第二章    夏の記憶


こんな事があった。私がまだ、小学校の2年生だったと思う。姉はその時、5年生だった。



私たち二人は、秋田の祖母の家へ夏休みを利用して1週間ほど滞在する予定だった。


私は、それをとても心待ちにしていたのである。


それは、姉も同様で何日も前から二人で何をして遊ぶか夜も寝ないで相談していた。


セミがうっとうしいほど鳴き、空は澄んでいて、飛行機雲がどこまでも続いている。


畑から叔父や叔母が梨や葡萄を手土産に戻ってくる夕方、祖母は台所で夕食の準備、


従兄弟たちが交わす独特の方言。


全てが私たちには新鮮で、とても温かかった。


夕食には必ず、祖母の手製の漬物があり、祖父はそれをつまみに必ず晩酌をする。


しかし、夜はとても怖かった。


田舎の夜には、一瞬の静寂がある。


まるで時間が存在していないかのような、今までが、自分の存在が、嘘だったかのように、


虫達の声も消え、酸素が夜の闇に侵されていく。


すごく怖かった。そんな時私は、姉の布団にもぐり込み、聞くのだ。



「お姉ちゃん、怖いね。みんなどうして息を止めちゃうの?」


「春は、ずっと生きていたい?ずっと人生って続くと思う?


 生きるって死ぬより難しい事よ。


 だから人は、生きるのに疲れて、もういいやって、死ぬほうが楽かもって考えちゃう


 ときがあるのね。


 終わりのない人生なんて考えるだけでぞっとするわ。


 夏は、毎日がすごく疲れるでしょ?


 その分夏はものすごく早く死んでいってしまうのよ。


 毎日夏が死んでいって、新しい夏が生まれているの。


 それがきっとこの瞬間なのよ。」



そう語った姉は、やけにやつれていて、私は、怖くなって大声で泣いた。


姉ではない顔がそこにあったからだ。


子供ながらに私は、感じたのだ。姉は死にたいのだろうかと。



滞在して3日目の朝、いつもと変わらない、うだるような暑さの中、


私たち子供たちは大人達より少し遅い朝食を食べていた。


その時の献立はいまだに覚えている。


ごはんに大根の味噌汁、山菜の煮物に、鰈の開き、そして祖母の漬物。


9時を回った頃だっただろうか、祖父が血相を変えて家に戻ってきた。


私たちには聞こえないように祖母にしゃべったつもりだったろうが、


かすかに聞こえてしまった。


私たちは、祖父母が止めるのも聞かず、畑へ走っていった。


そこには信じられない光景が目に飛び込んできて、その光景と共に生臭い、


何とも言えない匂いが鼻を突いた。


じりじりと太陽が照らす中、叔父は血だらけのまま、立ちすくしていた。


手には、血まみれの鍬を持ち、足元には今朝笑顔で私たちを起こしてくれた叔母


が胸から血を吹き出し、仰向けになって倒れていた。


私たちは、泣き喚き、従兄弟のお兄ちゃんは、気を失った。


しかし、姉は無表情のままただ叔母をじっと眺めていた。


その光景は、まるで死神が最後の迎えにやってきたような、とても恐ろしい光景だった。



結局、私たちはその日のうちに、両親が迎えに来て、仙台に帰る事になった。


叔母は死んだ。原因は、叔母の浮気だったらしい。


叔母はとても綺麗で優しい人だったのであり得る話だと思った。


叔父は警察に連れて行かれ、従兄弟たちはショックのあまり病院へ。


あの温かった家がひんやりと廃虚のように感じた。


姉はやはり葬式でも、泣かず、だた一人黙っていた。


両親は、そんな姉を心配し、ショックが大きかったのだろうと、しばらくそっとしていた。


しかし私は、姉が怖くてたまらなかった。


姉には、知らない顔がある。両親も友達も。



私はそれを垣間見てしまったのだ。



それ以来姉のそんな表情は見ていなかったが、私は一歩距離を置くようになった。


いつも素直で明るい姉に、なぜそんな一面があるのか、私はいくら考えても答えを


見つける事はできなかった。



私は、何故かこんな雨の日にあの真夏の、まるで幻想のような光景を思い出していた。


さっきの姉の表情がそれを思い出させたのだ。



                               1999.12 作