かなり久しぶりに性別の話。
コメント貰って同じだなって思ったから俺の考えを書いておこう。
子供を産んで性別違和が強くなったって。
その気持ちわかる。
世の中には「男は子供を産まない」との考えで、子供を産む選択をする事はFTMでは無い言う意見もあるだろう。
でもな俺は子供を産むというより、子供を育てる過程で性別違和が強くなったのは本当。
子育てして初めて性別って生まれた時から確立してるんだって感じた(我が家の場合)
俺は子供の頃どうしても女の子の服装が嫌だった事から、子供を育てるまでみんなそう思うって思ってた。
娘に中性的な服装をさせた。でも自我が出始めた娘はピンクを好み、スカートを履きたがり、髪を伸ばし始めた。
息子は俺と同じような服装を好み、同じような事に興味を示した。
誰も教えてないのに、誰も強制しないのに体と同じ性別の方向に進んで行った。
それを間近日々みていると俺が違う事に気が付く。
それまでは「違う、子供も産んだ、女なんだ」って思いこもうとしていた。
でもその無理はやがて精神をぶっ壊す程のストレスに変わっていく。
でも子供がいる事は後戻りも難しい。今更男だとは言いにくい状態に…
母親としての立場も性別が違うんだって言えなくさせる原因にもなる。
中には既婚者でも子持ちでも性別が違ったんだと生き直す人もいる。
その選択は凄いことだと思う。何十年と女で生きて、そこから男に生き直す事がどれだけ大変か…
家族の理解もそれぞれだ。
受け入れてくれる家族もあれば、受け入れられず崩壊してしまう話し両方聞いた事がある。
賭けに近い事をする勇気って問題無く暮らせてればなかなか出来ない。
その賭けが出来ない程度ならそもそも性別が違ってると言わなければいいのでは?
我慢が出来るのであれば違うのでは?という考えもあるだろう。
俺は性別に違和感がないのであれば、そこに我慢がないはずだと思う。
そう思うのも子供達の成長と共に強く感じる。
個性で済ませられる問題と、そうでない事の違い。
この考えがだからどうして欲しいって事では無い。
ただ性別違和で子育てをする事によって浮かびあがる自分というものへの再確認。
これは経験者でなければわからない事なのかなと思う。
ただそれを書きたかっただけ。
性別違和を持って生まれてくる人は少数。
その中での情報の共有は考えの幅を広げる事につながればなっと思う。