どうやら君は死ぬらしい。
傷だらけに泥だらけのこの汚らしい両腕で、まだ確かに温かい君を抱き止めたまま、なんとなく悟るしかなかった。命が流れ出していくのが見える。君の腹からはみ出た臓器の生々しいピンク色が、この目に焼き付けられる。君が時折苦しそうに咳込む度に、薄くめくれた紫色の唇から、ぱっと華を咲かせるように血糊が飛ぶ。腹から流れ出る鮮血が、ああこんなにも紅かったのだと、僕はぼんやり思うだけだった。
「…なあ」
「うん」
「さむ、い」
ひゅうひゅうと掠れるような音がする。酸素と二酸化炭素が君の気管をぎりぎりのところで出入りする音。髪をさっと撫でていく微風の音にすら容易くかき消されてしまいそうな、虫の息とはこのことだ。あとどれくらい、君は生きられるんだろう。5分、いや3分。もしかしたらもう、1分足らずかも知れない。時間が1秒だって惜しいのに、この貴重な数秒間にも僕は君がもうすぐ逝ってしまうことばかりを考えてしまっている。ああ、もっと大事なことがあるだろう、何か伝えなきゃいけないこととか、話したいことがあるだろうと自分に問いかけてみるけど、情けないことに全く思考回路が働かない。死ぬのか、もう。これで、おしまいなのか。笑いながら一緒に過ごした20年近くの日々をどこか遠くに想いながら、それでも僕はまだ生きている君よりもずっと先に、君の死を受け入れようとしている。君がこんな終わり方を迎えるとは夢にも思っていなかった昨日の僕は、今目の前で死に逝く君を受け入れようとしている。
「いた、い」
「うん」
「はは、ちょっと、やばい、かも、これ、」
君ももう生きるという選択肢は捨てたらしい。やばい、なんてもう分かり切っている。顔色はどんどん悪くなって、目を閉じる準備が出来てしまっている。いいのか、君はそれで。人の腸に生まれて初めて触れた僕は、君を抱いているこの両手の震えが収まらないのを十分分かっていながら、それでもどこか冷静でいた。どうやら君は死ぬらしい。どこからか飛んできた鉄の塊が君の腹を2箇所、3箇所、4箇所と鮮やかに貫いて、たったそれだけで君は死んでしまうらしい。確かに君が生きてきたはずのこの20年そこそこが、まるで砂糖菓子のようにさっと柔らかく溶けていく。いいのか、君はそれで。こんな終わり方でいいのか。馬鹿みたいに青々と晴れた雲一つない空の下で、そこらへんに飛び散った誰か知らない人達の臓物にまみれて、君は最期を迎えようとしている。遠くの方で鴉が鳴いて、君が死ぬのを今か今かと待ち構えている。
「…あのさ」
「うん」
「きょう、何日だっ、け」
「え」
「今日は、何日、だ」
「え、っと……4日だ、8月4日だ」
「…そうか」
嗚呼、僕に何ができる。君に一体どんな言葉をかけてやれば。君の耳がまだ生きている間に、君が欲しい言葉を全部かけてやりたい。何の救いにならなくても、君が何か喜んでくれることを期待して。
「…で、とう」
「え、」
「誕生日、おめでとう」
ぽかん、とした。そうか、今日は僕の誕生日だったのか。というか、なんで今それを言うの。完全に忘れてた、そんなどうでもいいこと。君の唇が歪んで、真っ赤な歯が覗く。え、どうしてそこで苦笑うの?まさか君の、君の最期の言葉は、そんなどうでもいいことで、
カチャリ
背後で聞こえた、撃鉄を起こす音
(僕ももうすぐ、死ぬらしい)