
この庭園は、旧校舎から新校舎になった時に町長からプレゼントされたものだ。
美しい花たちは春の香りと暖かさに目を覚まし、その蕾を開いて生徒たちを待っている。
この場所の真ん中から少し離れた桜の木の下のベンチ、ここがアミや雪那たちが定位置として普段お昼時間に使っている空間だ。
揺れる桜の花はそろそろ葉に移り変わるだろうか。
「…?」
ベンチの上になにかある。ぬいぐるみか、あるいは流行りの巨大キーホルダーか。
生徒の忘れ物だろうウサギのようなそれはベンチの上で倒れている。
「…うさ…ぎ……?」
『━━━━、』
「きゃっ!動いた?!」
手で白い色のぬいぐるみを持ち上げた瞬間、ぬいぐるみの口は人が口呼吸するように動いた。
生き物だ、これは生きている。即座に気付いた。
「大丈夫…?」
『━━━ここ、どこです?』
「えっ、ハートランド学園、だけど…」
『━━!?ふえっ!?に、人間です!?』
眠たげなウサギらしき生き物はアミの姿をその目で認識した瞬間、手の中から逃げ出そうともがきだした。
今にも泣きそうな顔をしている。
「あっえぇ!?ごめんね、ほら!」
『!』
暴れる生き物に仰天しながらもベンチの上に放してやると、そこから離れることはしなかった。むしろアミの顔をじっと見ている。
尤も、アミからすれば泣き顔で見られているためいい気分ではないのだが。
「ごめんなさい、その…落とし物かと」
『…っ!』
「あっ!」
ずっとアミの顔を見ていた生き物は特になにも喋らず林の中に消えていった。
結局正体もなにも分からずじまいのままだ。
「……あら?」
ただ、取り残されたアミの足元にはピンク色の光を放つ、金の枠に填められた宝石だけが残されていた。
「あの子の、落とし物?」
片手いっぱいに掴んで持てるそれをとりあえずお弁当の入った鞄の中に入れておく。
次に見つけたら返してあげようと思いながら。
「おまたせ!」
「あっ雪那ちゃ……あっ」
「やっほーアミ!さっきぶり!」
「………」
花壇の奥から能天気に現れた遊矢を見て思わず凍りつく。
そのまま肩を震わせ、視線を落とした。
「いたから連れてきちゃった!」
「あはは~そろそろ静まってる頃かなってさ!」
「さっきぶり━━━じゃ、ないわよバカーッ!!」
その怒声に反応したか、桜の木は風で大きく揺れた。
~~~
時間は少しだけ遡る。
遊矢がアミたち、雪那と合流する前のことだ。
「……風、今日はなんだか荒れてる気がする」
誰もいない空き教室で遊矢は一人呟いた。
広がる青空、照る太陽、吹く風もなにもかもが普段と同じはずなのに遊矢が感じているものはそれらと全く異なっていた。
「…悪い予感がする」
彼から見る空は、━━━黒く淀んでいた。
~~~
「ぐ、ぐへぇ……」
「………」
傾いた太陽が照らすデュエルフィールドには、ライフを0にされて倒れる慶太とその正面に立つ紫の髪の少年の姿。
アミが慶太の元に歩いていき、その手を引っ張りあげて座らせる。
正面の紫髪の少年はオレンジ色のリボンで纏められたふわふわとしたポニーテールを揺らしながら左腕に装着されたデュエルディスクを解除した。
「先輩やっぱつえーッス!」
「慶太くん完敗だったね」
「先輩」と呼ばれたその人は振り返って金色の目を向ける。
中性的な姿も目を惹くが、作り物のような金色に輝く瞳は誰よりも美しくまるで宝石のようだ。
彼の名は朽祈ヒカル。アミたちから見て1年上の「先輩」にあたる。
「別に弱くはないだろ、遊矢がおかしいだけだ」
「まぁ確かに…」
「間違ってないね…」
遊矢は強い、かなり強い。アミや慶太もそれなりに自信はあるがそれを遥かに越えていくくらいに強い。
まあ、正面のヒカルは更に上なわけだが。
「にしても、遊矢は?」
「あー…」
「いい加減、陸上部に顔出せって言われて連れていかれました…」
「あぁ……そう…」
ヒカルが残念そうに俯く。
遊矢とヒカルは凄まじく仲が良い。が、アミが見ると二人が仲睦まじい姿を周りに晒しているのに対し「嫉妬」しか残らない。
恐らくヒカルの恋愛観は一般男性と変わらないだろうが、端から見たらそちら側とも見える(とはいえ見た目が女性的なため、性別を知っている人間にしか曲がりくねっては伝わらないだろうが)。
「まぁいいか、遊矢が来るまで暇潰しだ。相手してやるからかかってこいよ」
「ひ、暇潰し…」
「暇を持て余した天才…」
遊矢が強い、ヒカルも強い。
二人はライバルにして親友だから、互いに高め合っているというのが世間一般の見方だろう。
だが実際、ヒカルの場合は才能が大きい。頭がよく、運動神経がよく、デュエルが強い。社交的ではないのを除けばあらゆる世界から存在を望まれるだろう逸材。
この数週間で凄まじさをアミたちは目の当たりにして来た、嘘はない、偽りのない才能こそこの先輩の持つものだ。
「よぅし!俺も負けちゃいられねーしな!先輩!よろしくッス!!」
なにに対して言ったのか、ライバル心剥き出しにして叫ぶ。
その姿はまさに青春真っ盛りというやつだろう。
アミは少し後ろに下がりその顛末を見守ることにした。
「慶太くん頑張れー!」
━━━━━━、
━━━━、
「ま、負けた……」
「全戦全敗だったね…」
夕焼け空を映す川。
その河川敷で大きなため息を吐きながらがっくりする慶太、と付き添いのアミ。
学校のデュエル場は5時に閉じてしまう。遊矢が部活から解放されるのをとりあえず外で待つことにしたのだ。
━━━デュエルの結果は慶太の全敗であった。
1%ほどの勝率に賭けてみるも、主人公補正のない世界ではこんなもの。別に気にするほどでもないが、真剣勝負に負けるのはいつだって悔しいだろう。
「先輩が羨ましいよなぁ努力しなくても強いし頭良いんだぜ?」
「こらっ!それ先輩に言ったら怒られるわよ!」
「そうだけどさぁ…」
羨む気持ちは分からなくもない、努力だけでは追い付けない差を埋められるのは結局才能だけ。
なにより、自称「努力家」の天才は周りを知らず知らずに傷つけることも少なくはない。ヒカルもその部類だろう。
本人は努力家のつもりが、周りから見ればそれはオーバーワーク、する必要のない作業だ。
そんなことを言えば間違いなく地雷を踏んでエライ目に遭うが。
PPPPPPPPPPP
「あれ、遊矢だ」
アミの鞄に入れてある端末から着信音がする。
遊矢からのメールだ。
"終わった!校門前!"
とだけ書かれた文面から遊矢の性格がなんとなく伝わってくる。
「全く、ここまで自力で来なさいよねアレ。ちょっと迎えに行くね!」
「待ってればいい?」
「うん、待ってて!」
「りょーかいっ!」
今いる河川敷から学園までは走って5分ほど。ARデュエルで疲れているはずの慶太をそこで待たせてアミは学園へ遊矢を迎えに行った。
人気がなくなった夕方の河川敷に寝転がり、二人を待つ。
「ま、気長にやろう。気長にさ」
努力はいつか実るもの、決して無駄じゃない。
自分に言い聞かせる。
「イヤな奴がいるなら全部壊しちゃえばいいんだよ!」
「…?」
子供の大きな声がした。
振り返ればいつの間にか、そこにはブカブカの服を着た青い髪の子供が立っているではないか。
「努力したってムダムダ!全部壊せば自分が一番になるんだぞ!」
「あー…子供の内から諦めちゃダメじゃねーか?」
「う、うるさいなぁ人間のくせに!!」
ごく自然に、的確な返事を返したら逆上された。
この時の慶太の気持ちを10文字以内で答えよ。
なんて問題が作れそうなくらい理不尽な逆ギレに思わず驚いた。
最初こそどう見ても小学校低学年程度の子供なのにかわいそうに…としか慶太は考えていなかったが。
「これだから人間はムカツクんだ!そーら!お前の心の闇で暴れまわってやるーっ!!レインシードッ!!」
「あはは~子供は早く帰らねーと━━うわっ!?」
ヤケクソ気味に子供が投げつけていた雫の形をした青い種はそのままぶつかって跳ね返ることなく胸の中に取り込まれた。
そこから禍々しい青い光が漏れ出し、木の根のようなものに変化していく。
「心の黒い雲よ、嵐を━━━!!」
「っ!?うわぁっ!」
光は根となり木の形に、そしてその内側に取り込んでいく。
それは黒い煙に包まれ、その中から現れたのは花の形をした異形の怪物だ。
『クロークモーン!!』
「よしっ!クロクモン!暴れまわるんだ!そしてあの精霊を見つけ出せ!」
『クロークモーン!!』
花の形の怪物は子供を肩に乗せてゆっくりゆっくり歩き始める、その方向は━━アミが向かっていった学園の方だ。
~~~
アミは走って、ようやく学校に辿り着いた。
「って、遊矢いないじゃない!」
そこに遊矢の姿はなく、少しだけ開いた校門の先に人の気配はない。
「みんな帰っちゃったのかな…もう、呼び出しておいて先に帰るなんて!」
明日朝叱ってやろうと息巻くアミはそれでもとりあえずまだ校舎に残っているのではないかと期待して校門を潜り校庭の方へ歩いていく。
『~~~~~~~!!!!』
「?今、なにか…」
『で~~~~~~~す~~~~~~!!!!』
「え、えええええええ!!?」
なにかが叫びを上げながら降ってくる。
受け止めなければ、しかし目測を誤ったら自分も危ない、しかし逃げたら落ちてくるなにかが危ない━━━━!!
『です~~~~~!!』
「むぎゅっ」
『でしゅっ』
慌てて体勢を整える間もなく、その物体はアミの顔面へ着地した。
いわゆるごっつんこ、だ。
「い、いたぁい…」
『いたぁぁぁい!!痛いですぅぅ!!!』
「だ、大丈夫!?…あぁ!!」
『びぇぇぇぇ……ふぇっ?』
数秒間フリーズした。
ぶつかったのはどうやら昼間に出会ったウサギのようだ。
冷静にまとめるならそれだけなのだが、互いに冷静になれるわけもない。
『ジュエルを知らないですか!?』
「突然!?い、いや、知らなくはないけど…」
肩にかけた鞄の中から空のお弁当が入った小さな鞄を取り出してそこからピンク色のハート型の宝石を差し出す。
「これのこと?」
『わぁぁぁそれです!ありがとうです!』
「そっかよかった…」
ハート型の宝石を小さな手で掴み、大事そうに抱えている。
未確認生物のようなものが目の前にいるのに自分は冷静だな、とアミは心底思う。
『……はっ!そうじゃないですぅぅ!「アレ」が、「アレ」来ますぅ!』
「アレ?」
安心していたかと思えば今度は大慌てでぴょんぴょんと跳ねている。
アレ、とはなんなのか、さっぱり分からない。首をかしげた━━━その瞬間、
『クロークモーン!』
「━━えっ?」
花型の怪物が、アミとウサギのすぐ近く、校門の方向から飛びかかるようにして襲い掛かってきた。
『ですっ!?』
「っ!!」
━━あれは危ない。
本能的に危険を感じ取った。
ウサギを抱き抱え、校門から反対方向、校庭の方に全力で走り出す。
それほど体力に自信はないがそんな弱音を吐いていられるほど暇じゃなければ余裕もない。
あそこにいるのは人間じゃなく怪物だ。
冗談じゃない、アレの正体はこの世ならざるものだったとは。
「なんなのあれ!!」
『あれはクロクモン!心の闇に種を植え付けて産まれる怪物です!』
「そんなの聞いたことないよ~!」
『ボクの故郷の精霊はみんなみんなクロクモンにされちゃったです!きっと近くにアクテン公国もいるです!』
「故郷?アクテン公国?やっぱり分からないよー!」
校庭の奥、静かになったデュエル場の柵を越えて奥へと進む。
後ろからは低くクロークモーンと叫ぶ声と大地を鳴らす足音、間違いなく追われている。
「ようやく見つけたぞー!!」
「!」
『デビルンド!』
元々挟み撃ちするつもりだったのか、デビルンドと呼ばれた青い服に青い髪の子供はドヤ顔で指差しながら待っていた。
「さぁ!シャイニングクリスタルはどこにあるんだ!」
『知らないです!』
「嘘つけ!クリスタルジュエルを持ってるじゃないか!そいつを寄越せ!」
『だめです!これはアクテン公国には渡せないです!』
なんとも不思議な事態が起こっている。
ウサギと子供がよく宝石を取り合っているような、そんな激しい言い合い。
そして小さい子供であるデビルンドはアミの方に寄ってきて、突然声を張り上げた。
「おい人間!そいつよこせ!」
「え、ええ…!?」
「人間にはクリスタルジュエルも精霊もカンケーないだろ!ホラ!」
『ダメですーっ!絶対にダメ!』
「…貴方、弱いものいじめたらダメでしょ!関係ないとしても渡さない!」
ぎゅっとウサギを抱き、一歩ずつ後ろに下がる。
とにかく考えなしでもいい、この子を連れて逃げ出さねばと振り向いた。
「!そんな…!!」
『クロークモーン…!!』
すぐ目の前にその怪物は迫り来ていた。
━━━今このウサギを子供に渡せばきっと解放されて帰ることができる。怖い思いをせずに済む。
家に帰って、家族が暖かく迎えてくれて、明日にはまた遊矢たちと学校へ行っていつもの日常を過ごすことができるだろう。
「言うこと聞かない人間なんて潰しちゃえ!クロクモン!!」
『クロークモーン!!』
巨大な腕を振り上げる、その動きがやたらと遅く感じる。
━━━今この子を渡してしまえば、大切な日常を失う気がする。
大切なものを一つずつ、一つずつ失う気がしてならない。それだけは嫌だと心が叫んでいる。
命乞いなんて見捨てたりなんてしない、それは自分への裏切りだ。
「大丈夫、私が守ってあげる」
『です…?』
「だから、絶対諦めないでッ!!」
震える叫びが木霊して、振り上げられた腕はアミ目掛けて思いきりよく振り下ろされた。
━━━そこに、輝く蝶が迷い込んだ。
『クロークモーン!?』
「な、なんだぁ!?」
目映い光がクロクモンの腕を弾き飛ばし、その体をデュエル場の外まで吹き飛ばす。
それをデビルンドも不快そうな目で見つめ、ついには目を閉じて閃光を払い除けるようなしぐさをとり始めた。
「……これって!」
『…奇跡です…』
「えっ?」
『このクリスタルジュエルを使うです!』
「クリスタルジュエル?」
小さな手からハート型の宝石を受けとると、それは辺りを包む閃光を吸収して更に美しい光を放つ。
『「プリキュア・クリスタルキッス」って叫ぶです!』
「━━わ、わかった!やってみる!」
吹き飛んだクロクモンは再び突進してくる。
抱き締めていたウサギを自分の足元に立たせ、強くクリスタルジュエルを握った。
「行くよ!!」
今再び、その光を放ち蝶は舞い降りた。
「プリキュア!━━━クリスタル、キッス!!」
ピンク色の宝石に唇がそっと触れ、ふっと息を吹き掛けるとクリスタルジュエルは一人でにくるくると宙に浮かびピンクとエメラルドの鮮やかな粒子を散りばめた。
「アフェクシオン!!」
粒子は言葉が合図となってアミの身体を包み、白いアームカバー、ブーツとなる。
それだけではない、瞬く間にふわふわとしたビビットピンクと赤に近いローズピンクの二段スカート、それを上から包む燕尾のようなフリルへ変貌し、上半身もローズピンクのフリルと蝶を模したリボンの形に変化する。
金髪の長い髪は更に美しいクリームの色へ変わり、あのツインテールはローズピンクとエメラルドグリーンの髪飾りで装飾されて特徴的な前髪の色と同じメッシュが更に付け足された。
首にはリボンのチョーカー、耳には蝶のイヤリング。所々に桃色の蝶が点在する。
背中に輝く大きな蝶が留まり、それは彼の目の色と同じあの輝くようなエメラルドの羽根となった。
大きく露出したお腹のちょっと横には青い蝶。
薔薇のように赤い瞳は葉桜のように可憐な色に変わりきらびやかな輝きを放つ。
空間を形成していた光は弾け、そこから降下してきたのは美しい蝶の妖精。まるでこの世のものとは思えない、空から降ってきた天使。
「煌めく希望と愛の蝶━━━キュアアフェクシオン!!」
キラキラ眩しい輝きは彼女を包んで踊っている。まさに妖精を束ねるお姫様か王女様のようだ。
「…………ってぇ、な、なにこれーっ!?」
少女の叫びはあらぬ方向へと木霊した。
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【あとがき】
今回の一言「ヒカルが幸せで辛い」
アミちゃんのことよりもそっちが辛いんだよ!!!なんとなく分かってもらえると思うけど泣けるんだよ!!普通の男子中学生してるヒカルの姿で感動してる。
はい!!第一話がかなり雑に終わりました!!さすが聖桜きたない!!!!
でもアミちゃんかわいいから許して!!終始扱いが雑な辺りがLSのヒロインだなって思うの!仲間が集まったらそれはそれで主人公らしくはなっていくだろうけどね。
元々遊矢とヒカルがダブル主人公的な立ち位置なせいなのか、それとも単に私が頑張っただけなのかやたら力の入れ具合が違う気がするの。
慶太が連日酷い目に遭ってるわ!!昨日はラスボスに完敗してたのに!!でもまだ続くんじゃよ(鬼畜)
まだ登場してないのは狩也とか托都だね、しばらく狩也は出てこないです!先に言うわ!!
ちなみにあの月女神ももうちょっとだけ出てこないんじゃよ。
デビルンドがあんまり暴れてない気がするけどきっとこれから暴れるんだよ。全くそんな風には思えねえ!!!
とりあえず遊矢がすごく意味深なこと言ってましたが、クリア世界の遊矢たちは自分達に特別な能力があるのを知ってるのでうまく使ってます。でも周りには内緒です。ただ鏡もヴェリタスも出てこないから使いどころないのが問題だったりする。
秘密が秘密で秘密なクリスタルアーツプリキュア、開幕です!
次回!愛の蝶、キュアアフェクシオン誕生!
アクテン公国を倒し、シャイニングクリスタルを見つけ出せ!
…その前に、目の前の敵を倒さなきゃ!?
【予告】
第2話「戦士を探せ!希望のプリキュア伝説!」