原発の真実 | 乳癌なんて、飛んでいけ~!

乳癌なんて、飛んでいけ~!

がんガン頑張っとるばい!

天下りの弊害が根本にあります。プンプン  未来の日本を救え!!

下記、長文になりますが、マイミクさんからの情報を転用いたします。

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平井さんが死ぬ前にぜひ伝えておきたいと渾身の思いで告発した文章ですが、
残念ながらこれまでほとんど話題に上ることもなく歳月だけが過ぎてしまいました。

マスコミからも、お騒がせ屋の戯れ言程度の扱いで
片付けられてしまったのでしょう。

しかし現在、福島原発の事故に重ねて読むと、
平井さんの語った内容がまさに現実なものとして我々に迫ってきます。

現在は、東電の社員や下請け会社、東芝、警察、消防署等の方々が
被爆の恐怖のなかで献身的に沈静化を図っています

その努力を多としなければなりません。

もし、何もせずに放置したら日本列島から
全国民が避難しなければならなくなります。

そして、気の遠くなる年月が人も住めない島となってしまいます。

そんなことにならないように、懸命な作業をして下さっている方々を
応援こそすれ、責めることはできません。

しかる後に、どこに原因があったのか、責任はどこにあるのか、
といったことをしっかりと検証しなければならないでしょう。

ただ、ひとつ確かなことは、大型テレビだ、オール電化住宅だ、
はてはリニア新幹線だと、際限もなく
電気を使い続ける浪費生活の片棒をかついできた我々も、
責任を逃れることはできないだろうということです。

人間は、どこかでつつしまやかな生活に軟着陸しなければいけない。
今さら縄文時代に戻るわけにはいきません。

しかし、これ以上加速度的に文明を肥大化させる必要が本当にあるのか。
それが、人類の発展であるという考え方は、
もしかしたら思い上がりではないのか。

今という時代は、孫やその子たち未来から借りているだけのはずです。
借りたものは、きれいに洗濯して返すのが当たり前の姿勢ではないのか。

平井さんの文章から、そんなことを感じあえたら
平井さんも浮かばれるのではないでしょうか。

15年も前に、原発プラント専門のベテラン技術者だった平井憲夫さんが書き遺したものです。平井憲夫さんも原発での被爆によると思われるガンを患い、亡くなってしまいました。
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ある原発技術者の「遺書」 

私は原発反対運動家ではありません。
 
二十年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。
原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとか
いろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と
、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。

そして、最後まで読んでいただくと、
原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、
毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることが
よく分かると思います。

 はじめて聞かれる話も多いと思います。

どうか、最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、
みなさんで考えられたらいいと思います。

原発について、設計の話をする人はたくさんいますが、
私のように施工、造る話をする人がいないのです。
しかし、現場を知らないと、原発の本当のことは分かりません。

私はプラント、大きな化学製造工場などの配管が専門です。

二○代の終わりごろに、日本に原発を造るというのでスカウトされて、
原発に行きました。一作業負だったら、何十年いても分かりませんが
現場監督として長く働きましたから、原発の中のことはほとんど知っています。

「安全」は机上の話
 去年(一九九五年)の一月一七日に阪神大震災が起きて、
国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。

原発は地震で本当に大丈夫か、と。
しかし、決して大丈夫ではありません。

国や電力会社は、耐震設計を考え、
固い岩盤の上に建設されているので安全だと強調していますが、
これは机上の話です。

この地震の次の日、私は神戸に行ってみて、
余りにも原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。

まさか、新幹線の線路が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、
それまで国民のだれ1人考えてもみなかったと思います。

世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、
きびしい検査が行われていると思われています。

しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートの中には型枠の木片が入っていたし、
高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。

一見、溶接がされているように見えていても、溶接そのものがなされていなくて、溶接部が全部はずれてしまっていました。

なぜ、このような事が起きてしまったのでしょうか。
その根本は、余りにも机上の設計ばかりに重点を置いていて、
現場の施工、管理を怠ったためです。それが直接の原因ではなくても、
このような事故が起きてしまうのです。

素人が造る原発

原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、
配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり

いわゆる人が間違える事故、ヒューマンエラーがあまりにも多すぎます。

それは現場にブロの職人が少なく、いくら設計が立派でも、
設計通りには造られていないからです。

机上の設計の議論は、最高の技量を持った職人が施工することが絶対条件です。しかし、原発を造る人がどんな技量を持った人であるのか、現場がどうなっているのかという議論は1度もされたことがありません。

原発にしろ、建設現場にしろ、作業者から検査官まで総素人によって造られているのが現実ですから、原発や新幹線、高速道路がいつ大事故を起こしても、不思議ではないのです。

日本の原発の設計も優秀で、二重、三重に多重防護されていて、
どこかで故障が起きるとちゃんと止まるようになっています。

しかし、これは設計の段階までです。
施工、造る段階でおかしくなってしまっているのです。

仮に、自分の家を建てる時に、立派な一級建築士に設計をしてもらっても、
大工や左官屋の腕が悪かったら、雨漏りはする、建具は合わなくなったりしますが、残念ながら、これが日本の原発なのです。

ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人、
現場の若い監督以上の経験を積んだ職人が班長として必ずいました。

職人は自分の仕事にプライドを持っていて、事故や手抜きは恥だと
考えていましたし、事故の恐ろしさもよく知っていました。

それが十年くらい前から、現場に職人がいなくなりました。

全くの素人を経験不問という形で募集しています。素人の人は事故の怖さを知らない、なにが不正工事やら手抜きかも、全く知らないで作業しています。
それが今の原発の実情です。

例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、1歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。

本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけの大事故につながるかの認識は全然なかったのです。そういう意味では老朽化した原発も危ないのですが、新しい原発も素人が造るという意味で危ないのは同じです。


現場に職人が少なくなってから、素人でも造れるように、
工事がマニュアル化されるようになりました。

マニュアル化というのは図面を見て作るのではなく、
工場である程度組み立てた物を持ってきて、
現場で1番と1番、2番と2番というように、
ただ積木を積み重ねるようにして合わせていくんです。

そうすると、今、自分が何をしているのか、どれほど重要なことをしているのか、
全く分からないままに造っていくことになるのです。

こういうことも、事故や故障がひんぱんに起こるようになった原因のひとつです。

また、原発には放射能の被曝の問題があって
後継者を育てることが出来ない職場なのです。

原発の作業現場は暗くて暑いし、防護マスクも付けていて
互いに話をすることも出来ないような所ですから、
身振り手振りなんです。

これではちゃんとした技術を教えることができません。

それに、いわゆる腕のいい人ほど、年問の許容線量を先に使ってしまって、
中に入れなくなります。だから、
よけいに素人でもいいということになってしまうんです。

また、例えば、溶接の職人ですと、目がやられます。

30歳すぎたらもうだめで、細かい仕事が出来なくなります。
そうすると、細かい仕事が多い石油プラントなどでは使いものになりませんから、だったら、まあ、日当が安くても
原発の方にでも行こうかなあということになります。

皆さんは何か勘違いしていて、
原発というのはとても技術的に高度なものだと
思い込んでいるかも知れないけれど、そんな高級なものではないのです。

ですから、素人が造る原発ということで、
原発はこれから先、本当にどうしようもなくなってきます。

名ばかりの検査・検査官

原発を造る職人がいなくなっても、検査をきっちりやればいいという人がいます。
しかし、その検査体制が問題なのです。

出来上がったものを見るのが日本の検査ですから、
それではダメなのです。検査は施工の過程を見ることが重要なのです。

検査官が溶接なら溶接を、
「そうではない。よく見ていなさい。このようにするんだ」と
自分でやって見せる技量がないと本当の検査にはなりません。

そういう技量の無い検査官にまともな検査が出来るわけがないのです。
メーカーや施主の説明を聞き、書類さえ整っていれば合格とする、
これが今の官庁検査の実態です。

原発の事故があまりにもひんぱんに起き出したころに、
運転管理専門官を各原発に置くことが閣議で決まりました。

原発の新設や定検(定期検査)のあとの運転の許可を出す役人です。
私もその役人が素人だとは知っていましたが、
ここまでひどいとは知らなかったです。

というのは、水戸で講演をしていた時、会場から「実は恥ずかしいんですが、
まるっきり素人です」と、科技庁(科学技術庁)の者だと
はっきり名乗って発言した人がいました。

その人は「自分たちの職場の職員は、被曝するから絶対に現場に出さなかった。

折から行政改革で農水省の役人が余っているというので、
昨日まで養蚕の指導をしていた人やハマチ養殖の指導をしていた人を、
次の日には専門検査官として赴任させた。

そういう何にも知らない人が原発の専門検査官として運転許可を出した。

美浜原発にいた専門官は三か月前までは、
お米の検査をしていた人だった」と、その人たちの実名を挙げて話してくれました。

このようにまったくの素人が出す原発の運転許可を信用できますか。


東京電力の福島原発で、
緊急炉心冷却装置(ECCS)が作動した大事故が起きたとき、

読売新聞が「現地専門官カヤの外」と報道していましたが、
その人は、自分の担当している原発で大事故が起きたことを、
次の日の新聞で知ったのです。

なぜ、専門官が何も知らなかったのか。

それは、電力会社の人は専門官がまったくの素人であることを知っていますから、火事場のような騒ぎの中で、子どもに教えるように
、いちいち説明する時間がなかったので、
その人を現場にも入れないで放って置いたのです。

だから何も知らなかったのです。

そんないい加減な人の下に原子力検査協会の人がいます。

この人がどんな人かというと、この協会は通産省を定年退職した人の
天下り先ですから、全然畑違いの人です。

この人が原発の工事のあらゆる検査の権限を持っていて、
この人の0Kが出ないと仕事が進まないのですが、
検査のことはなにも知りません。

ですから、検査と言ってもただ見に行くだけです。

けれども大変な権限を持っています。この協会の下に電力会社があり、その下に原子炉メーカーの日立・東芝・三菱の三社があります。

私は日立にいましたが、このメーカーの下に工事会社があるんです。

つまり、メーカーから上も素人、その下の工事会社もほとんど素人ということになります。だから、原発の事故のことも電力会社ではなく、
メー力-でないと、詳しいことは分からないのです。

私は現役のころも、辞めてからも、ずっと言っていますが、
天下りや特殊法人ではなく、

本当の第三者的な機関、通産省は原発を推進しているところですから、
そういう所と全く関係のない機関を作って、その機関が検査をする。

そして、検査官は配管のことなど経験を積んだ人、
現場のたたき上げの職人が検査と指導を行えば、
溶接の不具合や手抜き工事も見抜けるからと、
一生懸命に言ってきましたが、いまだに何も変わっていません。

このように、日本の原発行政は、余りにも無責任でお粗末なものなんです。

いいかげんな原発の耐震設計
 神大震災後に、慌ただしく日本中の原発の耐震設計を見直して、
その結果を九月に発表しましたが、
「どの原発も、どんな地震が起きても大丈夫」というあきれたものでした。

私が関わった限り、初めのころの原発では、
地震のことなど真面目に考えていなかったのです。

それを新しいのも古いのも一緒くたにして、大丈夫だなんて、
とんでもないことです。

1993年に、女川原発の一号機が震度4くらいの地震で出力が急上昇して、
自動停止したことがありましたが、この事故は大変な事故でした。

なぜ大変だったかというと、
この原発では、1984年に震度5で止まるような工事をしているのですが、
それが震度5ではないのに止まったんです。

わかりやすく言うと、高速道路を運転中、ブレーキを踏まないのに、
突然、急ブレーキがかかって止まったと同じことなんです。

これは、東北電力が言うように、止まったからよかった、
というような簡単なことではありません。

5で止まるように設計されているものが4で止まったということは、
5では止まらない可能性もあるということなんです。

つまり、いろんなことが設計通りにいかないということの現れなんです。

こういう地震で異常な止まり方をした原発は、
1987年に福島原発でも起きていますが、同じ型の原発が全国で10もあります。

これは地震と原発のことを考えるとき、非常に恐ろしいことではないでしょうか。
定期点検工事も素人が
 原発は1年くらい運転すると、必ず止めて検査をすることに
なっていて、定期検査、定検といっています。

原子炉には70気圧とか、150気圧とかいうものすごい圧力がかけられていて、
配管の中には水が、水といっても300℃もある熱湯ですが、
水や水蒸気がすごい勢いで通っていますから
、配管の厚さが半分くらいに薄くなってしまう所もあるのです。

そういう配管とかバルブとかを、定検でどうしても
取り替えなくてはならないのですが、この作業に必ず被曝が伴うわけです。

 原発は一回動かすと、中は放射能、放射線でいっぱいになりますから、
その中で人間が放射線を浴びながら働いているのです。

そういう現場へ行くのには、自分の服を全部脱いで、防護服に着替えて入ります。

防護服というと、放射能から体を守る服のように聞こえますが、
そうではないんですよ。

放射線の量を計るアラームメーターは
防護服の中のチョッキに付けているんですから。

つまり、防護服は放射能を外に持ち出さないための単なる作業着です。

作業している人を放射能から守るものではないのです。

だから、作業が終わって外に出る時には、パンツー枚になって、
被曝していないかどうか検査をするんです。

体の表面に放射能がついている、いわゆる外部被曝ですと、
シャワーで洗うと大体流せますから、
放射能がゼロになるまで徹底的に洗ってから、やっと出られます。

 また、安全靴といって、備付けの靴に履き替えますが
この靴もサイズが自分の足にきちっと合うものはありませんから、
大事な働く足元がちゃんと定まりません。

それに放射能を吸わないように全面マスクを付けたりします。

そういうかっこうで現場に入り、放射能の心配をしながら働くわけですから
実際、原発の中ではいい仕事は絶対に出来ません。

普通の職場とはまったく違うのです。

 そういう仕事をする人が95%以上まるっきりの素人です。
お百姓や漁師の人が自分の仕事が暇な冬場などにやります。

言葉は悪いのですが、いわゆる出稼ぎの人です
そういう経験のない人が、怖さを全く知らないで作業をするわけです。

 例えば、ボルトをネジで締める作業をするとき、
「対角線に締めなさい、締めないと漏れるよ」と教えますが、
作業する現場は放射線管理区域ですから、
放射能がいっぱいあって最悪な所です。

作業現場に入る時はアラームメーターをつけて入りますが、
現場は場所によって放射線の量が違いますから、作業の出来る時間が違います。分刻みです。

 現場に入る前にその日の作業と時間、時間というのは、
その日に浴びてよい放射能の量で時間が決まるわけですが、
その現場が20分間作業ができる所だとすると、
20分経つとアラ-ムメーターが鳴るようにしてある。

だから、「アラームメーターが鳴ったら現場から出なさいよ」と指示します。

でも現場には時計がありません。時計を持って入ると、
時計が放射能で汚染されますから腹時計です。そうやって、現場に行きます。

 そこでは、ボルトをネジで締めながら、もう10分は過ぎたかな、
15分は過ぎたかなと、頭はそっちの方にばかり行きます。

アラームメーターが鳴るのが怖いですから。

アラームメーターというのはビーッととんでもない音がしますので、
初めての人はその音が鳴ると、顔から血の気が引くくらい怖いものです。

これは経験した者でないと分かりません。

ビーッと鳴ると、レントゲンなら何十枚もいっぺんに
写したくらいの放射線の量に当たります。

ですからネジを対角線に締めなさいと言っても、
言われた通りには出来なくて、ただ締めればいいと、
どうしてもいい加滅になってしまうのです。すると、どうなりますか。

放射能垂れ流しの海
 冬に定検工事をすることが多いのですが、定検が終わると、
海に放射能を含んだ水が何十トンも流れてしまうのです。

はっきり言って、今、日本列島で取れる魚で、
安心して食べられる魚はほとんどありません。

日本の海が放射能で汚染されてしまっているのです。

 海に放射能で汚れた水をたれ流すのは、定検の時だけではありません。

原発はすごい熱を出すので、日本では海水で冷やして、
その水を海に捨てていますが、これが放射能を含んだ温排水で、
一分間に何十トンにもなります。

 原発の事故があっても、県などがあわてて
安全宣言を出しますし電力会社はそれ以上に隠そうとします。

それに、国民もほとんど無関心ですから、日本の海は汚れっぱなしです。

 防護服には放射性物質がいっぱいついていますから、
それを最初は水洗いして、全部海に流しています。

排水口で放射線の量を計ると、すごい量です。

こういう所で魚の養殖をしています。

安全な食べ物を求めている人たちは、こういうことも知って、
原発にもっと関心をもって欲しいものです。

このままでは、放射能に汚染されていないものを選べなくなると思いますよ。
私、子ども生んでも大丈夫ですか。
たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。

最後に、私自身が大変ショックを受けた話ですが、
北海道の泊原発の隣の共和町で、
教職員組合主催の講演をしていた時のお話をします。

どこへ行っても、必ずこのお話はしています。

あとの話は全部忘れてくださっても結構ですが、
この話だけはぜひ覚えておいてください。

その講演会は夜の集まりでしたが、父母と教職員が半々くらいで、
およそ三百人くらいの人が来ていました。

その中には中学生や高校生もいました。

原発は今の大人の問題ではない、
私たち子どもの問題だからと聞きに来ていたのです。

 話が一通り終わったので、私が質問はありませんかというと、
中学二年の女の子が泣きながら手を挙げて、こういうことを言いました。 

「今夜この会場に集まっている大人たちは、大ウソつきのええかっこしばっかりだ。

私はその顔を見に来たんだ。
どんな顔をして来ているのかと。

今の大人たち、特にここにいる大人たちは農薬問題、
ゴルフ場問題、原発問題、何かと言えば子どもたちのためにと言って、
運動するふりばかりしている。

私は泊原発のすぐ近くの共和町に住んで、
二四時間被曝している。原子力発電所の周辺、
イギリスのセラフィールドで
白血病の子どもが生まれる確率が高いというのは
本を読んで知っている。

私も女の子です。年頃になったら結婚もするでしょう。

私、子ども生んでも大丈夫なんですか?」と、
泣きながら三百人の大人たちに聞いているのです。

でも、誰も答えてあげられない。

 「原発がそんなに大変なものなら、今頃でなくて、なぜ最初に造るときに一生懸命反対してくれなかったのか。まして、ここに来ている大人たちは、二号機も造らせたじゃないのか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ」と。

ちょうど、泊原発の二号機が試運転に入った時だったんです。

 「何で、今になってこういう集会しているのか分からない。
私が大人で子どもがいたら、命懸けで体を張ってでも原発を止めている」と言う。

 「二基目が出来て、今までの倍私は放射能を浴びている。
でも私は北海道から逃げない」って、泣きながら訴えました。

 私が「そういう悩みをお母さんや先生に話したことがあるの」と聞きましたら、
「この会場には先生やお母さんも来ている、でも、話したことはない」と言います。

「女の子同志ではいつもその話をしている。結婚もできない、子どもも産めない」って。

担任の先生たちも、今の生徒たちがそういう悩みを抱えていることを
少しも知らなかったそうです。

 これは決して、原子力防災の八キロとか十キロの問題ではない
五十キロ、一〇〇キロ圏でそういうことがいっぱい起きているのです。そういう悩みを今の中学生、高校生が持っていることを絶えず知っていてほしいのです。

原発がある限り、安心できない
みなさんには、ここまでのことから、
原発がどんなものか分かってもらえたと思います。

 チェルノブイリで原発の大事故が起きて、
原発は怖いなーと思った人も多かったと思います。

でも、「原発が止まったら、電気が無くなって困る」と、
特に都会の人は原発から遠いですから、少々怖くても仕方がないと、
そう考えている人は多いんじゃないでしょうか。

 でも、それは国や電力会社が「原発は核の平和利用です」
「日本の原発は絶対に事故を起こしません。安全だから安心しなさい」

「日本には資源がないから、原発は絶対に必要なんですよ」と
、大金をかけて宣伝をしている結果なんです。

もんじゅの事故のように、本当のことはずーっと隠しています。

 原発は確かに電気を作っています。

しかし、私が二〇年間働いて、この目で見たり、この体で経験したことは
、原発は働く人を絶対に被曝させなければ動かないものだということです。

それに、原発を造るときから、地域の人達は賛成だ、
反対だと割れて、心をズタズタにされる。

出来たら出来たで、被曝させられ、
何の罪もないのに差別されて苦しんでいるんです。

 みなさんは、原発が事故を起こしたら怖いのは知っている。

だったら、事故さえ起こさなければいいのか。

平和利用なのかと。そうじゃないでしょう。

私のような話、働く人が被曝して死んでいったり、
地域の人が苦しんでいる限り、原発は平和利用なんかではないんです。

それに、安全なことと安心だということは違うんです。
原発がある限り安心できないのですから。

 それから、今は電気を作っているように見えても、
何万年も管理しなければならない核のゴミに、膨大な電気や石油がいるのです。

それは、今作っている以上のエネルギーになることは間違いないんですよ。

それに、その核のゴミや閉鎖した原発を管理するのは、私たちの子孫なのです。
そんな原発が、どうして平和利用だなんて言えますか。
だから、私は何度も言いますが、原発は絶対に核の平和利用ではありません。

 だから、私はお願いしたい。

朝、必ず自分のお子さんの顔やお孫さんの顔をしっかりと見てほしいと。

果たしてこのまま日本だけが原子力発電所をどんどん造って大丈夫なのか

どうか、事故だけでなく、地震で壊れる心配もあって、このままでは本当に取り返しのつかないことが起きてしまうと。これをどうしても知って欲しいのです。

ですから、私はこれ以上原発を増やしてはいけない、
原発の増設は絶対に反対だという信念でやっています。

そして稼働している原発も、着実に止めなければならないと思っていあす。

 原発がある限り、世界に本当の平和はこないのですから。


筆者「平井憲夫さん」について:

1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。