『翼を広げて』 SIDE-A | 旧・どブログ

『翼を広げて』 SIDE-A

その4
(前回までの話は、こちら

就職をあきらめて旅に出ると真奈美に告げると、彼女は今にも泣き出しそうな声を出していた。

「……あたしたち、どうなっちゃうの?」

彼女は声を振り絞るようにそう言った。
彼女の切羽詰った声に僕も気が重くなり、とりあえず明日会って話をしようと電話を切った。

「真奈美から離れたいわけじゃないんだ」
彼女の目の下にはクマができていた。昨日不安で眠れなかったのだろう。
「じゃ、どうして……」
ちょっと涙声だ。
「真奈美のさ、真奈美の夢って、何?」
「え?夢?」
「そう。真奈美の夢」
「あたしは……」
指先で唇を触りながら、彼女は俯いてしまった。
「俺もさ、俺も自分の夢ってわからないんだ。いったい何がしたいのかとか、どうなりたいのかって、正直言って全然見つからないんだよ」
彼女は顔を上げて俺の目を見つめた。目は相変わらず潤んでいた。
「だからさ、見つけたいんだ。何がしたいのか、どうなりたいのか、自分なりに夢中になれる何かをさ」
「旅に出たからってそんな簡単に見つかるものなの?」
「それはどうかわからない。全然見つからないかもしれないし、見つかるかも知れない。でもさ、このまま就職しちゃってなんとなく時間が過ぎていって、本当にやりたいのかどうかもわからない仕事して、疲れ切って毎日満員電車に揺られて、ただ何となく年を取っていく、そんな社会人にはなりたくないって思ったんだ」
「稲田君がそう言ったの?そう言って隆志のことそそのかしたの?」
「そうじゃないよ。そういう言い方するなよ。稲田の言葉で俺の気分が楽になったことは確かだけど、決めたのは俺自身だから。あいつにそそのかされたわけじゃない」
彼女はじっと俺の目を見つめていた。瞬きすらしなかった。
「あたしは……あたしは、ずっと隆志のそばにいたい」
真奈美の目から一粒涙が落ちた。
「でも…、でも隆志が本気なら……もう、決めちゃったんだもんね」
俺は彼女の目を見つめながら、黙って頷いた。
「あたしね、この四年間隆志と一緒にいられて楽しかった。すごく嬉しかった。きっと隆志がいなかったらこんなに充実した四年間じゃなかったんじゃないかって時々思うの。ずっとずっと隆志と一緒にいたかった」
「これからも一緒だよ。別に真奈美と別れるわけじゃない」
「でも……」
「今行かなかったらきっと後で後悔すると思うんだ。それに…それに、俺が旅に出たって二人の心の距離が離れるわけじゃないだろ?」
彼女は黙って静かに頷いた。絡んでいた糸がほどけていくように、切羽詰っていた表情が少しだけ緩んだ気がした。
「大丈夫だって。メールもするし、たまには電話もする」
「……ホントに?」
「約束するよ」
コクンと、彼女はまるで幼い子供のように頷いた。
「俺もきっと外の世界を見れば少しは成長して大人になるはずだよ。そうすればこの間みたいな子供じみたつまらない言い争いしなくて済むようになるだろうし」
ようやく彼女の顔に笑みがこぼれた。
「だと、いいね。……あたしも、そのほうが嬉しいかも」

それからの二人はいられる時間は毎日一緒にいた。まるで大急ぎで何かを作り上げていくかのように。
確かに二人の心には今まで以上に相手を思う優しい気持ちが芽生えていたし、毎日が楽しい日々だった。
四年間の思い出話に話を咲かせたり、これからの二人について話をしたり、たくさんのプリクラを撮ったり、二人で朝を迎えた日もあった。
それはまるで付き合い始めたばかりのカップルのように初々しい姿だった。

そして、卒業式も終わり、梅の花が咲き始めた3月中旬。
4月から真奈美は旅行会社の新入社員として、隆志は自分探しの旅の第一歩を踏み出す。
二人は出会ってから初めて、別々の道を歩き始めるのだ。
成田空港第一ターミナルの出発ロビー。稲田と隆志の乗る飛行機が離陸するまで、あと2時間と迫ってた。

その5に続く…。
(written by yass

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この連載は真奈美側に視点を変えたSIDE-Bもあります。
SIDE-Bはこちら
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