愚痴の続きになります。
昨日批判を受けた恋人からも批判が届きました。
簡単に言えば「性別違和を家事や育児が出来ない言い訳にするな」
「頑張ってる同じ境遇の人が同じように思われるのは腹が立つ」
とのことでした。
まあ正論で返す言葉もない。だから売られた喧嘩と思わず、ご意見として参考にさせてもらうという返事を書きました。今回はこちらも悪い部分もあると思ったので。
こちらでは本音を書きたい
普通に生きてる人だって頑張ってる人と頑張ってない人がいる。だから性別違和の中にも頑張れない奴がいてもおかしくないだろうと俺は思う。そんな立派な人ばっかりではない。出来ない奴はブログで話すぐらいしかない。なぜなら家庭を守るため近くの人には言えない。黙っていればストレスがたまる。それを少しでも和らげるのに書くことぐらいはいいのではないか?
出来のいい能力のある人だけがいいこと書いて終わりというのはおかしいだろう。俺は人を攻撃するような事は書いてないつもりだ。確かに性別違和を言い訳にしてる。でも実際それも一因であることは確かだと思う。俺のブログを読んでFTMはみんな努力もしないで何もしないってどれだけの人が思うんだ。気分が悪いなら読まなければいい。数多いブログが氾濫する中で、わざわざ読むのは珍しいだろう。
その人は「世界に発信してる事をお忘れなく」と。そんなこと言っていたら誰も何も書けないのでは無いか。俺は公人でもなんでもない。ただの引きこもりのニートのFTMだ。そんな俺が生きていくのにしていることが書くことだ。それを奪う権利は無いと思う。もちろん辞めるつもりもないし、弱音ばかりのブログは続く。でもそんな人間がいてもよくないか?今まで俺と同じ世間い適合できなかった性同一性障害の人で亡くなった人も多いだろう。俺は運があって生きている。出来のいい人のブログは沢山の人に読まれる。俺のはたかが知れてる。それを世界の人が、同じ境遇の人みんなこんな甘ちゃんで言い訳ばかりしてると思うのだろうか?
俺は二人の関係を批判したことは無い。実際はどうだろう?我が子を悲しませたのはそちらではないか?カムもして旦那がいてそれでも付き合うのは不倫だろう。子供にもばれただろう。それに落ち込んでるところを責めた人はいなかっただろう。
性別違和で「ワタシ」と書けること、本当にそうなのかと疑う。俺は公式の場以外で「私」と言えずどれだけ苦しんでるか。
人の事は言いたくない。ここなら誰の事かわからないだろう。だからここに書く。でもただの愚痴だ。ただ辛かっただけなんだ。嫌な事を書いてすいません。気分を悪くした方申し訳ない。俺はいっぱい傷ついた。だからあまり人を傷つけたくない。でも今回自分お腹に収められなかった。まだまだ器が小さい男だ。