1階受付。
「モウシワケアリマセンガ、モウ手遅レデス」
「なに、そんなこというと、ぶち壊すぞ! レベッカは患者ではないんだ!」
鉄郎は実体のない声に向かって叫んだ。
「ヤメテクダサイ。コノ星ハ、巨大ナ病棟デス。オ客様モ、余計ナコトニ、首ヲ突ッ込マナイデ、早クカエッタ方ガ身ノタメデス」
「なにを、コンピューターめ!」
鉄郎は、腰から銃を抜くと、声の方に向かってぶっ放した。
低いうねるような銃音とともに、圧縮された赤い閃光のレーザーが銃口から放たれ、壁に穴をあけた。
「オヤメクダサイ!」
「じゃあ、レベッカが、どこにいるか言うんだな!」
「ソレハ言エマセン」
「なに!」
「レベッカサンハ、オソラク、今ゴロ薬漬ケニナッテイルデショウ。ソシタラ、ココカラ出ラレマセン。トイウヨリ、離レルコトガデキナクナルデショウ」
「うるさい! もう一発喰らわされたいかっ!」
鉄郎が再び、銃口を向けた。
「オヤメクダサイ!…デワ、25階ニ行ッテクダサイ。ソコカラ上ニ、医者ガイマス。タダシ、ドウナッテモ知リマセンヨ」
「25階だな!」
鉄郎は、一目散にかけ出した。
25階。そこから上は診療エリア。大病棟の各棟に通じている。全棟から、人が集まるため、待合室は、患者がごったがえし、気の遠くなるような待ち時間を要される。
備え付けの椅子も、ぎゅうぎゅうに人が座っていた。無言の中に、人いきれが充満し、温度が上がるため、クーラーが恐ろしいほど強力にかけれら、寒いぐらいだった。
ほとんどの患者は、部屋で眠るか、ここで診療を受けるまで、待ち続けるという暮らしをしていた。
「レベッカ!」
「患者様、受付をされなければ、診療はできません。ただ今の待ち時間は27時間25分です」
「うるさい、僕は患者じゃない!」
機械看護婦の言うことは、鉄郎には全く関係なかった。呼び止めるのを、無視し、受付の脇をすりぬけ、ドアで区切られた診療エリアに入った。
「何だ、これは」
ずらー・・・。
人が一列に並んでいた。並みの長さではない。ジグザグになりながら、部屋の前で列を作っている。その群れが、いくつも、いくつもあった。
群れは、他の階と同じように、隣り合った、診療所の前にできていた。群れは奥までずっと続いており、奥は、遠くで見えなかった。
鉄郎は列を無視して、一番近い診療所に入った。
患者はよどんだ瞳を鉄郎に向けるだけで、何も言わなかった。
「レベッカ!」
中は、意外に広くなっていて、ガラーンとしている。人口密度が濃い場所に馴れたていたので、三半規管が少しおかしくなるような、錯覚を覚えた。その部屋の奥に、白衣をきた、ニコニコと気持ちが悪いほど笑顔でいる医者が座っていた。この部屋にも、もちろん、アカヒゲの肖像画が、仰々しい漆塗りの額縁でかかっていた。
「次の方、どうぞ」
医者が言うと、両脇にすっと、突然、機械看護婦があらわた。
「あ」
そして、鉄郎を挟むと、両肩をかかえ、無理やり、医者の前の椅子に連れて行かれた。
「どうも、こんにちは」
医者が言った。
鉄郎はすぐにわかった。この医者は、見た目こそ、満面の笑みをたたえているが、目はまったくといっていいほど、笑っていないのだと。
「やめろ、僕は患者じゃない!」
抵抗する鉄郎を、看護婦は、無理やり床に、頭ごと押しつけた。
医者は、鉄郎の様子を見ると、まるで光を拒絶しているように、目じりがさがった、細く閉じそうな目のうち、右目だけ、突然、大きく広げ、また、すぐ、閉じてみせた。
「これは、珍しい。こんないきのよい患者がまだ、いたのですね。わかった、薬がきれてしまったのかな。どれ、口を開けて、これを飲むと、気が楽になるから」
医者は、白い手袋をしたまま、おもむろに、脇にある机の棚をさぐり、二番目の棚から、カプセル薬を出した。
「さあ、口をあけなさい」
頭をおさえつけてくる、機械看護婦が、口を無理やりあけようとした。
「よせ!」
鉄郎はありったけの力を振り絞ると、看護婦を突き飛ばした。
「ふーむ、この患者は、どうやら被害妄想症に、機械化症候群を併発しているな。重度の患者のようだ」
「ふざけるな、ヤブ医者め! 勝手に僕を病人にするな!」
鉄郎の罵倒にも、医者は眉ひとつ動かさない。
「ほう、私がヤブ医者だとすれば、君はヤブ患者だな」
「なに!」
「ここは、患者が医者を選ぶんじゃない。医者が患者を選ぶんだよ。そして、医者に逆らうものは、薬が手に入らないのだ」
「薬なんているか! お前みたいな悪い医者がいるから、みんなおかしくなるんだ。薬なんかで、人の気持ちをすくうことなんて、できないんだ!」
「ふーむ、この患者は、他にも、自分を何か特別な人間だと思い込む、やっかい極まりない精神病を併発しているな」
「うるさい、それより、レベッカはどこだ!」
医者は、胸の中に手をいれると、何かを押した。そのとたん、ビーと、けたたましい、非常ベルが鳴った。すると、食堂に現れた、あの機械看護士の一団が現れた。鉄郎は、素早く腰から銃を抜くと、躊躇なくぶっ放した。看護士の足元に、火花が散った。
看護士は立ちすくみ、じりじりにらみ合いになった。
「教えろ! さもないと、あんたを撃つ!」
鉄郎がきらりと光る銃口を医者に向けた。
「わかった、わかった、居場所を教えよう」
「どこだ!」
医者は、立ち上がると、鉄郎から距離をおいた。すると・・・突然、上から、鉄格子のおりが、鉄郎の上に落ちてきた。
「くそ!」
無念そうに、鉄郎が鉄格子を握って揺らしたが、びくともしない。そうするうちに、看護士のスタンガンが鉄郎の首をとらえた。
ガガガガ・・・スタンガンの耳につんざく音とともに、電撃が鉄郎を襲った。
「うわあああ」
鉄郎はしびれて、気を失ってしまった。
6
「ふむ、これはまた、ずいぶん威勢のいい人間ですな」
「それにしても、人間というより、猿のようですな」
「ハハハ・・・この人間は、ずいぶん、重い精神の病にかかっていますから、二度と、再発しない様に念入りに手術しましょう」
「そうですね・・・それで、こちらの、女の方はどうしますか?」
「この女は、薬を充分に与え、経過観察としましょう」
医者の声に、鉄郎が目を覚ました。ライトの光が目に飛び込んできて、思わず、目を一度閉じた。身動きはとれない。あおむけに寝かされ、手足を拘束されていた。隣には、気を失っているレベッカがいる。
「レベッカ!」
レベッカは、短ズボンにピンク色のTシャツという姿で、やはり、同じように手足を拘束されていた。
ここは、手術室だった。分厚いガラスで覆われ、その周りに、不気味な笑みをした、白衣をきた数百人の医者が手術室の様子をみていた。手術室の中では十人ほどの医者が、マスクをはめたり、ゴム手袋をはめたり、手術の準備をしていた。
「驚いた、このがに股男には、麻酔はろくに効かないらしい」
「うむ、まあ、面倒くさいから、麻酔せずに、手術してしまおう」
医者たちはそういうと、腰のあたりにひらいた手のひらを、天井に向けた。
「ドクターアカヒゲ。これより、手術を始めます」
天をあおぐように、鉄郎を見た医者が言った。
「うむ、始めなさい」
手術室に声が響いた。威厳と格調を備えた声だった。声の主は、大病棟の大院長、アカヒゲだった。
「偉大なるドクターアカヒゲ。この男は、あまりに重大な病気を抱えています」
「うむ、その通りだ。その男は直接、頭を切開し、脳に治療を施すのが良いだろう」
「わかりました、ドクターアカヒゲ」
「早くその男から、悲しみ、絶望、不安・・・苦悩の源すべてを取り除いてやりなさい」
「女の方はどうしますか?」
「その女は、濃度の濃い、薬をうって、様子をみることにしなさい」
ウィーン・・・・
アカヒゲの言葉が合図になって、
金属がこすれあう、不気味な音が、耳をつんざいた。鉄郎の頭の近くには、円を描くように回転する電気のこぎりが、向けられていたのだ。
「やめろ、やめろ!」
「大丈夫・・・この手術の後は、永遠の安らぎが君に訪れるのだ」
のこぎりが、鉄郎に迫ってくる。手を動かそうにも、足を動かすにも、どうしようもなかった。となりでは、気を失ったままのレベッカの腕に、緑色の液体の入った注射が差し込まれようとしている。
なおも近づくのこぎり。鉄郎の体から、汗が噴き出した
「やめろー! アカヒゲ! これが、あんたの目指すやり方なのか!」
のこぎりが、鉄郎のこめかみを切り裂こうとした。鉄郎は、目を閉じた。
その時だった。
ウウウウウ…
昼間になった、サイレンの音が鳴り響いた。すると、どうだろう。医者達の手の動きが止まるのと同時に、電気のこぎりの回転も止まった。そして、医者たちはマスクをはぐと、薬を飲みだした。ここでは、医者もまた薬に支配されていたのだった。薬をむさぼるように飲むと、再び、医者はのこぎぎりを、起動させた。
「さあ、手術再開だ」
医者はどんよりとした目を向け、白い薬がまわりについた口をニヤリとしてみせた。
しかし、再び、サイレンが鳴る。
すると、やはり、医者は、薬を飲み始めた。
「ど、どうなってるんだ」
「鉄郎!」
レベッカが目を覚ました。
「レベッカか!・・・大丈夫か!」
「まあ・・・でも、この状況だよ」
レベッカが、拘束された腕と足を見て、力なくいった。
その間もサイレンが繰り返し、鳴り続けた。そうするうちに、意外なことがおこった。
拘束しているベルトが、引っ込み、二人は自由になったのだ。
「どうなってるの」
「レベッカ、早く逃げよう」
「ま、ま、まて・・・ごほっ」
粉薬が医者の口から吹き出す。
医者達は、薬を飲みすぎ、その場に泡を吹いて倒れこんだ。
手術室のドアが自動であくと、倒れこむ医者の群れの中にあの女が立っていた。手には鉄郎たちの服があった。
「シス!」
「ぼうやにおじょうちゃん、無事だったのね」
シスから、帽子や服を受け取ると、二人は急いで身に付けた。
「あなたが、助けて・・・」
鉄郎が言い終わらないうちに、シスは瞳の奥を悲しげに、それでいて、怒ったように震わした。
「愚かな星・・・人が薬に支配される星。よくみておくのよ。・・・使命を忘れた傲慢な医者達のすがたを」
医者は、なおも、「薬をくれ」とはいつくばりながら、手をかすかに挙げて、うめいていた。
「さあ、行きましょう、大院長の所へ」
エレベーターにのると、シスは31階のボタンを押した。
「31階・・・」
「そう、この大病棟を支配する大院長、ドクターアカヒゲがいる場所よ」
「モウシワケアリマセンガ、モウ手遅レデス」
「なに、そんなこというと、ぶち壊すぞ! レベッカは患者ではないんだ!」
鉄郎は実体のない声に向かって叫んだ。
「ヤメテクダサイ。コノ星ハ、巨大ナ病棟デス。オ客様モ、余計ナコトニ、首ヲ突ッ込マナイデ、早クカエッタ方ガ身ノタメデス」
「なにを、コンピューターめ!」
鉄郎は、腰から銃を抜くと、声の方に向かってぶっ放した。
低いうねるような銃音とともに、圧縮された赤い閃光のレーザーが銃口から放たれ、壁に穴をあけた。
「オヤメクダサイ!」
「じゃあ、レベッカが、どこにいるか言うんだな!」
「ソレハ言エマセン」
「なに!」
「レベッカサンハ、オソラク、今ゴロ薬漬ケニナッテイルデショウ。ソシタラ、ココカラ出ラレマセン。トイウヨリ、離レルコトガデキナクナルデショウ」
「うるさい! もう一発喰らわされたいかっ!」
鉄郎が再び、銃口を向けた。
「オヤメクダサイ!…デワ、25階ニ行ッテクダサイ。ソコカラ上ニ、医者ガイマス。タダシ、ドウナッテモ知リマセンヨ」
「25階だな!」
鉄郎は、一目散にかけ出した。
25階。そこから上は診療エリア。大病棟の各棟に通じている。全棟から、人が集まるため、待合室は、患者がごったがえし、気の遠くなるような待ち時間を要される。
備え付けの椅子も、ぎゅうぎゅうに人が座っていた。無言の中に、人いきれが充満し、温度が上がるため、クーラーが恐ろしいほど強力にかけれら、寒いぐらいだった。
ほとんどの患者は、部屋で眠るか、ここで診療を受けるまで、待ち続けるという暮らしをしていた。
「レベッカ!」
「患者様、受付をされなければ、診療はできません。ただ今の待ち時間は27時間25分です」
「うるさい、僕は患者じゃない!」
機械看護婦の言うことは、鉄郎には全く関係なかった。呼び止めるのを、無視し、受付の脇をすりぬけ、ドアで区切られた診療エリアに入った。
「何だ、これは」
ずらー・・・。
人が一列に並んでいた。並みの長さではない。ジグザグになりながら、部屋の前で列を作っている。その群れが、いくつも、いくつもあった。
群れは、他の階と同じように、隣り合った、診療所の前にできていた。群れは奥までずっと続いており、奥は、遠くで見えなかった。
鉄郎は列を無視して、一番近い診療所に入った。
患者はよどんだ瞳を鉄郎に向けるだけで、何も言わなかった。
「レベッカ!」
中は、意外に広くなっていて、ガラーンとしている。人口密度が濃い場所に馴れたていたので、三半規管が少しおかしくなるような、錯覚を覚えた。その部屋の奥に、白衣をきた、ニコニコと気持ちが悪いほど笑顔でいる医者が座っていた。この部屋にも、もちろん、アカヒゲの肖像画が、仰々しい漆塗りの額縁でかかっていた。
「次の方、どうぞ」
医者が言うと、両脇にすっと、突然、機械看護婦があらわた。
「あ」
そして、鉄郎を挟むと、両肩をかかえ、無理やり、医者の前の椅子に連れて行かれた。
「どうも、こんにちは」
医者が言った。
鉄郎はすぐにわかった。この医者は、見た目こそ、満面の笑みをたたえているが、目はまったくといっていいほど、笑っていないのだと。
「やめろ、僕は患者じゃない!」
抵抗する鉄郎を、看護婦は、無理やり床に、頭ごと押しつけた。
医者は、鉄郎の様子を見ると、まるで光を拒絶しているように、目じりがさがった、細く閉じそうな目のうち、右目だけ、突然、大きく広げ、また、すぐ、閉じてみせた。
「これは、珍しい。こんないきのよい患者がまだ、いたのですね。わかった、薬がきれてしまったのかな。どれ、口を開けて、これを飲むと、気が楽になるから」
医者は、白い手袋をしたまま、おもむろに、脇にある机の棚をさぐり、二番目の棚から、カプセル薬を出した。
「さあ、口をあけなさい」
頭をおさえつけてくる、機械看護婦が、口を無理やりあけようとした。
「よせ!」
鉄郎はありったけの力を振り絞ると、看護婦を突き飛ばした。
「ふーむ、この患者は、どうやら被害妄想症に、機械化症候群を併発しているな。重度の患者のようだ」
「ふざけるな、ヤブ医者め! 勝手に僕を病人にするな!」
鉄郎の罵倒にも、医者は眉ひとつ動かさない。
「ほう、私がヤブ医者だとすれば、君はヤブ患者だな」
「なに!」
「ここは、患者が医者を選ぶんじゃない。医者が患者を選ぶんだよ。そして、医者に逆らうものは、薬が手に入らないのだ」
「薬なんているか! お前みたいな悪い医者がいるから、みんなおかしくなるんだ。薬なんかで、人の気持ちをすくうことなんて、できないんだ!」
「ふーむ、この患者は、他にも、自分を何か特別な人間だと思い込む、やっかい極まりない精神病を併発しているな」
「うるさい、それより、レベッカはどこだ!」
医者は、胸の中に手をいれると、何かを押した。そのとたん、ビーと、けたたましい、非常ベルが鳴った。すると、食堂に現れた、あの機械看護士の一団が現れた。鉄郎は、素早く腰から銃を抜くと、躊躇なくぶっ放した。看護士の足元に、火花が散った。
看護士は立ちすくみ、じりじりにらみ合いになった。
「教えろ! さもないと、あんたを撃つ!」
鉄郎がきらりと光る銃口を医者に向けた。
「わかった、わかった、居場所を教えよう」
「どこだ!」
医者は、立ち上がると、鉄郎から距離をおいた。すると・・・突然、上から、鉄格子のおりが、鉄郎の上に落ちてきた。
「くそ!」
無念そうに、鉄郎が鉄格子を握って揺らしたが、びくともしない。そうするうちに、看護士のスタンガンが鉄郎の首をとらえた。
ガガガガ・・・スタンガンの耳につんざく音とともに、電撃が鉄郎を襲った。
「うわあああ」
鉄郎はしびれて、気を失ってしまった。
6
「ふむ、これはまた、ずいぶん威勢のいい人間ですな」
「それにしても、人間というより、猿のようですな」
「ハハハ・・・この人間は、ずいぶん、重い精神の病にかかっていますから、二度と、再発しない様に念入りに手術しましょう」
「そうですね・・・それで、こちらの、女の方はどうしますか?」
「この女は、薬を充分に与え、経過観察としましょう」
医者の声に、鉄郎が目を覚ました。ライトの光が目に飛び込んできて、思わず、目を一度閉じた。身動きはとれない。あおむけに寝かされ、手足を拘束されていた。隣には、気を失っているレベッカがいる。
「レベッカ!」
レベッカは、短ズボンにピンク色のTシャツという姿で、やはり、同じように手足を拘束されていた。
ここは、手術室だった。分厚いガラスで覆われ、その周りに、不気味な笑みをした、白衣をきた数百人の医者が手術室の様子をみていた。手術室の中では十人ほどの医者が、マスクをはめたり、ゴム手袋をはめたり、手術の準備をしていた。
「驚いた、このがに股男には、麻酔はろくに効かないらしい」
「うむ、まあ、面倒くさいから、麻酔せずに、手術してしまおう」
医者たちはそういうと、腰のあたりにひらいた手のひらを、天井に向けた。
「ドクターアカヒゲ。これより、手術を始めます」
天をあおぐように、鉄郎を見た医者が言った。
「うむ、始めなさい」
手術室に声が響いた。威厳と格調を備えた声だった。声の主は、大病棟の大院長、アカヒゲだった。
「偉大なるドクターアカヒゲ。この男は、あまりに重大な病気を抱えています」
「うむ、その通りだ。その男は直接、頭を切開し、脳に治療を施すのが良いだろう」
「わかりました、ドクターアカヒゲ」
「早くその男から、悲しみ、絶望、不安・・・苦悩の源すべてを取り除いてやりなさい」
「女の方はどうしますか?」
「その女は、濃度の濃い、薬をうって、様子をみることにしなさい」
ウィーン・・・・
アカヒゲの言葉が合図になって、
金属がこすれあう、不気味な音が、耳をつんざいた。鉄郎の頭の近くには、円を描くように回転する電気のこぎりが、向けられていたのだ。
「やめろ、やめろ!」
「大丈夫・・・この手術の後は、永遠の安らぎが君に訪れるのだ」
のこぎりが、鉄郎に迫ってくる。手を動かそうにも、足を動かすにも、どうしようもなかった。となりでは、気を失ったままのレベッカの腕に、緑色の液体の入った注射が差し込まれようとしている。
なおも近づくのこぎり。鉄郎の体から、汗が噴き出した
「やめろー! アカヒゲ! これが、あんたの目指すやり方なのか!」
のこぎりが、鉄郎のこめかみを切り裂こうとした。鉄郎は、目を閉じた。
その時だった。
ウウウウウ…
昼間になった、サイレンの音が鳴り響いた。すると、どうだろう。医者達の手の動きが止まるのと同時に、電気のこぎりの回転も止まった。そして、医者たちはマスクをはぐと、薬を飲みだした。ここでは、医者もまた薬に支配されていたのだった。薬をむさぼるように飲むと、再び、医者はのこぎぎりを、起動させた。
「さあ、手術再開だ」
医者はどんよりとした目を向け、白い薬がまわりについた口をニヤリとしてみせた。
しかし、再び、サイレンが鳴る。
すると、やはり、医者は、薬を飲み始めた。
「ど、どうなってるんだ」
「鉄郎!」
レベッカが目を覚ました。
「レベッカか!・・・大丈夫か!」
「まあ・・・でも、この状況だよ」
レベッカが、拘束された腕と足を見て、力なくいった。
その間もサイレンが繰り返し、鳴り続けた。そうするうちに、意外なことがおこった。
拘束しているベルトが、引っ込み、二人は自由になったのだ。
「どうなってるの」
「レベッカ、早く逃げよう」
「ま、ま、まて・・・ごほっ」
粉薬が医者の口から吹き出す。
医者達は、薬を飲みすぎ、その場に泡を吹いて倒れこんだ。
手術室のドアが自動であくと、倒れこむ医者の群れの中にあの女が立っていた。手には鉄郎たちの服があった。
「シス!」
「ぼうやにおじょうちゃん、無事だったのね」
シスから、帽子や服を受け取ると、二人は急いで身に付けた。
「あなたが、助けて・・・」
鉄郎が言い終わらないうちに、シスは瞳の奥を悲しげに、それでいて、怒ったように震わした。
「愚かな星・・・人が薬に支配される星。よくみておくのよ。・・・使命を忘れた傲慢な医者達のすがたを」
医者は、なおも、「薬をくれ」とはいつくばりながら、手をかすかに挙げて、うめいていた。
「さあ、行きましょう、大院長の所へ」
エレベーターにのると、シスは31階のボタンを押した。
「31階・・・」
「そう、この大病棟を支配する大院長、ドクターアカヒゲがいる場所よ」