社会人

社会人

2011年の5月3日


Amebaでブログを始めよう!

めちゃくちゃ間空いたけど続きを書いてみる。

工場に着いて工場長と会って「どうしたんだ?」って聞いてくれた。

作業服に着替えてから会議室で話そうと言ってくれた。

2人で会議室に行き椅子に座って第一声に「私はもう無理です。〇〇リーダーとは一緒に仕事できません」
そう言った。

それからうんうんと言いながら工場長は優しく私の話を聞いてくれた。

その度悲しさや苦しみが溢れてきてずっとマスク越しに泣きながら一生懸命話した。

工場長はその〇〇リーダーにもっと優しくきちんと仕事を教えてやってくれと遠回しに言うと言ってくれた。

でも私はそんなんじゃまた同じになると思った。

私の中では〇〇リーダーを飛ばして欲しかった。

でも工場長からしたら〇〇リーダーは昔から仕事が忙しい時も誰よりも残業してくれて1番仕事に責任感のある人だと思っているからそんなことは出来なかったんだと思う。

その話の最後に工場長は笑いながらこう言った。

「makiはそんなに弱い人間じゃないだろう?なんでそこまで追い詰められるほど我慢してるんだよ。ほんと女の武器使いやがって。」と。

その時は苦笑いをしながら流したけど凄く悔しかった。その時思った。こんな場所絶対やめてやると。

それからもしばらく我慢しながら出勤した。

工場長が〇〇リーダーに何かを言ってくれたのかいつもより増して優しくしてくれた。

それでも私は今までされた事は絶対許せないと思いながら上辺で接しながら仕事してた。

そんなある日、1人しかいない私の同期の男の子が辞めるという噂を聞いた。

私はそんな話は本人から聞いてないから嘘だと思った。

でも実際本当だと知った。

悲しくて悔しくて裏切られた気持ちがとても強かった。

本人に問い詰めたら「ごめんなさい。」しか言わなかった。

今思えば同期も相当追い詰められていたのにそれなのにも気づかず自分だけが悲しい思いをしてると勘違いしてた。もっと同期はお互い1人しかいないんだから話を聞いてあげるべきだったなって思った。いっつもうちの話ばかりを聞いてくれて優しい言葉をかけてくれてその言葉のおかげで2年ちょっとも頑張れていたのに、、、

同期が辞める話を聞いた日の仕事帰りにお母さんに電話をかけたら自然と涙が出た。

私これから1人で頑張っていくんだなって思った。

それからもしばらく色々我慢しながら休まず出勤した。

そしたらまた〇〇リーダーの攻撃が再び始まった。

また一生懸命〇〇リーダーのご機嫌伺って先回りして空気読んでって凄く疲れる毎日で。

毎日朝早く冬なんて真っ暗の中出勤して真っ暗の中帰って、、、

電車でこのまま線路に落ちたら楽になるかな。とかなんで働かなくちゃいけないんだろう。なんの為に働いてるの?こんな思いしながら働かなきゃいけない運命だったの?なんで生きなきゃいけないんだろう。死にたいな。と思いながら出勤して。

そのうち工場の最寄り駅に着くだけでもう拒否反応が出た。

頭痛がして腹痛もする。

そして「やだな。行きたくないな」そう思いながら下を向いて歩いていたら向こう側から歩いてきたおじさんとぶつかった。
「いってーな。ちゃんと前向いて歩けよ」
そう言われた。

自分の中で「なんでこんなに頑張ってるのに。」
って何かが切れた。

家族よりも他人の方が涙なんか見せたくなかったのにその場で崩れ落ちた。

でも工場行かなきゃって洗脳されたように涙を拭きながら工場に向かって何事もなかったようにまた仕事をこなした。

次の日、また工場の最寄り駅に着いた
「やだな。行きたくないな」
またそう思いながら歩いていたら自然に涙が止まらなくなった。

工場まで後ちょっとなのに足が進まない。
涙を止める為にお母さんに電話をかけた。
お母さんが電話を出た。
お母さんが「どうしたの?」と聞いてきた。
やっぱりお母さんの声を聞いたら安心した。
私は「お母さん、涙が止まらないの。足が進まないの。」そう言った。

そしたらお母さんはこう答えた。
「今日はもう工場に行かなくていい。帰ってきなさい。」

自分ではそんなつもりではなかった。
行かなきゃ行けないと思っていたから。
私はお母さんに「でも、、、」と言ったら「もう十分頑張ったよ。いいから。工場長には私が連絡するから」と言われた。

お母さんは今まで習い事沢山やらしてくれたけど絶対中途半端ではやめるなと言っていたほど真面目な人で、そう言われて育ってきたからまさかお母さんから行かなくていいなんて言われると思ってなくて。それが余計に泣けた。

私はお母さんの優しさも含めて号泣しながら2時間近くかけて家に帰った。

家に帰ってお母さんは照れ屋なので済ました顔をして何も言わなかった。

しばらく時間が経って工場長から電話が来た。

「どうしたんだよ〜?」と笑いながら。

私は止まっていた涙をまた流して「私、もう工場辞めます。」と言った。

工場長はびっくりして「そんなこと言うなよ。やっぱり〇〇リーダーがダメなのか?次の働き場所は決まってるのか?」色々聞いてきた。

次の働き場所なんて決まってるわけない。

そんな余裕はもう自分の中には無かった。

早く地獄から抜け出したい。ただそれだけだった。

それから辞める日にちも余った有給を逆算して決めた。

1ヶ月ちょっともあった。

それから有給まで15日くらいは働かなきゃいけなくて行くたびに「あとちょっとだから頑張ろう」自分に言い聞かせて会う人会う人に「辞めちゃうの?なんで?」と聞かれ。

最後の日、みんなに挨拶をして2年ちょっと頑張った工場を去った。

でもまだ有給を消化中は社員であるから有給が終わって次の日に工場に社員証と保険証を返しにいった。

相変わらず工場長は呑気で他のリーダー達は「今なら間に合う。戻ってこないか?」と言ってきていたが未練は無い。

ちょっとだけあるとしたらもちろん良い人も沢山いて優しい先輩も可愛い後輩も残してきちゃったことかな。

でも戻りたいとは全く思わないしむしろ今は辞めてよかったと思っている。


おしまい。


久しぶりだから書いてみた。

もう誰も見てないけど自分の密かな日記みたいなものだから。笑

私は、7月10日に高卒でどこにも就職先が決まらなかった私に担任の先生が見つけてきてくれた洋菓子の工場での仕事、2年ちょっと続けましたが辞めました。

元々、アパレル関係がやりたかったのですが自分の性格上好きなだけでは無理でした。

何回も受けて自分にはやはり出来ないと思い諦めて担任の先生に仕事は仕事で割り切って趣味として稼いだお金で楽しめばいいんじゃないか?と言われ、納得し洋菓子の工場での仕事に決めました。
母も途中でまたやりたくなったら辞めてアパレル関係をやってもいいからとりあえずきちんとした社会人になりなさいと言われました。

でも、入所した時から思いました。
私はこの仕事向いてないと。

絶対3年経ったら辞めてやると。
3年と決めた理由は3年も続かないとどこにいっても雇ってくれないと思ったから。

同期も同じ工場に男の子1人。
でもすっごく優しくて気遣いが出来ていつも私の話を聞いてくれて。いい同期に恵まれたと思った。
先輩や後輩も自分の代より沢山いてみんな仲良くしてくれてはいたけどお互い気を遣うのにとても疲れた。

工場長からはいつもノロノロしてボケーっとして目標を持って仕事をしてるか?っていっつも言われて。

必死に仕事覚えて毎日仕事の為に生きてるのかってくらい頑張ってるのにって思いながら仕事してた
5時起床
8時出勤
17時退勤
19時帰宅
0時睡眠

毎日毎日1時間半から2時間かけて出勤と退勤

その中の1時間は歩き

なのに仕事は体力仕事で毎日ほんと疲れた

仕事に慣れてきた頃、自分の業務では無い部署に手伝いに行かされた。

思いのほか仕事が出来てリーダーやパートさんにすごく気に入られてほぼ毎日行かされた

でもパートさん達が周りには見えない恐怖があってすごく怖くて毎日頭痛腹痛で吐きそうなくらい行きたくなかった。

自分の部署も人手が足りなく時間を細々と分けて1時間2時間と自分の部署、違う部署と毎日ヘトヘトになりながら頑張った

毎日毎日自分だけがヘルプに行かされてなんでだって思いながら嫌な顔して仕事してたらマネージャーに「仕事が出来るって認められたからあっちこっちであなたが必要だからみんなあなたに頼ってしまうんだよ。必要とされてるんだよ。先輩や後輩を見てみ。いっつも同じ場所で作業しているのは鳥籠に収められちゃったから。使えないと思われてしまったからなんだよ。だからあなたは期待されてるんだよ!もっと自信を持ちなさい。」と。

やっと自分だけが使われる理由がわかって自分に自信が持てるようになった

で、今まで短期間研修でやったことある作業の場所のセクションリーダーになって欲しいから仕事を覚えてほしいと工場長から言われて毎日同じ作業をするようになった。

そこからが地獄の始まり。

私の仕事の辞めた理由の1番かな。

上司のパワハラ?モラハラ?。

その作業の場所には定年過ぎた元社員のセクションリーダーの女の人がいた。

今までも何度か手伝いには行っていてその時もすごく良くしてくれる優しい人だった。

でも私がその作業場所の専属みたいになった途端に態度が変わった

多分、自分の仕事、居場所を取られたくなかったんだと思う。
工場長が私に仕事を教えてやってくれと頼んでもきちんと教えてくれず文句だけを直接ではなくパートさんを通して言われた

直接言われることもあったし理不尽なことばかり言われて他のパートさんには頼めない雑用とかは全部私に押し付けられた

毎日嫌な空気醸し出して何を言われるかハラハラドキドキして言われないよう必死にご機嫌伺ってやってたけど結局文句言わないと気が済まないのか何かと言われて精神がボロボロだった

周りの人に言ってもきっと最近の子はダメねって言われると思って必死に耐えて仕事を覚えようとした

そんな中、私のことを仕事が出来るってとても気に入ってくれる人がいて何かと話を聞いてくれたりかばってくれたりしてくれるパートさんがいた

それも多分気に食わなくて余計にみんなが嫌な仕事押し付けてきたりした

本当にもう耐えられなくなって仕事が終わって帰るとき毎日色々考えてでも泣かないって自分弱すぎだってずっと思ってた

でもある日の帰り、耐えられず家に帰ったら家族がいるって考えたら涙が止まらなくなった

普段は家族の前では泣かないって決めていたのに家についても涙は止まらなかった

家についてお母さんお父さんに何があったのか沢山聞かれたけど答えられないくらい過呼吸と涙が止まらなかった

次の日、工場長に話そうと思い仕事場に向かった

でもまた最寄り駅に着くと思い出してしまいもう行きたくないと思った
でも言わなきゃとも思って号泣しながら工場に向かった
工場についたらいつも良くしてくれていたパートさんがいて顔を見た瞬間もっと涙が出て止まらなかった



続きは次の記事で、、、

今日は眠れない

色々思い出したり考えたりしてしまうんだ

いつになっても勉強しない変われない

自分が誰かに対する愛が強いから重いからみんないなくなってしまう

なんでだ

愛が強い、重いだけならまだしもその見返りを求めてしまう

どうしてなんだ

最初は距離を置いて親しくしないようにする

でも段々仲良くなると自分の話を聞いて欲しくて沢山話してしまう
そして相手のこともどんどん知りたくなって沢山質問するようになる
質問して沢山得た答えで相手のことが沢山知れて相手がどうしたら喜ぶかを考えてしまう

分かっている

最後は重過ぎてみんな離れていく

でも止めることが出来ない

今、人に恵まれて幸せだなんて思ったの全然ない

最後に思ったのは高校生の時

毎日が楽しくいつも笑ってて家に帰りたくないくらいみんなといたかった

家に帰ってもみんなとLINEしてソワソワどきどきしてこんなにも友達に恵まれて幸せでいいんだろうかとニヤニヤしていたのを思い出す

でも今思えばこの性格は変わっていないのだからきっとみんな毎日会うから我慢していてくれたんだろうなと、、、

放課後、休日遊んでくれたのも私しか誘えなかったからなのかもしれない

就職してから高校の友達と全く連絡をしていないしSNSは見ているもののみんな楽しそうで、、、

自分とは見てる世界が違う

あー。楽しく生きたい

幸せになりたい

ずーっと笑ってたい

好きなことしていきたい

自分を変えたい

けど、どうやったらいいか分からない

誰も頼れない

どうしたらいいの。