忘れないために書き残したい。 | ドーピングベアのブログ

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初めてお目にかかります。

初ブログですが少し生々しいと思うので弱い方にはお勧めしません。


弟死前後の出来事は追って書いていくつもりです。


家族構成は両親が永続別居みたいな状況で兄弟3人いるんですが仕事の都合で父方と母方に別れて暮らしていました。

ちなみに弟は父方の方で親父と二人で暮らしたました。


ここからは


2012年4月4日に起こったこと。

を出来るだけ忠実に書いていきます。


自分は前日つまり3日から4日にかけての夜勤でその日は春一番なのか3日位風が強くまだ東北は雪が横殴りで飛んでくる天気でした。


夜勤が終わり家に帰ってきたのが深夜1時位だったと思います。

洗濯やらご飯の支度、明日の仕事の準備をして5時位には寝たと思います。

この頃は仕事も忙しく毎日残業で心身共にクタ②でした。


そして起きたのが14時過ぎでした。

なぜかいつもより少し早く起きてテレビを見ながらボーとしていました。

そしたら稀に夕方酔っ払った時にしか連絡のこない親父から着信がありました。

「こんな時間になんだろう・・・・?」

と思い電話にでました。

するといきなり

親父「●●死んだ。」

とだけ・・・・・

自分「え?マジ?」

親父「いいから早く来い!」

自分「わかった。」

とだけ・・・で急いで電話を切り・・・

丁度姉も会社が休みで家にいたので

自分「さっき親父から電話きて●●死んだって・・・」

姉「なんで?母ちゃんには伝えた?」

自分「いや、まだだけどとにかくいくぞ!!」

あと職場にも連絡を入れて寝巻きのまま姉を引っ張り出して家を出ました。


そして親父の家は大体高速道路で1時間半位の所にあるので車を走らせて行きました。

その車内で母親に姉が連絡を取り軽いパニック状態のまま勿論安全運転で家に着きました。


そこには物々しいパトカーと警察と弟の仕事場の上司、それと親父が玄関で状況確認の為か色々書いていました。

話していたんですがその時はまだ生きて居るんだろうと・・・

これなんかのドッキリだろうと思い

自分「弟にあえますか?」

警察「今検証中なので少しまってください。」

と言われ玄関を出て庭先で一服しました。

そしてから玄関に戻り弟の詳細を聞かれて答えていきました。


そして警察も少なくなり・・・

親父が玄関で対応してる間にもう一人の警官に

「検死も終わりましたので来て頂けますか?」

と言われて見覚えのある座敷に通されるとそこにはすっぽりとタオルケットが掛けられている人の様な形がありました。

それを見て警官が

「服とか着せてあげてください」

とだけ・・・

あたふたと弟の部屋に服を取りにいきました。

そこには少し前にあげた俺の服やら自分の服が散乱していました。

なので見覚えのある自分のお古を手に取り持っていき、

姉と涙を滲ませながらそのタオルケットを取りました。


そこには見覚えある少し黒い弟の顔と首にはベルトのバックルと分かる位ハッキリとしたアザがありました。

あまりのショックで

「起きろよ!」と言って叩いた気がします。

多分その後泣き崩れました。

何時間泣いたんですかね・・・?

気付いたら外は暗くなっており姉に

「いいから寒いだろうから服着させてよ。」

の言葉で服を親父と着させる事になりました。


死んでも男なんだし!

とその時は思い、姉貴には離れる様に伝え下着だけは着せましたが冷たく、スーパーで売られてる肉の塊(表現不適切ですがそう思ったんで。)みたいになってしまった足、腿をみてなぜかどんどん涙があふれてきました。

なんで俺をいつか看取るはずのお前を俺が看取らなきゃならないんだよ・・・・

とずっと思っていました。


そして母親も来ると言ったのですが運転に自信がなくこの状況なんで自分は母親を迎えに一旦帰ることになりました。


母を連れてきてひと段落して弟の携帯を取りに部屋へ行ったら携帯がピカピカと着信を知らせていました。

それはいつも遊びに帰って来ると必ず遊んでた弟の幼馴染からでした。

そしたらすぐに俺の携帯も鳴りました。

その幼馴染からでした。

弟友人「ねぇ・・・・●●死んだのか?」

とボロボロになった声を聞いて自分もまたボロボロになりましたがなんとか

「うん・・・そうだよ・・・」

とだけなんとか伝えれました。

27歳でこんなに声出ない位泣いたのはいつ以来だろう・・・

そして気付いたら葬儀屋が来ていて色々説明をされました。


そのあたりで弟が世話見てあげてた従兄弟達も到着して自分は今後の事について長男なので親父や落ち着いた母親と話してる時に座敷で泣いてる声が凄く聞こえましたがみんな泣いてたら駄目だと出来るだけ違うことを考える様にしていました。

これが現実だと実感も無かったのかもしれません。


その日は従兄弟が弟の隣に抱きつくように泣きつかれて寝ていたようなきがします。


自分はなんか近くで寝れなかったので両親に

「傍で寝てあげて!」

と譲りその日は寝れなくて夜勤終わりの同僚に連絡して飯を朝方まで付き合ってもらい朝方みんなねてる父方の家に帰り弟の遺影にタバコ1本挿して一服し眺めながら寝ました。