札幌で朝、出勤前に欠かさず見ているのが
名作劇場 小公女セーラの再放送だ
小学生のころ、涙、涙で見ていた
だけど、今は別の視点で見ている
時代背景を中心にだ
舞台は大英帝国時代のイギリス
セーラの父はダイヤモンドや金鉱山をインドで
採掘する会社経営者かオーナーという設定
その共同経営者に父が騙され
セーラの人生が一転、不幸になる
まあ、結果を考えれば(ダイヤモンド・クイーン)
これぐらい、人間、不遇な時期があってこそ
成長するのかもしれない
問題はインドだ
当時のインドはイギリスの植民地であり宝の山
香辛料に始まって鉱物、奴隷‥‥と盛りだくさん
搾取に次ぐ搾取の構造は
今の米国と中東の石油の関係に似ている
もっともインドも第二次大戦後、独立し世界の大国に
なろうとしている
中東も米国の言いなりにならないように変化しつつある
英国、米国と覇権を極めた国の栄華は
結局、いつまでも続かないというわけだ
考えてみれば
セーラの涙もかわいそうだったが
この時代、英国の繁栄の裏で泣いていた
インド人たち征服されていた人たちの
涙に比べれば、幸せだったのかもしれない
ただ、それでも泣いてしまう自分
単に不幸な女に弱いという説もある