高砂さんは阪神大震災(95年)で、神戸市東灘区の魚崎小避難所のリーダーとして活動。東日本大震災では津波で大きな被害を受けた南相馬市に単身で入り、現地で調達した自転車で7カ所の避難所を回った。
12日夜に、福島第1原発周囲の避難指示が半径10キロから20キロに拡大され、同市南部が対象地域になった。同市北部の避難所は、南部などから移動してきた人たちであふれ、約150台の車の中で被災者が寝泊まりしていた。ガソリンが手に入らず、歩いて避難してきた人もいた。
「薬が切れた。どうしたらいい」と泣きながら相談されたが、処方できる医師がいなかった。津波からの避難を呼び掛ける警報が時折鳴り響くが、テレビのない避難所では、情報が全く入らない。
14日朝、和歌山県の「紀州梅の郷救助隊」と合流。相馬市のボランティアセンターに行くと「被災者のニーズがつかめていない」と混乱していた。
宮城などに向かうつもりだったが、原発の危険性も増して断念せざるをえず、15日未明、自宅にたどり着いた。
高砂さんは「避難を指示するのはいいが、その後の行政のフォローができていない。阪神大震災の教訓が生かされていない」と指摘した。
自分が思うにボランティアってのうは現地に行って支援をするだけではないと思う。
今の輪番停電のように節電をすることとか震災地でパニックやデマに躍らせない事とか、我先に買占めをしたりしない事も一種の助けになると思う。
今は経済も落ち込んでるので国からボランティア活動の要請、あるいは許可が来るまで仕事をして経済を支えるのも間接的なボランティアの一種だと思う。
経済が持ち直せば、その分、政府社員も震災地の方に人や意識を向けることができるし、原発や震災に集中できるんだと自分は思うんだ。
心配のあまりに勝手な行動をして、自衛隊や政府関係者の邪魔になるのは御門違いだと思う。
不安は伝染する。
不安解消するために今は通信機器の回復を優先順位は高い。
我々、一般人がボランティアに参加できるようになるまで経済の方を支えようではないか???
外国から来る義援金を1円でも円安にすればそれだけ助かる人も増えると思うんだ。
我々、一般人はいつでも声をかけてくれれば出向けるように今は大人しく出番が出るまで待機してようではないか??
私達だって地元でも出来ることがあるはず。
それまで鋭気を養って経済を支えようよ!!
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