先日、真っ昼間から友達とワインを楽しむ時間を持てました。

5ヶ月ぶりでとにかく話に花が咲き、1本開けて次はビールねって梯子までしてしまいましたてへぺろ


お互いによく頑張ってきたよねって話ながら人生を振り返り高校生の時の悪態を話しながらたどり着いたのは親に申し訳なかったということでした。

お互い思春期に父親を毛嫌いして、洗濯物は別々にして、近付かないで、話しかけないで、雨が降っても学校には迎えに来ないで...などなど結構やってたことを告白ガーン

今はよぼよぼの親の健康を気遣っていますが当時は考えられない醜態でした。

高校を卒業してからずっと離れて暮らして来ましたが、

都合よく忘れていた記憶は改めて親って何だろうと考えさせられ感謝の気持ちが溢れ出てくるのでした。

感謝とはするものではなく沸き上がってくるものですよと以前言われたことがあります。


フラクタル心理学では愛の定義を知ることができます。

少なからず、こうして欲しかった、ああしてくれていたらなど親への欲求が多かった子供時代の小さな心の種がフラクタル構造で願いとは全く異なる出来事を作ってしまうことも少なくありません。


未発達な脳が作り上げる現象は、過去にインプットされた

狭い視野のシステムが何度も繰り返し現れることと同じ仕組みです。

脳のバージョンアップをして、願い道理の現実を私と一緒に手に入れる学びをしてみませんか?