楽観的と悲観的。どうも近頃は楽観的な方がいいような考えが多いと思う。悲観的だと鬱等になりやすいからのようだが。この二つは遺伝子でもある程度決まっているようだ。確かに鬱は遺伝するとも言われている。
ただ遺伝子だけでなく環境によっても左右されることも実証済らしい。性格は変わるか変わらないかという話しなのだが、幼いころに酷い環境にある悲観的な遺伝子を持つと鬱等になる確率が高い。悲観的な考えが大きく出るのだから当たり前の結果なのかもしれない。
ただ普通の生活をしてる場合には遺伝子の違いはほぼ関係ないとの結果。そうなればやはり鬱などの病気になることは、遺伝子と環境で決まることで、その生活によって変化はする。悲観的な遺伝子を持ったからと言って、全てが鬱に直結するわけではない。
楽観的な事がすべていい事かと言えば俺はそうでもないと考える。アリとキリギリスに近いものがあると思う。未来を心配し過ぎて病気になるのもよくないが、未来を楽観視しすぎて周りに迷惑をかけることもあると思う。
未来を夢みて勇気を出して踏み出す行為は否定しないが、踏み出した先にも苦難というのは必ずある。進むのが正解で、とどまることが不正解とは限らない。性別違和の事を当てはめると、治療することがゴールだと思うこと、その先には明るい未来だけがあると思うのは危ない。
俺は悲観的と思われる事が多いが、実は楽観的な部分もあると思う。でなければ今頃この世にはいないだろう。今悩んで悲観的な事ばかり考えるが、それは環境がそうさせたのかもしれない。しかし生きているという事、家族が円満でいることは楽観的でなければ得られなかった事のように思う。
全てはバランスの問題で、自分あった生き方なのかを冷静に判断する事こそが大事な事であると俺は思う。だから子供達にも別々の性格がある以上同じ道だけが正しいとは限らないと教えてるつもりだ。大事なのはその場所が自分いとって生きやすい場所かどうか。それは個人個人で違う。大きな成功を手に入れるためにリスクを背うことに耐えられるか、堅実な生き方をする事で精神が安定するか、それは個人によって大きく違う。
俺は遺伝子的に悲観的なのか楽観的なのか調べてみたいものだ。そしたら少しはこの先の進むべき道が見えるかもしれない。自分を知ることは自分の生きやすい道を選ぶ指標になるのではないか?数字で見れるものなら見てみたいものだ。