ドッピョのバドミントンブログ -108ページ目

ドッピョのバドミントンブログ

楽してスキルアップを夢見る脳みそピヨピヨ♪な日々を描く

m(_ _)m こんにちはっ

 

タイトルの件ね。

最近そんなことを考えています。

もっとスマートに、深みをもって美しくプレーできるようになりたい。

 

先日、お尻クラブに高校生くらいの男子が加わってたんだけど。

手投げノックの跳び付きプッシュで、ダァンッ!とか バチ=ンッ!とか。

体育館に鳴り響くような派手な音を鳴らして頑張っていた。

きっと強い子達なんだろうね。

 

ただ、なんだろぉ・・・その時に感じた妙な不快感。

鳴り響くその音には耳障り感があり、その床からくる振動は周囲へ変なストレスを撒いていた。

それで思い出した。 あぁ・・・これが足が鳴るってやつか・・・。

コートの端で着地なり踏み込みで、足を鳴らしてはいけないというやつ。

(悪い見本としてのね)

 

 

囲碁もそうなんだけど。

力強くても露骨な打ち回しというものは、たいていは上手くいかずに空回りする。

どういう訳か、良い手というものには何かしらの美しさと奥ゆかしさがあったりして。

一見、利益にならなさそうな美意識に走ったような手が、勝利へ繋がる正解だったりする。

勿論、そこには利益主義と理想主義のバランスがあったりはするけどね。

 

チョンウェイやリンダンが他の選手と一線を隔してたのもそこで。

自分がこの2人に惹かれたのも、プレーに必死さ?がなかったからです。

例えばプレー中にそれほど姿勢を低くもしないし。変な話、スポーツっぽくないんだよね。

バドは苦しいスポーツなんかじゃないよと、そう教えてくれてるようでもあった。

 

こういうのって、不思議といえば不思議なんだけど。

本当に強い人は動きも美しくて、プレーに苦労感がない?というか。

ガシガシしてないんだよね。ドン!とかダァン!とか耳障りな音もしない。

動きに変な角っちょもなくて、月並みな言い方だけど滑らかで自然な動きをしている。

何て言うか、プレーに露骨さ?そういうものがない。

 

一方で、ドンッ!とかダンッ!とかなってる人は、見ている者にさえストレスを与える。

試合動画も、見ていてこっちが億劫になるというか、映像だけで疲れてくるというか。

恐らく、それが不自然であることを人間は感じとってしまうのだろう。

そんなものばかり見てれば、バドミントンに苦行的なイメージを持つ人も出てくると思う。

でも、そうじゃない世界もあるはず。

 

 

星 『バドミントンとは・・・』 というお題についても、少し考えていました。

このスポーツで点が動くのは、相手コート内へシャトルを打ち返せなかった時のみです。

点が動いた時、人は感情に乗せてそれを様々に言い分けると思うけど↓

 

・打ち損じた。

・凡ミスした。

・決められた。

・狙い過ぎてアウトになった。

・ネットに引っ掛けた。

・運悪くネットインされた。

 

でも、これら全て 『 相手コート内へシャトルを打ち返せなかった 』 という一択の出来事。

その意味を辿っていけば、在るべきプレーも分かってくる。

↓基本方針はこの2つに集約されると思う。

 

① 相手が打ち返し難い球を打つ(相手にミスさせるために)。

② 自分が打ち返し難い球を打たせない(自分がミスしないために)。

 

バドミントンっていうのは、お互いの足の引っ張りっこなんだよね。

だって、シャトルを打ち返し損なった方が点を失うスポーツなのだから。

そう考えれば、ラリーの目的も ” いかに相手に先に打ち損なわせるか?”・・・が目的と分かる。

点を取る!っという概念など、そもそも無いんです。

 

当然、自分から点を取りにいく(決めにいく)という理屈は成り立たない訳で。

そこを理解していないから、決めようと点を取りに行って自滅することになる。

そもそも、点を取るという理屈に勘違いがあり。

 

先に21点を取ったほうが勝利するスポーツではなくて。

先に21回打ち損じた方が敗北するスポーツです。

スコアボードの数字は、失敗の回数をカウントしている数字。

 

ラインぎりぎりやネットぎりぎりを狙うのは、自ら進んで打ち損じにいく行為。

だから、エースショットで点を取りにいくなどという行為は、道理として通らない。

逆を言えば、こちらがノータッチになるような所を相手が狙ってくるなら大歓迎。

それでこっちがどれだけ点を失ったとしても、相手も同じくらい自爆してるはず。

 

結局、ぎりぎり狙いはトータルで相殺されて意味を成さないプレーとなる。

交互に打ち合うバドの特性上、意味のないことに機会を費やした側は結局負ける。

 

 

繋ぎ球がセンターに集まるのもそうしたことに理由がある。

相手のセンターに球を集めれば、そこからの返球は自コートの中央寄りを通るから。

だから、自分が打ち難くならない。

 

ショットの基本方針は2つで、相手を打ち難くさせることと、自分が打ち難くならないこと。

これらを要所で使い分けてラリーを考えていく。

当ブログ流に言うなら、相手のアビリティーを低下させ、自分のアビリティは低下させない。

両者のアビリティーに明確な差が生じた時に、ラリーは決する。

 

 

照れ 話に纏まりがないけど、もう一つw

美しいバドを目指す上で、フットワークの内足に今後着目していきます。

 

 

一般的に、床を蹴る時は外足が重要視されてると思うけど。

内足の重要性を感じる今日この頃。

 

外足で床を蹴ると、ガッ!ってなりがちなんだよね。

それは美しくない。

 

旋回ラウンドを行う時、内足のアウトエッジに荷重がかかるんだけど。

その時の感覚はまるでスケートのような、優雅な感覚があるんです。

車で例えるなら、外足のキックは押しの後輪駆動、内足による牽引は前輪駆動。

そうした感覚に近いかも。

 

”押し”よりも、”引き” に未知なる奥ゆかしさを感じる。

また、一般的に内足の効果はほとんど注目されていないと思う。

人が注目してない部分にお宝は隠されている?w

 

ニコニコ バドミントンはまだまだ未開の地が多いね。

人から見られた時に妙な不快さを感じさせない、そんなバドラーになりたい。

 

- おわり -