どっぽの独り言

どっぽの独り言

Youtuber活動日記+日々の何気ない事を書いていけたらと考えています。

在宅ワークは自由ではない。むしろ孤独という怪物に飲み

込まれる働き方である。

 

在宅ワークは自由で快適という印象が強いが、実際に始め

てみると最初に襲ってくるのは自由ではなく孤独である。

朝から夜まで誰とも話さず、気づけば自分の声を聞いたの

は挨拶の一言だけという日が続くと、人は自分の存在が薄

れていくような感覚に陥る。

 

多くの在宅ワーカーが最初に直面するのは仕事の難しさで

はなく、静寂の重さである。

 

人間は誰かに見られていることで安心する生き物である。

会社に通っていた頃は、挨拶や雑談が自然に発生し、成果

を出せば褒められ、困れば相談できる環境があった。

 

しかし、在宅ワークではそのすべてが消える。成果が見え

づらく、誰にも評価されず、相談相手もいない状況が続く

と、自分の仕事が正しいのかどうかすら分からなくなる。

孤独は静かに、しかし、確実に心を削っていく。

 

一般的に孤独を和らげる方法としては、オンラインコミュ

ニティに参加することが挙げられる。同じように在宅で働

く人々と交流することで、悩みや不安を共有でき、精神的

な支えとなる。

 

また、自宅以外の場所で作業することも効果的である。カ

フェのように人の気配がある場所に身を置くことで孤独感

が薄れ、気分転換にもなる。

 

さらに、SNSで日々の作業内容や気づきを発信すること

も孤独の軽減につながる。他者からの反応があることで、

自分の行動が誰かに届いているという実感を得られ、在宅

ワーク特有の閉塞感を和らげることができる。

 

しかし、これらの方法だけでは孤独を完全に消すことはで

きない。孤独の正体は単に人と話していないことではなく、

自分の存在が誰にも届いていないと感じることである。

 

SNSに投稿しても反応がなかった時や、チャットツール

の通知が一日中ゼロだった時、人は自分が世界から切り離

されたような感覚に陥る。これは多くの在宅ワーカーが経

験している現実である。

 

ただし、孤独は悪者ではない。むしろ孤独は在宅ワーカー

にとって最強の武器になる。孤独な時間は集中力を最大化

し、アイデアを生み出し、自分の価値観を明確にする力を

持っている。

 

他人に振り回されず、自分のペースで仕事に没頭できる環

境は、会社員では得られない大きな利点である。孤独は人

を弱くするのではなく、使い方次第で人を強くする。

 

実際に孤独を味方にした人々は成果を出している。孤独な

時間にブログを書き続けた結果、月間一万PVを達成した

という声がある。また、誰にも邪魔されない環境でスキル

が急速に伸びたというフリーランスもいる。孤独な時間が

自分の強みを見つけるきっかけになったという例も多い。

 

在宅ワークの孤独は避けられない。しかし、避ける必要は

ない。孤独はあなたを閉じ込めるものではなく、解放する

ものである。孤独を恐れず、孤独を使いこなすことこそ、

在宅ワークを成功させる鍵である。

 

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日本の仕事始めが「1月4日」に固定されているのは、明治

政府の都合を現代人がいまだに押し付けられているからであ

る。日本人が毎年のように1月4日前後に仕事を始めるのは、

働き方改革でも企業文化でもなく、明治時代の行政判断とい

う歴史の残骸に、現代の労働者全員が従わされているからで

ある。

 

 

つまり、私たちの年始のリズムは、自分たちで選んだもので

はない。150年前の政府の都合が、いまだに日本社会を支

配しているのである。

 

官公庁の休暇は法律で決まっている。行政機関の休日に関す

る法律によって、年末年始の休暇は12月29日〜1月3日

と定められている。

 

よって、官公庁の御用始めは自動的に「1月4日」になる。

民間企業の多くは取引先との整合性を保つため、この日付に

合わせざるを得ない。ここまでは一般的な説明である。

 

しかし、問題はここからだ。この制度の原型は明治6年の太

政官布告にまでさかのぼる。旧暦から新暦へ移行する際、政

府が勝手に決めた年末年始の休暇が、ほぼそのまま現代に残

っているのである。

 

つまり、現代の日本人は明治政府が作ったカレンダーの上で、

いまだに踊らされているということだ。

 

一般的には「日本は正月をゆっくり過ごす文化だから仕事始

めが遅い」と語られる。確かに、元日は休む日、2日は初売

りや初荷、3日は家族と過ごす日という文化は根強い。

 

しかし、この説明は半分しか正しくない。実際には、文化よ

りも制度のほうが圧倒的に強い力を持っている。たとえば、

欧米では元日だけ休んで2日から通常業務が一般的である。

 

文化の違いと言われがちだが、実際には官公庁が1月4日に

動く⇒民間も合わせる⇒社会全体がそのリズムに固定される

という制度主導の連鎖が起きているだけである。

 

SNSでも次のような声が多い。なんで4日からなのかと思

っていたが、法律で決まっていたとは知らなかった、うちは

5日始まりだが、結局4日から取引先が動くのでメールが溜

まるだけだ

 

つまり、私たちが当然だと思っている年始の働き方は、文化

でも企業の自主判断でもなく、制度が作った強制的な常識な

のである。

 

日本の仕事始めが「1月4日前後」に集中するのは、日本人

がそう望んだからではなく、制度がそう決めたからである。

 

そして、その制度は明治政府が作った枠組みをほぼそのまま

引き継いでいる。私たちが毎年のように正月ボケが抜けない、

もっと休みたいと感じるのは、文化ではなく制度の問題であ

る。

 

もし日本の働き方を本気で変えたいのであれば、変えるべき

は人々の意識ではなく、明治時代から続く制度そのものであ

る。1月4日という日付は、単なる慣習ではなく、歴史の呪

縛である。

 

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新年あけましておめでとうございます。旧年中は格別にご贔

屓を受け賜わり・・・は、さておき小言www

 

 

他人の得が自分の損に見える病──中流階級思考があなたの

幸福を奪う?他人の成功を叩く人は、実は自分の幸福の首を

自分で締めているだけだ。

 

しかも、その思考は、昭和の頃に形成された横並び中流階級

幻想にいまだ縛られたまま、時代だけが先に進んでしまった

状態だ。

 

本来、誰かが得をしても自分が損をするわけではない。 しか

し、自分は得していないのに、あいつだけ得をするのは許せ

ないという心理が働くと、人は他人の幸せを攻撃し始める。

 

心理学ではこれをスパイト行動と呼び、最終的に損をするの

は攻撃した側だとされている。

 

たとえば、橋本環奈がミリオネアで1000万円を獲得した

時、芸能人じゃなくて一般人に取らせろ、お前の1000万

円は庶民の100円だろといった声がSNSで飛び交った。

 

しかし、彼女が賞金を得ても、誰かの財布から100万円が

抜かれるわけではない。にもかかわらず、怒り出す人がいる。

 

同じ構造は、某飲食チェーン店のおかわり無料サービスが停

止した時にも見られた。私たちはおかわりしないのに、あい

つらだけ得をするのは不公平だ──この声が原因の一つとさ

れている。

 

得をしない人が損をしているわけではないのに、他人の得が

許せない。これはまさに、昭和の「みんな同じであるべき」

という中流階級的価値観の亡霊だ。

 

SNSでも他人の成功を見るとイライラする、自分が得して

ないのに、他人が得するのはムカつくといった声が散見され

る。

 

だが、こうした思考は自分の幸福度を確実に下げる。実は他

人の幸せを素直に喜べる人ほど、人生の満足度が高い。

 

なぜなら、他人の成功を脅威ではなく、刺激として受け取れ

るからだ。逆に、他人の得を妬む人は、常に「誰かが得して

いないか」を監視し続けることになる。

 

これは精神的に消耗するだけで、幸福から最も遠い生き方だ。

そして何より、他人の成功を叩く人は自分の人生を他人基準

で生きているという致命的な問題を抱えている。

 

結局のところ、他人の成功を叩く人は、自分の幸福を他人の

動きに依存させてしまっている。そんな生き方では、どれだ

け頑張っても満足感は得られない。

 

だからこそ、今こそ言いたい。人の幸せを素直に喜べる人し

か、幸せにはなれない。そして、他人の得を妬む中流階級的

思考にしがみついている限り、あなたの人生はずっと「誰か

の成功に怯えるゲーム」のままだ。

 

そのゲームから降りた瞬間、初めて本当の幸福が見えてくる。

 

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精霊サンタはプレゼントを持ってこない、贈るのは記憶だっ

た。サンタクロースが届けるものは、実は「物」ではない。

 

本来のサンタは、記憶・感情・体験といった目に見えない贈

り物を届ける存在である。つまり、クリスマスの本質は「プ

レゼント」ではなく「記憶の演出」にある。

サンタクロースの起源は、キリスト教の聖人ニコラウスだけ

でなく、北欧神話のオーディンやゲルマンの民間信仰など、

複数の文化にまたがっている。

 

その中でも特に興味深いのが、北欧やゲルマンの伝承に登場

する「冬の精霊」としてのサンタ像である。この精霊サンタ

は、森の中から現れ、静かに人々のもとを訪れる。彼が持っ

てくるのは、物理的な贈り物ではなく、冬の記憶、家族との

時間、心に残る体験など、人間の内面に深く刻まれる記憶そ

のものである。つまり、サンタは記憶を贈る精霊として描か

れていたのである。

 

現代のクリスマスでは、サンタ=プレゼントをくれる人とい

う認識が一般的である。

 

子どもたちは欲しいおもちゃを手紙に書き、親はそれをこっ

そり用意して枕元に置く。この行為は、物を通じて喜びを演

出するための儀式となっている。

 

たとえば、子どもの頃にサンタがくれたゲーム機が人生で一

番嬉しかったという記憶を持つ人は多い。また、クリスマス

の朝にプレゼントを開けた瞬間の記憶が今でも鮮明に残って

いるという声もある。

 

さらに、親がサンタになっていたと知ったとき、少し寂しか

ったが、それも大切な思い出になったという人もいる。これ

らの声が示すのは、プレゼントそのものよりも、それを受け

取った瞬間の記憶が人の心に残るという事実である。

 

では、もしサンタが「物」を一切持ってこなかったら、それ

でも人はクリスマスを特別な日として記憶するだろうか。

 

実は、答えは「イエス」である。 たとえば、戦時中や貧困地

域では、プレゼントがなくても「家族と過ごした時間」「ろう

そくの灯り」「雪の静けさ」などが、かけがえのない記憶とし

て語り継がれている。

 

また、近年では物を減らすクリスマスや体験を贈るクリスマス

が注目されており、プレゼントよりも一緒に料理を作る、夜空

を眺める、手紙を書くといった行為が重視されている。

 

つまり、サンタが「物」を持ってこない世界でも、人は記憶を

通じて幸福を感じることができるのである。

 

SNSやフォーラムでは、子どもに物を与えるより、一緒に過

ごす時間を大切にしたいという声が多く見られる。また、プレ

ゼントよりも、毎年恒例のクリスマスの過ごし方が記憶に残る

という意見もある。

 

さらに、サンタは記憶の演出家だと思う。物はそのための小道

具にすぎないという投稿もある。こうした意見は、精霊サンタ

の哲学と一致している。

 

つまり、サンタが本当に贈っているのは記憶であり、それを受

け取る人の心の中にこそ、クリスマスの本質がある。

 

サンタクロースは、単なるプレゼント配達人ではない。 彼は記

憶を贈る精霊であり、その存在は人々の心に冬の魔法を刻むた

めにある。

 

物がなくても、演出がなくても、誰と過ごしたか、どんな空気だ

ったか、何を感じたか──それこそが、サンタが届ける本物の贈

り物なのだ。

 

だからこそ、今年のクリスマスは、何をあげるかではなく、どん

な記憶を残すかを考えてみてほしい。あなたにとって、忘れられ

ないクリスマスとは何だったか。 ぜひその記憶を語ってほしい。

それが、精霊サンタの贈り物を受け取った証になる。

 

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日本人は知らぬ間に操られていた!クリスマスイブが恋人の

日になった本当の理由。日本のクリスマスイブが恋人の日と

して定着した理由は、文化でも宗教でもなく、企業が仕掛け

た広告戦略によるものである。

人々が当然のように信じている「恋人と過ごすべき特別な夜

」という価値観は、自然発生したものではなく、消費を促す

ために作られた物語である。

 

本来、クリスマスはキリスト教の祭りであり、欧米では家族

と過ごす日である。恋人と過ごす文化はほとんど存在しない。 

 

では、なぜ日本だけが「恋人の日」として独自の進化を遂げ

たのか。答えは昭和後期から平成初期にかけての広告業界に

ある。バブル期の企業はクリスマスイブを特別な夜として演

出し、恋人向けの消費を促すためのキャンペーンを大量に展

開した。

  • ホテルの「クリスマス限定宿泊プラン」

  • ジュエリー業界の「恋人に贈る指輪」広告

  • レストランの「イブは予約必須」戦略

  • ドラマが描くロマンチックなイブの演出

これらが連鎖し、国民の意識に「恋人と過ごすべき夜」とい

うイメージが刷り込まれていったのである。

 

一般的に、日本ではクリスマスイブは恋人と過ごす日とされ

ている。 街はイルミネーションで輝き、レストランは満席、

ホテルは満室。SNSにはカップルの写真が並び、テレビで

は恋愛ドラマが再放送される。しかし、ここで疑問が生まれ

る。

 

なぜ日本人はここまで「恋人と過ごすべき」と感じるのか。

 

その理由の多くは、広告が作り出した「特別感」にある。昭

和後期のジュエリー広告は「恋人に指輪を贈るのが大人の証」

と繰り返し訴えた。

 

ホテル業界は夜景の見える部屋で過ごすイブを理想像として

提示した。ドラマはイブに告白する、イブにプロポーズする

といった演出を繰り返し、視聴者の感情を誘導した。その結

果、イブに予定がないと寂しい、恋人がいないと負けた気が

するという空気まで生まれてしまった。

 

しかし、ここに大きな逆説がある。 実は、恋人とクリスマス

イブを過ごす日本人は、世界的に見れば極めて少数派である。

欧米では家族と過ごすのが一般的であり、恋人イベント化し

ている国はほとんど存在しない。 

 

つまり、日本の恋人イブ文化は世界基準では異例であり、む

しろ例外的な現象である。さらに近年では、若者の間で価値

観が変化しつつある。イブは一人で過ごす方が気楽である、

友人と鍋を囲む方が楽しい、恋人と過ごすべきという空気が

重いといった声が増えている。

 

SNSでもイブに仕事している方が気楽である、恋人と過ご

す文化はもう古い、広告に踊らされていたと気づいたといっ

た投稿が目立つ。つまり、かつて企業が作り上げた価値観は

すでに揺らぎ始めているのである。

 

街の声を拾うと、次のような意見が多い。

  • イブに無理して予定を入れる必要はない

  • 恋人と過ごすのが普通という感覚に違和感がある

  • 家族とケーキを食べるだけで十分に幸せである

また、ホテル業界からは「クリスマスよりハロウィンの方が

売上が伸びる」という声も出ており、価値観の変化が数字に

も表れ始めている。つまり、恋人イブ文化はすでにピークを

過ぎ、別の形へと移行しつつあると言える。

 

結局のところ、日本のクリスマスイブが恋人の日になった理

由は、文化でも宗教でもなく、企業が作り上げた広告戦略に

よるものである。

 

そして、その価値観は今まさに変化しつつある。これからの

クリスマスイブは、恋人と過ごす必要も、無理に予定を作る

必要もない。 自分が心地よいと感じる過ごし方を選べばよい。

それこそが、本来の「特別な夜」のあり方である。

 

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