僕と香奈は何処まで仲良くなっても、
それは文字と文字という上限付関係であり、
どれだけお互い気持ちが高まろうがその想いを向ける先は
キーボードしかなかった。


「会いたいね」
香奈「会いたい~」
「じゃ、渋谷で待ち合わせね!」
香奈「了解♪」


虚しさはあった。
そして諦めもあった。



どれだけ香奈を好きになろうが、これはチャットの世界。
一応現実の世界なんだけど、似て非なる世界。


その頃、僕と香奈は携帯のアドレスを交換して連絡は取っていたが
なぜか電話番号は未だ交換していなかった。


相手の声も聞いた事が無いのだ。




日々会いたい、会おうなんて冗談を重ねる度、
どんどん本当に会いたいと思うようになっていた。


冗談で「東京おいでよ。ディズニーランド行こう」
というと、香奈は「行きたい~!!!涼にも会いたいしホンマに行きたい・・・」
と返信してきた。




会いたいけど・・・本当に僕も会いたいけど・・・


”会えるわけないよな”



東京と大阪でスッゴイ遠いし、インターネットのチャット相手と本当に会うなんて・・・
普通に考えて、あるはずがない。






僕は夜でも部屋の電気はデスクライトのみで生活していた。
なんてネクラな青年だろうか。
客観的に見たら完全に怪しい。


深夜12時を回っても、部屋の下は工場だし角部屋だし隣も入居者いないしだから
何の気兼ねなくステレオを大音量でウーハー聞かせて低音もバリバリ効かせて毎日聴いていた。
そして慣れないお酒を飲んで、会えない気持ちを紛らわす日々が続いた。


その頃よく聞いていたのがHYの「AM11:00」だった。
今でもこの曲を聞くとあの頃の淡い想いが蘇る。




僕と香奈は共通の遊びをインターネットを通じてするようになった。


できるだけ同じものを共有したかったし、
できるだけ近づきたかったんだ。


同じ音楽を聴いてみたり、同じネットゲームをしてみたり、
同じテレビを見てみたり、同じ本を読んでみたり。


どこまで行っても、掴めない現実が
とても歯がゆかった。
とても、救われなかった。





僕はある日、大学の友人等と珍しく夜居酒屋で談笑していた。
皆バイトをしてお金を貯めて何とか東京を満喫しようとしているようだった。
僕は皆の話を少し嫉妬心のようなものを抱きながら聞き、
自分の話は一切しなかった。
聞き手に徹していたんだ。


フラフラと駅前からオンボロアパートに帰ってきた僕は
そのまま部屋へ帰らずに屋上にあがった。
季節は夏の終わり頃だったが、夜でもまだ蒸し暑かった。

屋上は薄暗く、当然誰もいないし何もない。
酔っていた僕は大の字になって寝転がり何気なく携帯を取り出した。



すると、一通のメールが入っていた。


香奈だ。



何の気なしにメールを開いた僕の心臓は瞬く間にバクバクと音を立て始めた。
そして、一気に酔いが引いていった。



「来ちゃった・・・東京」


大学が始まったらサークルには入った方が良いとたくさんの先輩に言われていた僕は
何でもいいからサークルに入ろうと思っていた。


しかし、結果から言って僕はサークルに入らなかった。

大学でできた友人等がサークルに入らなかったのも理由のひとつだが、
やはり僕は司法試験に向けて勉強しなければならなかった。
東京へは遊びに来たのではない。


僕は大学の講義が終わると、談話もせずにアパートへ帰り
ひたすら机に向かう日々を続けた。
帰宅後、だいたい5時間を司法試験の勉強の時間にあてた。

いつも12時前くらいに勉強を終わらせて、香奈とのチャットをする日々だったのだ。


香奈は、チャットで話した印象ではとてもおとなしいイメージだった。
自分の話をしようとせず、常に僕に対して質問を投げてくる。
ちなみに香奈は僕と同い年で、関西の大学に通っていた。


僕と香奈のチャットの内容は少しづつ、本当に少しづつ、
冗談でいう「好き」から、本気の「好き」に変わっていった。

そしてチャットで話す日々も3ヶ月程経つと、
お互いに「会いたいね」というようになった。

「最近、いっつも涼の事考えてる」

なんていわれて調子に乗らない僕ではなかった。


そして、インターネットを通した僕と香奈の恋愛がこの頃から始まっていた。


いつの間にか、本当に自分でも気がつかないうちに
僕は香奈の事を冗談ではなく本気で好きになっていたのだ。



好きな人は液晶の中の、ゴシック文字。



人には言えなかった。


というより、学校の休み時間も六法を取り出し、昼休みも判例集を読みながら食べ、
授業が終わればバイトもせず家で一人勉強する僕には
この頃既に片手で数えられる程の友人しかいなくなっていた。


けどそれでもいいやと思った。
僕の目標は司法試験のみに置かれていたし、
大学卒業は二の次だというのと同じように僕は大学での人間関係を疎かにしていたのだ。
今振り返れば反省すべき点は多々ある。
けれど僕は、勉強に抵触する全ての物事を一切排除しなければならないと考えていた。
学校の帰りに楽しそうに校内のカフェでくつろいでいる同級生が
なんだかとても羨ましくも思ったりしたが、
僕はその気持ちを勉強に向けた。



いつものように日付が変わる頃僕は一日の勉強を終わらせた。




電源を切っていた携帯を見ると、一通のメールがきていた。


リカコ「涼、週末何してるんだー?リカは暇だぞー」


リカコさんは、僕の一つ上の先輩で地元から去年東京に出てきている人だ。
就職の為に上京した、いわば東京の先輩でもある。
じつは僕はリカコさんが地元に居た頃恋心を抱いていて、
告白しようかしまいか悩んでいた時期があった。


けれど向こうがあまりに僕をガキ扱いするものだから
こりゃ脈なしだと判断せざるを得なかった。
友人等に相談しても「そりゃ男として絶対みてない、やめとけ」と幾度となく言われた。


今も好きか?と言われれば、好きではないだろう。
今は液晶越しの香奈が好きだし・・・
上京してからリカコさんとは一度も会ってなかった。



ピピ・・・ピピピ
必殺両手打ちでメールを返信した



「週末はバイトがあります!」



ポイっとソファーに携帯を投げやって、僕はパソコンをつけた。
そしてまたいつものように香奈とのチャットを楽しんだ。


入学式まで数日時間があった。


すぐにバイトを始めようという意気込みもなかった僕は
大学が始まるまでの間、とくに何をするでもなく法典や文献をヒラヒラめくったり
外をふらついてみたりしていた。


入学式も終わり、学校がスタートした時期に僕はインターネットを開通した。


プログラムを少し独学で学ぼうと思っていた僕は
不慣れな手つきでパソコンをパチパチしていた。
プログラムというのは、やる気があればできるものだろうとは思うのだけれど、
僕にはどうも合わないものだった・・・
見慣れない英単語や計算式が入り混じった文字列・・・
全く理解できない。
結局、僕は一ヶ月程でプログラムを投げ出してしまった。
3万程するソフトを買ってインストールしたのに・・・
全て無駄になった。


結局僕は、IT社長という暫定的夢を諦め
プログラム習得の為に独学で覚えた知識を使って情報処理活用能力検定準2級を取った。
これが・・・僕の学生時代のIT関連唯一の取得資格となった。(チーン)




さて、そんなこんなでネットニュースを見たりネットサーフィンしてみたりするようになった。



まさかこのインターネットが僕と香奈を結びつけてくれるものになろうだなんて
ノストラダムスですら予測不可能だったろう。



僕はとあるチャットサイトに良く行くようになった。
そこで出逢った(?)のが香奈だった。


最初のうちは、香奈はチャットに行くとたまに見る存在。
2週間くらい経つと、チャットに行ったらHN(ID)を探す存在。
1ヶ月程すると、チャットに行く目的は香奈と話す事になっていた。


僕はチャットは遊びというか、息抜きで行っていた(普通そうだろう)もんだから
「好きだよ~」だとか、「結婚したいわ」とか
オベンチャラを平気で並べていた。
香奈も僕が冗談で言っていた事は解かっていたし、
ノリ良く「私も」だとかそんなやりとりが多かった。


不思議なもんで、そういうやりとりをしてるのは客観的には馬鹿らしいのだけれど
やってる当事者は理由もなく楽しいものなのだ。


少なくとも、僕は・・・楽しかった・・・


そんな関係の日々が続いていくと、
僕はそのチャットサイトに彼女が来てないとすぐ落ちるようになった。


IDを見つけるだけで凄く嬉しくて、
IDがないと凄くつまらなかった。


恥ずかしい事だが、
僕がそのチャットサイトにいつも居ると思われたくなかったので
別のIDでログインして、彼女のIDがないか確認したりもしていた。
暇人だと思われたくなかったからだ。
彼女のIDがログインしてくると、僕は何食わぬ顔をして普段使っているIDでログインしたりした。
もちろん、適当に時間を空けて。

ほぼ毎日、夜11時~深夜1時くらいまで他愛も無い話を続けた。
そしてPCメールアドレスを交換したり写真を交換したりして
何となく少しづつ僕等は遠いながらも近づいていっていた。


彼女の写真を見た時は驚いた。


「こんな可愛い子見たことない」

いやホントにそう思った。


僕は東京、彼女は大阪。


まさか会う事なんて、絶対にないと僕はこの時まだ思っていた。