転音 1 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

彼の旅行の日が近づいてきて、たかしは忙しそうにしていた。休日も準備に追われてなかなか逢うことができなかった。彼は彼で好きにすればよいと考えていた私は何だか少し寂しくなってくる。
「今夜うちに来るでしょう」
「んー悪いけど中川達と飯喰う約束しているから、ごめんな」
「そう」
不思議なものだ。行こう行こうと誘われるときは行きたくならない。こうやって彼一人で楽しそうにやっているのを見ると自分も一緒に行きたくなる。けれど、もう今更の参加は無理だ。
変な意地を張らなければ良かったと後悔しながら、もし一緒に行くことを決めていたとしたらきっと嫌で嫌で堪らなかっただろう、とも思った。何だか少し彼との間に距離を感じてしまう。そうだ、夫との時はこうやってすれ違っていったのだ。今のうちに何とかしなければ。次は必ず一緒に行こう。ダイビングだって、ずっとライセンスを欲しかったのに機会がなかっただけだ。たかしと一緒に色んな海を潜ったらきっと楽しいに違いない。今度は必ず、行こう。素直になろう。

「いよいよだね、気を付けて行ってきてね」
「あれ?何だかずいぶん寂しそうだね」
「うん、やっぱり行けば良かったかなって」
「んだよ~だから…」
私はたかしに抱きついて言った。
「ごめん、だけどこんなに寂しくなるとは思わなかったんだもん、旅行で逢えないって言うだけじゃなくて、このところあなたがずっと忙しそうに楽しそうにやっていたから何だか寂しくなっちゃって」
「次は二人で行こうな」
「うん、みんなとでも良いけれど始めっから私の予定も聞いて」
「わかった、それじゃ行ってくる」

 たかしを送り出したあと今頃彼が何をやっているのかそればかり考えていた。仕事に追われながらもブログで遊び、生活自体は充実しているはずだったのに胸の中は空っぽだ。出かける前にたかしは2.3日置きに電話するよと言っていたが、一度お土産の確認で連絡が来ただけでそれきり何の音沙汰もなかった。

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