視線 10 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

「それは…これから一年か二年かけて、二人でそう言う関係が出来てくれば良いんじゃない?」
「だからそう言うって関係ってどういう関係だよ?」

たかしに突っ込まれて上手く答えることが出来ない。お互い束縛し合わず、甘えすぎず、助け合える関係。でもこんな抽象的なことをイメージしてもそれは現実にどういう関係なのだろう。
「ごめんなさい、まだ上手く言えないわ」
たかしはふてくされたままそっぽを向いて
「なんだよそれ」
とつぶやいた。私は自分が相手を甘やかすから甘えてくるのだと言うことは解っていた。原因は彼ではない、自分にあるのだ。自分が彼のためにいろいろしたくなるから自分自身が疲れてしまうのだ。けれど愛するというのはそういうことではないのだろうか。好きだからその人に喜んで貰いたい。嬉しそうな顔が見たい。
 けれど初めのうち喜んでくれていた着替えのYシャツに丁寧にアイロンをかけることも自分の仕事の納期を気にしながら彼のために時間を割き、彼の好きなベシャメルソースを根気よく作ることも、もはや当たり前になってしまった。初めのうちはまめにかけてきた電話もない。
 それはもしかしたら彼にとって私もそうなのかもしれなかった。初めのうちは彼の前でブログなんてしなかった。彼と一緒にいるための時間を大切にしたかったからだ。けれど、彼が居ることが日常になってしまうと私は自分の好きなことだってやりたい。本だって読みたい。要するに距離感の問題なのだ。
 ふと前の夫とのことを思い出す。なんでも二人で楽しんでいたのに彼が私の入り込めない世界を作ったのだ。毎日2時間も3時間も友人と夜中に電話で話していた。クリスマスイブの夜さぁこれから御馳走を食べようとしたときに電話が鳴って、それから2時間半待たされたこともあった。相手にゆっくりとがっかりして行く生活、それが結婚というものだ。
 私はたかしにがっかりしたくなかった。魅力的な青年がもっと魅力的な大人の男になってゆく過程を楽しみたかった。寝ころんでナイター中継を見ながらお尻をボリボリ掻いたりする彼を見たくなかった。いつも一緒にいるというのはそう言う危険をはらんでいる。今の適度な距離感でこれ以上詰めたくはなかった。しかし、彼の子供が欲しいのもまた事実だ。好きな人の子供が欲しいというのは女の本能のようなものだ。
他の人は知らない。少なくとも私はそうだ。

腕の長い彼にピッタリのセーターを内緒で編み始めてはいたけれど気に入ってもらえるかどうかは判らない。お洒落な彼にはうっとうしいだけかもしれない。


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