たまには電車もいいものだ。なにより時間が読める。取引先での短い打ち合わせが済むと昼過ぎの神田に十分間に合いそうだった。なにか菓子折りでも持って行こうかと思い当たる。甘いものを好みそうには見えないけれど、彼が食べなくても会社で分けるにはお菓子が良いに違いない。ターミナル駅で菓子折りを買い、神田へ向かった。
神田駅の南口で電話をかける。
「ハイ佐々木です」
「後藤です。御迷惑ばかりですみません、今神田駅の南口にいます」
「南口?ちょうど良かった、すぐに行きます」
神田で降りるなんて初めてではないだろうか。つい珍しくてきょろきょろしてしまう。3分程で彼がやってきた。さすがに今朝見た時とは違い颯爽としている。当たり前だ。
「ほんとに御迷惑ばかりおかけして申し訳ありません」
彼はにっこりと笑った。目が無くなって、白い歯が光った。
「気にしなくていいよ、僕も面白かったからさ。これね」
彼に携帯電話とティッシュに包んだお金を渡される。
「ねえ、あのほんとにこのお金は…それからこれ、もしお好きじゃなかったら会社で皆さんに分けて下さい」
菓子折りとティッシュを彼の胸にを押し付ける。
「お金は受け取らないよ。僕にも役得があったからね」
「役得?」

「ねえ、もし良かったらたまに映画の話でもしない?君の暇な時で良いからさ、こっちだけ受け取るよ。携帯の番号は見ちゃったからね、連絡するよ」
ティッシュの包みは受け取ってもらえなかった。
「じゃぁ今度は飲んでも潰れないようにしますね」
「あはは、じゃ、時間だから」
彼は後ろを向いて片手を上げた。
「お世話になりました」
「君、キス上手いね」
そのまま彼はすたすたと歩いて行ってしまった。ええっ!なにがあったのだろう。頭から血の気が引いた。
引いた血の気はすぐに戻ってきた。カッと顔が熱くなり耳まで熱くなった。
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