香港ドール13 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

したがって性格すらも分からなかったりする。優しいと思うこともあるけれど、私が大騒ぎをしたときは容赦なく皮手錠に繋いだ。場合によっては平気で阿片や睡眠薬を使う。目的を達するためにどんな手段でも取るのだろうか。だとしたらその目的はなんだろう。いつまで経っても考えは堂々巡りだ。


この部屋について どこかの大富豪か、身元を知られて困る有名な人が私を訪れてくるのならもう少し豪華であっても良いような気がする。
男自身が私を囲っているのであれば、こんなものなのだろうと思う。自分の分と2部屋持つわけで、それはかなりの出費だろうと思う。でもそれならなぜ男自身の部屋に監禁しないのだろう。もしかしたら家族が居るのかもしれない。だとしたらいつまでもこのままと言うわけでもあるまい。



私は決意を固めた。今はすべて類推の元に成り立っているあやふやなこの材料しかない。
でも私だって密出国した身の上だ。ここで安楽に暮らせるのなら、しばらくここに居ても良いのではないだろうか。前の売春宿に比べれば天国のような境遇だ。不思議なことに私を閉じ込めている男に嫌な感じはしない。背後に居る人物が出てきたらその相手と交渉すればよい。
毎日をぼうっと過ごす、その無為が辛かった。何かすることがあれば。ラジオ…そうだ、日本語の短波放送でも入らないだろうか。時計も欲しい。正時になったらなるタイプのものなら私にも時間が分かる。今度頼んでみよう。目が見えなくても出来ることはきっとある。



翌日男は毛糸と編み棒を持ってきてくれた。
毛糸はモヘアの入った手触りのいいもので私を喜ばせた。夕食が終わると早速モーツアルトをかけ、男が入れてくれたお茶を飲みながら編み始める。本当はカーディガンのようなものが欲しかったのだけれど、目が見えない状態でそんな複雑なものを編めるとは思わなかったのでショールを編んでみることにした。
私が編み始めると男は近くへ寄って来てじっと見ているようだ。糸を割ってしまったりすると、「ノーノー」と教えてくれる。それだけのことがなんだか嬉しかった。
帰り際にはポンポンとふたつ軽く私の頭を叩いて別れを告げる。
私は「バイバイ」と言った。


ガチャり、カシャ、カシャ。二箇所の施錠。足音を忍ばせてドアに向かい耳を当てる。去っていく足音。それから2分ほどして右の部屋へ誰かが入る。やっぱり。

男が帰った後も私は無心で編み続けた。目数を間違えないように10目の市松に編んでいた。ちっとも眠気を感じない。5センチほど編んだところで指先で表面を撫でてみる。2箇所も糸目を割っていて編みなおしだ。解きなおし注意深く解けた目を拾って編みなおす。また5センチほど編んで確認する。今度は1箇所目がズレている。どうせ時間は無限にあるのだ。私は何かに没頭していられる幸せを感じていた。


気がつくと窓の外でスズメの鳴く声が聞こえた。いつの間にか朝を迎えたらしい。右隣の部屋の音が聞こえるようにクッションを持ってきて座り、壁に耳を当てた。手は休まずに編み棒を動かしている。ようやっと目覚まし時計の音が聞こえてガタゴトと音がし始めた。

隣の音が聞こえなくなったかと思うと、この部屋のドアの下から食器が差し入れられる音がする。急いで足音を忍ばせ扉に耳を当てる。何の物音もしない。急いで今度は壁に耳を当てる。はっきりとした音はしない。やがて右隣の部屋からバタンと大きくドアを閉める音がして、また急いで入り口に場所を移して外の音を聴くと、立ち去っていく足音が聞こえた。たぶん男性の足音。ハイヒールではないというくらいしか私には分からないけれど。多分…


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