混沌 1 | 秘密の扉

秘密の扉

ひと時の逢瀬の後、パパとお母さんはそれぞれの家庭に帰る 子ども達には秘密にして

 こども。もしかしたらあんまり好きじゃないかも知れない。けれど私にとっては愛する人への最高で最大のプレゼントだった。子供は欲しくないと言っていた和也が、どんなにひろのことを溺愛していることか。ひろが生まれた時、私達がどんなに幸せだったか。
 たかしに可愛い子供を産んであげたかった。いや、彼のためじゃなく、自分のために子どもが欲しい。たかしによく似た子供を見たかった。もう絶対手放したりしないでずっと一緒に暮らすのだ。お乳を飲んで、どんどん大きくなって、笑ったり泣いたり、怒ったりしながら育てていく毎日は楽しそうだった。
 もう少し時間が経って彼とどうなるか結論が出てから考えなくてはならないはずなのだが、私の中で黄色いランプが点滅していた。
時間がない。ただ一度の生理不順で慌てることはないはずだけれど、ずっと以前かかった漢方医に言われた言葉が私の耳に残っていた。
「あなたみたいなタイプは閉経が早いから、今のうちにカルシウムを十分にとって骨密度を上げておいて下さい」
それを聞いた時は毎月のうっとうしさが早く無くなるなんて、なんとラッキーな事だろうと思った。以前、鬱をやったときに心療内科の医師から月経のないことを指摘されて
「認めたくないかもしれないけれど、もうあなたの年齢で閉経が来てもちっともおかしくありませんよ」と言われた。
「更年期障害から来る鬱かもしれません」その時は授乳中だったから無くて当然だと思っていた。もちろん授乳を止めた途端生理は戻ってきたのだが、もう自分がそういう年齢になりつつあるといううっすらとした恐怖がある。
 それはそれで受け入れるべきものなのだが、たかしの存在がその恐怖を大きくしはじめていた。女じゃなくなったらどうしよう、彼はそんな私をどう思うのだろう。
 今だったらまだ子どもを産める、でも2年後に子供が産めるかどうかは分らなかった。ただでさえ高齢出産はリスクが高いのだ。作るのだったら早く作らなければ。
 いったい何と言えばよいのか、あなたの子どもが欲しい、今すぐ作り始めよう。でもそれと結婚は別ね、なんて。ちゃんとプロポーズされているわけでもないのに。


 久しぶりに実家に返る。妹たちと母を車に乗せて父の入院している病院へと向かう。ずいぶんと久しぶりに元々の家族だけが集まった感じだ。下の妹は、去年離婚した。8年間不倫関係を続けた相手と結婚して一年で別れた。上の妹は、私よりも早く結婚して高校生を頭に3人の子どもがいる。お正月ともなると、一時はもうわさわさと茶の間に入りきらず、ふすまを開け放して一続きにしても手狭な感じだった。
 父は笑うと手術の傷口が痛むようだったけれど、元気にしていた。病院の簡単なティールームで話す。私はなんだか父と話しづらくてティールームから外に出た。外から父を眺めて、やはり小さくなったなと思う。もう若かった頃の自慢の父ではない。すっかり年老いてしまった。子どもを一人で育てるのは無理がある。実家で、両親に見て貰いながら育てることを漠然と考えていた。厳格な父にそんな考え方が受け入れてもらえるだろうか。
ドンと身体を預けたコナラから頭のてっぺんにどんぐりが落ちてきた。人生って、なかなか思い通りには行かないものだ。


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