10年
今日はやはり阪神・淡路大震災が起こったことが
忘れることの出来ないことである。
今から10年前。
1995年1月17日 午前5時46分
今まで感じたことのない激しい揺れが起こった。
地震が起こる15分ほど前に、兄が出勤のため家の中を
バタバタしていた。めずらしくそれに目が覚めたので、
半分起きているような感じで布団に入っていた。
最初はいつも起こるようなグラグラという揺れが起こり、
次の瞬間、激しい揺れに変わった。
寝ていた私は、飛び起きて立ち上がったはいいけど、
どこかにつかまらないと立っていられないので、
柱につかまって揺れがおさまるのを待っていた。
母は起きていて、同じように柱につかまりながら、
ドアを開けに行ったりしていた。
我が家の被害は、トイレのタンクにヒビが入ったのと、
父が寝起きしている部屋に置いてあった女神像が左手に時計を
持っているという置き時計が落ちて、左手の手首あたりから
折れていたこと。
震度5だったようだ。
同じ時、病院の8階に入院していた父は、避難しようと
スリッパを履こうとして、床にあるスリッパを
とろうとしたけど、揺れてとれなかったと言っていた。
あさ7時台か8時台になって、やっとテレビで映像が映し出された。
ここはどこなんだろう?と思うような光景が広がっていた。
高速道路が横倒しになっていたり、至る所で煙が上がっていたり。
ビルも家も倒壊していて、同じ関西とは思えないものだった。
友達のお父さんは、単身赴任で姫路の方に住んでいて、
連休明けだったこの日、地震が起こる1時間ほど前に、
倒壊した高速道路を通過していたそうだ。
あれから10年。
我が家はこの震災とともに10年経つことがある。
病院で地震を体験した父が、地震から2ヵ月後に
亡くなった。
あれから10年です・・・。
忘れることの出来ないことである。
今から10年前。
1995年1月17日 午前5時46分
今まで感じたことのない激しい揺れが起こった。
地震が起こる15分ほど前に、兄が出勤のため家の中を
バタバタしていた。めずらしくそれに目が覚めたので、
半分起きているような感じで布団に入っていた。
最初はいつも起こるようなグラグラという揺れが起こり、
次の瞬間、激しい揺れに変わった。
寝ていた私は、飛び起きて立ち上がったはいいけど、
どこかにつかまらないと立っていられないので、
柱につかまって揺れがおさまるのを待っていた。
母は起きていて、同じように柱につかまりながら、
ドアを開けに行ったりしていた。
我が家の被害は、トイレのタンクにヒビが入ったのと、
父が寝起きしている部屋に置いてあった女神像が左手に時計を
持っているという置き時計が落ちて、左手の手首あたりから
折れていたこと。
震度5だったようだ。
同じ時、病院の8階に入院していた父は、避難しようと
スリッパを履こうとして、床にあるスリッパを
とろうとしたけど、揺れてとれなかったと言っていた。
あさ7時台か8時台になって、やっとテレビで映像が映し出された。
ここはどこなんだろう?と思うような光景が広がっていた。
高速道路が横倒しになっていたり、至る所で煙が上がっていたり。
ビルも家も倒壊していて、同じ関西とは思えないものだった。
友達のお父さんは、単身赴任で姫路の方に住んでいて、
連休明けだったこの日、地震が起こる1時間ほど前に、
倒壊した高速道路を通過していたそうだ。
あれから10年。
我が家はこの震災とともに10年経つことがある。
病院で地震を体験した父が、地震から2ヵ月後に
亡くなった。
あれから10年です・・・。