■出雲王国の風葬
出雲王国前期では、王の葬儀は風葬であった。王が没すると、立て膝で座る姿勢にされて、竹籠に
納められる。口に刺した漏斗から、朱を注ぎ入れる。朱は体の総ての細胞に染みわたり、死臭を防
ぐ。遺体は駕籠で●熊野山に運ばれ、ヒノキの大木の茂みに隠される。その木には、締め縄が巻か
れ、紙幣が付けられた。それは霊(ひ)モロギと呼ばれた。3年後に洗骨して、頂上付近の磐座(
いわくら)の横に埋葬することになるる遺骨なき後も、その木は締め縄が張られ、霊(ひ)モロギ
と呼ばれ続けた。古代オリエント地方でもこういう風葬があった。またそれにより磐座(いわくら
)信仰もできた。インダス文明も巨大な墓とかは発見されていないが、他の遺跡をもってインダス
文明は証明されている。日本の考古学者は古墳至上主義のため、古墳がないと政権は実存しなかっ
たという単純な学説に閉じ籠っている狭い学問なのである。現在でも熊野山には締め縄が巻かれ、
紙幣が付けられた。それは霊(ひ)モロギが多数、存在する。
地域ストーリー作り 経済産業省 出雲大社