陰謀論界隈では明治維新での天皇すり替え説がよく知られている。
僕は天皇家については詳しくないが、鎌倉時代に後嵯峨天皇の長男である後深草天皇と、その弟である亀山天皇の跡目争いに端を発し、その後朝廷は持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)に分裂。天皇の座をめぐって争う南北朝時代へと続いたところまでわかった。
このことについて調べて行くに連れ、ある興味深いことを知った。
この時代、南朝による天皇親政を目指して鎌倉幕府を破った後醍醐天皇には、北畠親房という公卿がついていた。
彼は【神皇正統記】という歴史書を書き、南朝の正当性を主張した人物だ。
そして、彼に強い影響を与えたのが、当時伊勢神宮の外宮で神官の職についていた度会家行という人物。
興味深いのは、朝廷の分裂が偶然かどうかはともかく、南朝と幕府に対立を起こさせたのは、歴史的には目立たない神職であったという事実だ。
度会家行という人物に影響を受けた北畠親房によって書かれた神皇正統記は、時代が下ってもなお影響し続け、水戸学などへ派生。尊皇攘夷思想が生まれてクーデターが起こった。
歴史上に起こった大きな変革の多くは、現体制と、それに反発する勢力の争いなのだが、反体制が生まれる前には、必ず現体制と異なる思想の形成が先んじてある。
僕らが学校教育で習う歴史というものは、「○○年に誰と誰が争った」というごく表面的なものだが、彼らの背後には、異なる思想を形成し両者の対立を促したフィクサーが存在する。
そして、彼らは歴史の表舞台には出てこない。争いの被害を被ることも無ければ、裁かれることもない。
ヒトラーの背後にいた霊的指導者然り、この手法は古代エジプトの支配体制に端を発している。
表面的にはファラオが君主として民を支配していたように見えるが、実際には彼の裏にいた神官たちが全実権を握っていたのだから。
ファラオを教育するのも、選任するのも全て神官の職務。彼らはファラオに政治的方向性を指南し、どのように民を支配するか、自分たちの持つ方向性に従うようにプログラミングしていた。
ロシアで人気を博しているアナスタシアという本にはこの事について詳しく記されているが、ここ日本における歴史的事象の裏にも、神官の存在があったのだ。