次の日、もう体調はよかった。私は点滴をかかえて、売店に向かった。タバコが吸いたかった。さりげなく、他の部屋を見ると、マル夫君のお母さんだろう、ワーワー泣いていた。マル夫君は天井をぼんやり見ている。
猫侍君のところには、友人だろうか、3人ほどきて話し込んで、笑っている。猫侍君がマル夫に話しかけた。何かアニメの話題らしい。マル夫君も何かを言う。そういえば、マル夫君っておたくっぽい。話が合うのかも。友人になれるといいなあ、私は思った。
隣の部屋には、旅人さんとピノ子ちゃんがいる。意外なことに、一人身とおもっていた旅人さんには家族がいたようだ。とりとめもない昔話に花を咲かせている。
ピノ子ちゃんには誰もきていない。さびしそうに外をみていた。
私は部屋に入ると声をかけた。
「ピノ子っち」
「ああ、ドキンさん」
そういえば・・・私は思った。私たちは本名を知らないのだ。だから、はたからみれば、おかしなあだ名で呼び合っている、子供みたいだ。
「大丈夫」
「うん・・・残念だった」
ピノ子ちゃんの顔はひどく曇ったままだった。明らかに死ねなかったことを悔やんでいるのがわかった。
「そう」
ピノ子ちゃんはきっとまた、同じことをするだろうと思った。
そして、誰も見舞いにきていないことからもわかるけれど、きっと孤独なのだ。
家族は彼女に興味をもっていないのだ。そう思うと哀しくなった。そして、あどけなさが残るピノ子ちゃんが哀れで仕方なかった。
そこにどやどやと人の群れが。誰だろう?
「あ」
ピノ子ちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「はは、生きてる、生きてる」
小柄な女子高生くらいの女の子が言う。友人のようだ。
「あーあ、バカなことした。何で私が、ピノ子のために・・・」
「まあまあ」
そういったのは30くらいの人当たりのよさそうな丸刈りの男だった。
「本当だよ、迷惑そのもんだ」
陽に焼けて背の高い男が言う。二枚目で、役者でも通じるような男だ。
「悪魔さん、こんなこといってるけど、死のうとしてるのを知って助けようっていったの彼だから」
20代中盤の化粧が結構、派手な女がいう。香水がきつめだ。
「言わなくていいんだよ!」
「まあまあ」
丸刈りの男がとりなしている。
彼らがいれば何とかなるかもな、私は思った。
「じゃあ、ピノ子ちゃん、またあとで、話そうね」
私も何かできるかもしれない。
私は部屋を後にした。
その隣では一人、名無しさんがベットの上で半身になって、座っている。
彼女が通報してみんな助かったらしい。
お礼を言おうと彼女に近づいた。
「あの・・・」
「よかった、無事だったんですね!」
名無しさんはとても元気がよかった。
「あの、ありがとう、あなたのおかげで私生きてるよ」
「いいえ、私はお礼を言われるようなことはしてません。それより、いづれ、謝罪のメールが届くと思います。どうか許してほしいんです」
「そんな・・・あの、よければ、名前を」
「ええ、私は妙恵っていうんです・・・説明するのは難しんですが、安子に代わってあやまります」
名無しさん・・・妙恵さんは頭を深々と下げた。
「いや、気にしないで。よければ、あとでまた話しませんか」
「もちろん、私でよければ」
妙恵さんは正直よくわからない。突然現れて、通報して、結果的に私たちを救ってくれた。
まあ、いづれ、色々わかってくるだろう。
私は首をかしげつつ、部屋をあとにして、売店に向かう。
タバコをかって、入口の喫煙室に。
やけにおいしかった。生きてればこそだな・・・私はしみじみ思った。
透明のガラス張りの場所だから、部屋の外は丸見えだ。
旦那と娘が通ったので、私は手を振った。
昨日、遠慮していた娘は私に飛び付いた。私はぎゅっと抱きしめ、抱っこする。
旦那が止めようとしたが、私は大丈夫といった。
つくづく私はバカだなと思った。大事なものをおろそかにして、欲望に取り付かれていたのだ。近くある大切なものを見失っていたのだ。
私は心から思った。
今度絵をかこう。子供と旦那と私の絵をかこう。それが一番大切なものなんだから。大切ものはすぐ近くにある。みんなあるのに気づかないだけなんだよね。
END