1900年のこの日、日本初の自動公衆電話が、
東京の新橋と上野駅前に設置されたことから、
今日は、『公衆電話の日』なんだそうです。

家族の電話番号、覚えてる?
どら家の固定電話の番号なら、
もちろん覚えています。
でも家族それぞれの番号となると、
スマホのメモリに全部お任せ。
覚えようという気すら起きないあたり、
時代は変わったものです。
一応、運転免許証入れの中には
家族の番号を書いたメモは入れてあります。
スマホが突然動かなくなった時のため、
基本的にアナログなどらなのです。
それはそうと。
あまり見かけなくなった公衆電話を見ると、
1990年代の思い出がよみがえります。
その頃、どら家の電話は黒電話でした。
一家に一台しかないから、
長電話しようものなら、親からは、
「まだ話してるの!」 と、
すぐツッコミが入る時代。
ポケベルがあれば…なんて思うほど、
長電話する友人もいなかったし、
どらはポケベルとは無縁のまま。
ポケベルを持っていた人は、
プッシュ回線の公衆電話を
探して走っていたはず。
駅のホーム、街角の酒屋、大学の構内…。
「どこに公衆電話があるか」を把握しているのが、
ちょっとした生活スキルだった時代。
どらはポケベルを持っていなかったので、
その“公衆電話ダッシュ文化”は、
テレビの中の出来事でした。
新卒就職フェアに行った時。
ポケベル会社が3〜4社ほど
ブースを出していたんです。
でも、どらは食いしん坊だし、食品会社志望。
ポケベル会社は、きれいにスルー。
大学の研究室のつてで、
P食品に就職したのです。
その後しばらくして、ポケベルは
ケータイに主役の座を奪われていきました。
もし、あの時、
ポケベル会社に就職していたら…。
今頃どらは、通信の荒波に揉まれ
どうなっていたのかな。
「新サービス開発チーム」とかで
数字と電波に追われていたのかもしれません。
いや、やっぱりどらは、
食品会社に就職できてよかったです。
食べ物は時代が変わっても消えませんしね。
電話番号を覚えなくても
生きていける時代になったけれど、
公衆電話の緑色を見ると、ちょっとだけ
胸の奥がくすぐったくなるどらなのでした。
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